戦力外投手、逆行転生してナックルボーラーになる
杜司
第1話 もう一度、ナックルで
――来季の契約はありません。
その一言で、俺の野球人生は終わった。
プロ十一年目。二軍のロッカー。誰も目を合わせない。
ナックルを投げるのをやめた日から、俺は「普通の投手」になった。
普通で、通用しなくて、消えた。
後悔は一つだけだ。
あの球を、信じ切らなかったこと。
***
目を開けると、天井が低かった。
古い蛍光灯。壁に貼られた色褪せたポスター。
自分の部屋だと気づくまで、数秒かかった。
スマホを手に取る。
日付は――2014年3月。
心臓が跳ねた。
「……戻ってる?」
その瞬間、視界の端に“文字”が浮かび上がった。
球速:C(136km/h)
コントロール:S
スタミナ:C
変化球:
・ナックル:4
・スライダー:1
特殊能力:
・低め○
・四球なし
・打たせ○
・調子安定
冗談だと思った。
だが、目を閉じても消えない。
――逆行転生。
そんな言葉が、やけに現実味を帯びた。
俺は十八歳、高校三年。
無名の投手。プロ注目度、ほぼゼロ。
そして前世で、ナックルを捨てた男。
「……今度は」
ベッドから起き上がり、右手を握った。
ギシッと、関節が鳴る。
昔からだ。
握力だけは、誰にも負けなかった。
計測器を壊したこともある。
だが、誰も評価しなかった。
――今回は違う。
「俺は、ナックルボーラーになる」
***
春の練習試合。
相手は県内強豪校。
ブルペンで、正捕手が顔をしかめていた。
「……無理っす。捕れない」
三球続けて、ミットを弾いた。
ナックルが、予測不能に跳ねる。
監督が舌打ちする。
「だから言っただろ。そんな球、試合で使うな」
前の人生と同じ光景。
胸が、少しだけ痛んだ。
その時だった。
「俺が捕ります」
聞き覚えのない声。
振り向くと、一人の捕手が立っていた。
二軍……いや、控えのはずの男。
防具も付けていない。
素手に近いミットを構え、俺を見る。
「そのナックル、回転してない。
指、異常に強いでしょ」
――こいつ。
視界に、新しい情報が浮かぶ。
捕手能力:S
インサイドワーク:◎
ナックル対応:◎
天才捕手。
直感で分かった。
「一球だけでいい。投げて」
俺はうなずいた。
サインは、出ない。
だが、分かる。
――低め。
ボールを指先に“乗せる”。
強く握らない。ただ、支配する。
放った。
ボールは途中で、消えた。
風に溶けるように、揺れ、落ちる。
捕手のミットが、動かない。
パシッ。
乾いた音。
「……捕った」
グラウンドが静まり返る。
捕手が、ゆっくり息を吐いた。
「やっぱり。
この球、育てられる」
俺は、初めて笑った。
前の人生では、誰も言ってくれなかった言葉。
視界の端で、数値がわずかに動く。
ナックル:4 → 5
ああ、そうだ。
俺はもう、逃げない。
この握力がある限り。
――ナックルで、人生を投げ直す。
天才捕手視点・評価
――捕れる理由
正直に言う。
最初は、期待していなかった。
球速は出ていない。フォームも派手じゃない。
スカウトが好むタイプじゃない。
だが――一球目で、背筋がぞくりとした。
回転が、ない。
ナックルというより、
「回転させない技術」を投げている。
普通、ナックルは“抜ける”。
だが彼の球は違う。
途中まで、支配されている。
捕れる理由は、ひとつだけだ。
――指だ。
強い、じゃない。
異常だ。
ボールを“握って”いない。
指先で、完全に制御している。
だから回転が殺せる。
だから、暴れない。
捕手目線で言えば、
これは恐ろしい投手だ。
配球次第で、
ナックルは「魔球」にも「凡球」にもなる。
そして彼は、まだ分かっていない。
自分が、どれだけ特殊か。
もしこの投手を育てるなら――
中途半端は許されない。
ナックルを封印させたら、終わりだ。
逃げさせたら、二度と戻らない。
だから俺は決めた。
この球を、
“武器”として完成させる。
――捕れるのは、俺だけでいい。
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