友情編

吾輩は猫又である。名前は死ぬほどある。

行きつけの魚屋では「タマ」と呼ばれ、公園を歩けばガキンチョたちが「ミー」と呼んでくる。少女の家族からは「きなこ」と呼ばれ、おじいさんからは「シロ」と呼ばれる。

漆黒のベルベットのような美しい毛質の時には「クロ」と呼ばれていたが、なんともエレガントさのない名前だったろうか…。


街ではイルミネーションに彩られ浮き足だった人間たちが、急に家の大掃除をし始め、歳神様を迎え入れる準備を始めた。


全く、この国は新しいことを始めたかと思えば、昔から変わらない儀式を重んじたり。

なんとも忙しいものだ。


町の電気屋の店先に置かれたテレビでは、毎年恒例の「マラソン」と呼ばれるものが映し出されている。

連日のように、ただ走る人間の姿が流れ続けていた。


吾輩は今日もルーティンをこなし、新年で少し豪華になった貢物のおかげで腹も膨れている。


そろそろお気に入りの場所――陽だまりへ向かおうと電気屋の前を通りかかったとき、


「今年は大間のマグロに、五億円という値が付きました!」


マイクを握った人間が、興奮気味にそう話しているのが耳に入った。


(大間のマグロか。もう、ここ百年ほど口にしていないな。)


そう思った途端、

無性に、食べたくなった。


(大間といえば青森か……。今は一月。

 雪の季節に、正直あまり行きたくはない。)


欲求と現実のあいだで、壮絶な戦いが繰り広げられた。


(……行くか。)


勝者は、欲求である。


お得意の移動手段がある。

道の駅で東北地方のナンバープレートを付けた車を見つけ、こっそりと乗り継ぐこと十時間。


気がつけば、本州最北端の地に辿り着いていた。


丸まり続けていた身体をしなやかに伸ばし、寒さ対策にモッフモフの長毛へとお色直しをする。

(モフモフ長毛といえば、吾輩の中では白なのだ。)


というわけで、今回は白猫姿である。

尻尾の先まで、余すところなくふさふさだ。


さらに洒落感を出すため、オッドアイにしてみた。

さすが吾輩。なんともスタイリッシュである。


スーッ。

辺りの匂いを嗅ぐ。


潮風に乗って、魚の匂いと灯油の燃える匂いが混ざっている。


(寒っ!

 早く温かい場所を探さねば、凍え死んでしまう。)


――死ぬわけはないのに、危機感を覚える。


(吾輩の CUTE なピンク色の肉球が、凍ってしまう。)


大間のマグロが港で水揚げされたとしても、

実際にそこで食べられるわけではない。


(さて、どこでありつけるだろうか……。)


ひとまず、住宅街を彷徨うことにした。

なにせ、ここを訪れたのは百年以上前のことだ。

吾輩の感覚では、ほんの少し前だが――人間の世界の移り変わりは激しい。


百年とは、人間にとってどれほど長い時間なのだろう。


(知り合いは……いないだろうな。)


見回してみても、茅葺き屋根はどこにも見当たらない。

瓦も、かつての曲線を描く和瓦ではなく、直線的なものばかりだ。

中には、屋根の上に太陽光発電の黒いパネルを載せた家まである。


雪を避けるように歩いていると、

ふと、どことなく懐かしい景色が広がってきた。


(ここは……。)


確か、この先に――

とても裕福な家が、あったはずだ。

そして、そこには……。


(……あった。)


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