一章 幕間 魔王はどうしても世界征服がしたい

 ここは世界の遥か北に位置する終わりなき大陸。大地は廃れ、瘴気だけが漂い、生きとし生けるものを拒む。

 その終わりなき大陸の南方の境に城が一つ、そびえ立っていた。そこを中心とした周りは魔族達の領土であった。


 そして、この世界に勇者が召喚される半年前に魔王もまた封印が解かれていた。この世界を統べようと企む魔王によって人々の生活に魔の手が差し延びていた。

 全生物の頂点に位置する存在、魔王ウルザ・イデス。


「オトナシア。今から、本格的に世界征服をする」


 その圧倒的な存在感の前では誰もが畏怖を抱いてしまう。その存在感は自身の身体から溢れ出す魔力の多さが起因していた。

 魔王の魔力にあてられたものは死にも至ると言われるほどに強力なものでもある。それ故にどれだけ強い魔族だろうとまともに目を合わすことは出来ない。


 しかし、例外がいた。


「ウルザ様。そんなお戯れをする前にやることがありますよね」


 ウルザの専属メイド、オトナシアである。白と黒を基調としたフリフリのメイド服に身を包まれ、漆黒の髪は腰のあたりまでかかっていた。彼女だけが魔王に屈することがない。いや、むしろ魔王の方が彼女に屈してしまうのかもしれない。


 呆れたような視線を向け、今すぐに働けと言わんばかりの声質だった。


「うぅ。だ、だけど……世界征服だって重要な事だもん」


「はぁ。ここ一か月お仕事サボりましたよね。その間に溜まっていた書類をすべて片づけてください」


 ウルザは机に置いてある書類の山を見る。一日二日では片づけられない程の量が机の上に山積みされていた。そして、今度は部屋を見渡してみる。床にも大量の書類が山積みされており、この部屋の半分を占めていた。

 書類しかないこの部屋を見るだけで、先程までの元気はどんどん薄れていった。


「で、でも……」


「でも、ではありません。自分の仕事も出来ない人が世界征服? 笑わせないでください。無理に決まってます」


「うっ…」


 オトナシアの言っていることは理にかなっており、それ故に反論することは出来ない。それどころか、自分自身が惨めに思えてきてしまう。


「気持ちは分かりますよ。私もあの場に居ましたので……」


「ああ。だから、僕はあいつのためにも世界征服をしなければいけないんだ」


 過去になにか大きな出来事があったのは間違いないだろう。世界征服をしなければいけいほどの出来事をウルザは体験したのだろう。そして、その気持ちをオトナシアも理解していた。

 だからこそ、彼女も少なからずウルザに同情を抱く。


「といことで僕は今から出かけようと思う」


「だーめーです。同情を誘って、それっぽいことを言ってもやるべきことはやってください」


 しかし、オトナシアは同情は抱いても妥協をする気は全くない。そもそも、彼女はウルザが同情を誘って公務をサボろうとしているのに気づいていた。だからか、普段以上に呆れた視線を送り、大きな溜め息を吐いた。


「駄目、かな?」


 とうとう万策が尽きたのか、ウルザは苦し紛れに可愛い子ぶっておねだりをし始めた。それは言わずとも、きもかった。

 オトナシアもそれに呆れ、再び溜め息を吐く。


「ウルザ様。流石にキモイです。そういうのは子供がやるから可愛いのであって、ウルザ様ではただ気持ち悪くなるだけです」


 返ってきた言葉は予想以上に辛辣で、もともと毒舌であるのも相まってか、ウルザが瀕死になるほどに心にダメージが入った。


 そして、その気持ちを紛らわしてくれるかのようにノック音が鳴った。そして、下っ端魔族が物凄く慌てた様子で扉を開け、息切れた状態で報告をし始めた。

 普段ならば、許可なく立ち入りすることは許されないのだが、余程の緊急事態だったのかそのことすらも忘れている様子だ。


「ゆ、勇者が召喚されました」


 その言葉に二人は強く反応した。

 それもそのはず、魔王の天敵はメイドのオトナシア……でも合っているが、一番は勇者という存在である。そしてウルザは過去に一度、勇者の手によって封印されており、かなりの苦戦も強いられていた苦い思い出がある。


 そして魔王は不敵な笑みを浮かべた。


「くくく。勇者か。なるほど、面白そうだな。よし、オトナシア――」


「駄目です」


 何かを察知したのか、ウルザが何かを言い切る前に即座に却下した。


「まだ、何も言っていないんだけど……」


「やるべき事をやってから、やりましょうね。ウルザ様」


 物凄い漫勉な笑みで、語尾にはハートがついたような声だったが、その目は一寸たりとも笑っていなかった。

 これはかなり怒っている時にしか見られない現象で、流石のウルザももう調子には乗れず渋々、公務に取り掛かる。そして、その存在感は随分と小さくなっていた。


「あ、はい、わかりました……」


 返事には覇気が籠っておらず、人形のように黙々と作業を進めた。その光景は誰が見ても魔王には見えず、親に怒られている子供の様だった。



 魔王ウルザの世界征服は一人のメイドによって妨げられているのであった。

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即死級能力の勇者 ~こんな能力でどうやって魔王を倒せと?~ aon @aon-789

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