03

 バイト、それから神さまとのぶっ飛び座学(文字通り)を終えて帰宅し、祖母宅の離れに鞄を置くと、母屋へと向かう。

「おかえり、ヨウちゃん」

祖母が、いつもの笑顔で迎えてくれた。

ちなみにここ、祖母宅での暮らしは2年目になる。実は高校入学を期に、祖母宅に住まわせてもらっている。

古いけどそこそこ広い家で、母屋があり、離れがあり、さらにそこそこ大きな物置まである。で、その離れにベッドと勉強机、クローゼット等入れてもらって、俺はそこに住まわせてもらっているわけだ。

祖母宅の方が、母親のいる実家よりも学校に近いから、というのもあるが、それ以外にも色々あって、母親とギクシャクしてしまった事も理由としては大きい。

ちなみに父親はいない。あ、でも別に死別とかではないよ。俺が小学生の頃に離婚してしまったというだけだ。

遠山の苗字も、母方のもの。だからこの祖母宅も遠山家になる。

それと誤解の無いよう言っておくと、母親ともずっと会ってないとかいうわけではない。だいたい月に二度は週末に祖母宅に母親も顔を出すし、時にはそのまま泊まっていくこともあるし、それなりに一緒に過ごしてはいる。ただ、ちょっとうまくいってないと言うだけの話だ。

 婆ちゃんは優しい人で、俺を温かく向かえてくれた。

非常に大雑把というか、何事も気にし過ぎない主義の人で、毎食ご飯を作ってくれるが、俺がそこに居合わせなくても、別に怒ったりもしない。

「もう小さな子供じゃないんだから、細かい事を言うつもりはないよ。好きに過ごしたらいいからね」

と言って、割とあらゆる事を放任というか、俺に無限の選択肢を与えてくれる。ただそれは、逆を返せばすべての俺の行動に、俺自身が責任を持たなきゃいけないという事でもある。

夜更かししようが学校休もうが、全部俺の責任だ。でもだからこそ、俺はどんなに嫌な思いをしても、休みたくても学校は行こうと決めてる。

婆ちゃんはきっと、俺が自分で考えて、自分で決めれるように、放任のふりをして俺のための環境を作ってくれてるんだと思うのだ。

ここで、自分の楽な方へと逃げてたら、きっと成長出来ないと思う。そう思わせてくれた婆ちゃんへの感謝を示すなら、まずは自分がちゃんとする事が一番だと結論に至った。

故に今日も夕食の時間に合わせ、母屋に赴き、婆ちゃんと向かい合って夕飯を食べた。

「今日はちょっと元気ないね。何かあったのかい?」

どうしてこうも、年配の方たちは鋭いのだろう。店長に指摘され、神さまに言われ、続いて婆ちゃんにまで聞かれてるよ俺。

とりあえず、「バイトででっかい本の買い取りして、ちょっと対応で疲れちゃって」と答えておいた。

「そうかい。無理はしないでね。最近、学校ではどうかしら?」

「ああ、まあ、ぼちぼちだよ。ほどほどにはうまくやれてると思う。もうすぐ体験学習があって、ゴールデンウィーク明けにはテストもあるから、その辺が大変かな」

きっと、婆ちゃんは察してるんだろう。せめて、俺は真っ当でありたい。だから、勉強だって少しは出来るようになりたいと思う。

 ただ、この日は大体の事に手が付かなかった。

風呂に入っても布団に入ってもあの女の子が気になってしまう。

大丈夫だっただろうか。走っていったあの後、雑鬼どもにとり憑かれたり、事故に巻き込まれたりしてなきゃいいが。

最近だと、大抵トラックにはねられて異世界転生なんだけど、リアルに起きたら大変な事件だろう。

トラックの運転手さんも気の毒でならない。何人撥ね飛ばさなきゃいけないんだろうな。

とは言えな。まったくといっていいほど面識もない子でもある。全校集会とか学年行事で一瞬見ただけの相手とか、助けるにしてもどう助けたらいいのやら。

うーん……。おーん……。

まず女子って時点で、陰キャの俺にはハードルが高い。こん棒と布の服装備のままで魔王を倒しに行くくらいベリーハードやん。

まあ、神さまから大いなる助言をもらうことは出来た。

正直、自分の霊感……いや、霊感なんていうと特殊な能力みたいに聞こえるから、ここでは神さま風に「受信体質:レセプション」としておこう。俺、乗り物酔いしやすいヘタレだよ、ってことで。

この過敏な受信体質のせいで、子供の頃から周囲に気味悪がられてしまったこともあり、心霊については肉体的にも情報的にも距離を置いていて、あまり調べる事をしてこなかった。宇宙系の都市伝説にはご執心なんだけどね。

でも宇宙と幽霊ではスケールも何もかも違うからね。宇宙について考えると、飛んでもないスケールに脳みそがぶっ飛ぶような気持ちになれるのが好きだ。

けど、今度の事で神さまから心霊学の基礎は聞くことが出来たわけだし、今後目の前で同じような事例を見たら、少しでも、解決出来るように、対策くらいは講じるべきだろう。

幸い思い付く案があるにはあったし、それを調達するくらいのお小遣いはバイトで溜めているし。

そんな事を、俺は延々、炎々、ぐだぐだ、グダグダ、愚駄愚駄、gdgdと考えながら、いつの間にか眠りに落ちた。


 夜、久しく印象に強い夢を見た。そしてそれはまた、過去の光景だった。

ルナちゃんとの出会いは印象深くて、これは、今も覚えている。

谷代田に来て二日目。夕暮れの空き地でひとりで遊んでいた。それこそ、ジャイアンがリサイタルをやってる空き地みたいな広場があって、そこでありんこの行列を観察していた。

勿論、田舎町とはいえ、近所にはちゃんと公園もあったが……幼く引っ込み思案な自分ひとり、デビューは無理だった。

蟻たちは、仲間をハブにしないよな。なんで人間は仲間外れにするんだろうと、しょうもないことを考えていた。

 夕暮れの公園に影が差し、そろそろ日が暮れるかと頭を上げた時には、既に自分の周りに数人の人間が取り囲んでいた。若いも老いもあって、幼い自分でも、全員死んでると分かった。

血の通ってない青黒い肌、生気などありもしない顔。全員が、目を閉じたままでうろうろしている。

「え、あ、えっ」

驚きと恐怖で小刻みに声が出た時、そいつらは一斉に俺を向き直った。

幼いながらに、「あっち」に連れて行かれると思った。

逃げようと思いっきり走った時、死人(しびと)のどれかに足を引っかけられて盛大に転んだ。

だめだ、死ぬ。直感した。そんな時だった。

空き地の外から小さくもけたたましい足音が近づいてきた。転んだ俺の前に立ちはだかったのは、同じ年かさの女の子だった。

もう肉薄する距離に迫っていた亡者たちと、俺の間に滑り込むように駆けつけると、半身のままの俺越しに言い放つ。

「こっちに来ないで」

見上げた女の子の肩が震えているのが分かった。この子だって怖がっている、それが見て取れた。

だが次に、女の子はその体から白い光を放った。俺の目には、それがまるで超サイヤ人の体から放たれる「気」のようにも見えた。

きっと、心霊、あるいは精神的な何かの力で、俺には発光したように見えたんだろうと思う。

次には黒い髪の毛が白く染まり、俺の位置から見上げた女の子の斜め後ろ、白い頬に赤い筋が走り、それは口が裂けたように見えた。

歯を食い縛るようにした時には牙か犬歯のような鋭い歯がチラチラと見えた。

勿論錯覚だったと思う。ただ、多分だけど、何か神通力のような力を持った子なのだというのは分かった。

その力に気圧されたのか、亡者たちは僅かに挙動を止めた。

「逃げよう」

女の子は、怯んだ亡者たちを横目に、俺の手を引っ張って起こすとそのまま走り出した。

 風のように、随分走った気がする。

どこかで止まって、荒く息をついた。

女の子は、もう黒い髪の、どこにでもいる女の子の姿に戻っていた。

「あなたもあれが見えるの?」

「幽霊? うん……見える」

反射的に、霊視していることを隠そうとしたが、女の子が、あなたも、と言ったことで、この子にも見えているんだと分かって、俺は素直に打ち明けた。

その子は、そう、と言ってから、ひと言付け足す。

「あれはヒダルガミ、ていうんだよ」

「ひだる、がみ?」

「うん。妖怪で、かみさまのいっしゅって、ワカちゃん……えっと、私の知ってるおねえさんが、そい言ってた」

黒目がちな瞳が、自分の視線と合わさって、そのまま射貫かれた。

可愛い子だった。何より、勇気を奮い立たせて自分を守ってくれたその凛々しさに、何らかの強い力に、俺は魅了された。可愛いし、それ以上にかっこよかった。

「ごめんね、急に……怖いよねわたし」

女の子は、ずっと繋いでいた手を離し、距離を取った。

「幽霊とか、妖怪が見えるのなら、気をつけてね」

もう、立ち去ろうとする少女に。

「ありがとう。怖くないよ、かっこよかった」

素直な感謝の気持ちを口にしたのは、いつぶりだろう。

背中を向けようとした女の子が、ぴくんと止まって、変な物でも見るように俺の顔を覗いた。

「か……?」

「うん。かっこよかった。助けてくれて、その、ありがとう」

「……うん」

女の子は走り去った。

少しの寂しさが胸に残る。もう少し、一緒にいたかった。

後で思えば初めてそんな感情を持ったと思う。

どんな子なんだろう。どんな言葉を使い、どんなことに興味を持つのだろう。

それを知りたい。あの子が笑ったらどんな顔になるんだろう。

また、会いたい。

まあ、そのささやかな願いは翌日に叶うのだが。

 日中に谷代田の知らない田舎をぶらぶらしていると、川沿いの茂みに人の気配を感じて、何となく覗き込んでしまった。

しまった。そう思った時には、茂みから顔を覗かせた、赤い肌の白い目の、真っ赤な瞳と目があった。

鬼だ。

真っ黒な艶々の髪の女の子、その額からゴツゴツとした一本の角が伸びていた。

その鬼の女の子も「見つかった、まずい」てな顔で俺を見返している。

肝が冷える、なんて言うけど、身体を冷たい血が駆け巡るようにぞわりとした。

「こっち」

「□□□、、、」

その時ふたつの声が重なった。

昨日聞いた女の子の声が、真横からするのと同時に、鬼の子の後ろから、多分──その子の名前だろう、もう覚えていないのだけど──呼び声がして、鬼の子を後ろから抱き上げる、大柄な女性の姿が見えた。

一瞬。

赤い、背筋が震えるほど綺麗な顔立ちの女性と目が合った。

そんな自分の視界が、次の一瞬で色の帯に変わって、一気に遠ざかった。

 気が付くと、例のリサイタルの空き地にいた。

また昨日の女の子……もうここまで来れば分かると思うので、ルナちゃんとしとこう。

ルナちゃんが俺の手を離して、大丈夫? とかけてきた。

助けられたことは明白だ。あれは本当に、多分、鬼で、「こっち」に迷い込んだ鬼の子と鉢合わせてしまった。鬼にも親がいて、慌てて連れ戻しにきた。俺はそんなところを目撃してしまったんだろう。

あるいは口封じに俺も連れて行かれるとか殺されるとかしていた可能性もあるわけだ。ルナちゃんが助けにきてくれなかったらどうなっていたか分からない。

「大丈夫。何度も、ごめんね。ありがとう」

俺は幼いルナちゃんにお礼を言って、心の中では、また会えて嬉しいとつぶやいていた。

「ううん。無事ならよかった。わたしもね……前は、あなたと同じようなこと、よくやっちゃってたの。でも色んなことが分かったから、危ないものからちゃんと逃げれるようになったんだ」

……そう、そんなところから話が始まった。

近所に住んでるの? あまり見かけないよね。

名前は、何て言うの? わたしは……。

いくらか聞かれて、互いの事を明かし合った。

保育園の待機状況と、実家の修繕工事の兼ね合いで数週間母親の実家に帰ることとなったのは、多分うまくは伝えられなかったと思うが、洋太という自分の名前と五歳であること、そして数週間の間、まったく予定が空白であることは伝わった。

女の子からは、ハルナと言う名前と、多分五歳、ということ、児童施設には通えなくて、ひとりで過ごすことが多いという話を聞いた。

「よーた、くん……は、何が危なくて、何が大丈夫なのか、よく知らない?」

知らない。そう答えると、ハルナちゃんはもじもじしながら、

「わたしが知ってること、おしえてあげようか?」

と言ってきた。

「いいの? 教えて欲しい」

「ほんと? わたしでいいの?」

随分新鮮な、驚いたような、そして嬉しそうな反応で、彼女は俺に微笑みかけてくれた。

私でいいの? という言葉の意味を、当時の俺は理解出来なかった。ただ、出会ったばかりの不思議な、かっこよくて可愛い女の子と仲良く出来るのは、照れくさくも純粋に嬉しかった。

 さて、教える、と言っても、五歳の子供ふたり、本当に教育指導的な、授業のようなことをするわけでもなく。

その日から、リサイタルの空き地で待ち合わせをしては、ふたりで遊び歩くようになった。

そう、それと、こうしてあの頃の光景を見ていたら、ひとつ思い出した。

ルナちゃん、というあだ名を、俺が彼女にあだ名付けした経緯だ。

五歳の子供の自分は、まだ滑舌が今ひとつで、ハルナちゃんと呼ぼうとすると、ハゥナちゃん、とか、ハユナちゃん、とか発音してしまっていた。あの頃は、ら行が苦手だったんだ。

そこで、ハを略してルナちゃんと呼んでみたら、割りとすんなり呼べた感じで……。ルナちゃんも、

「ルナ? わたしの事? うふふ、なんか、可愛くて嬉しい」

とか何とか言って拒否されなかったので、俺はそのままルナちゃんと呼ぶようになったんだ。

ああ、楽しかったな。

淡い記憶。誰だって一度くらいは、そんな体験したことあるだろう、っていう、そんな体験だ。

意地を張ることも去勢を張ることもなく、純粋に素直な気持ちで生きていた幼い記憶だ。

本当に可愛い子だった。

ルナちゃんと過ごす時間は夢のようだった。

夢か現か、「見える」同士が一緒にいることで、いつも以上に見えてもいた。

鬼もそうだったけど、あっちこっちで、小さな虫やら赤い霧やら、人魂のような火球やらを見た。

あと、赤い旗や黒い旗が家の屋根にのぼりのように掲げられてるのもよく見た。

あれが何だったのかは今も不明。

何より、目の前の女の子に夢中で、それどころじゃなかったと言うのが大きい。

お互いに自由な、というより何もすることが無い時間というのを持て余してたんだろうな。

携帯ゲームなんて洒落た物は無かったが、子供が思い付く遊びをやり倒した。

公園デビューは出来なかったが、他の子供たちのいない時間帯に公園に忍び込んで、砂場でトンネル作ったりとか……ね。

 他のイツメンたちと出会うのは、それからまた少し先の話だったかな。

ふたりで遊び歩くようになって、行動する範囲が広がっていって、そして、ひとり、またひとりと出会ったんじゃなかったか。

懐かしい光景は、少しずつぼんやりと滲んでいき、俺の意識は消えた。


 うーん。

ちょっと眠い。気付くともう朝だった。今の今まで夢を見ていたような感じ。

本当に、夢の中の方が現実かというくらいリアルだった。最近、ちょいちょい幼い夢を見てたけど、夕べのはかなり鮮明で、長くて、本当にありありとした感じだったな。

どうあれ、平日の真ん中だ。もうすぐゴールデンウイークで連休がやってくるんだけど、そこまでは気を抜かずにいかないとな。

それに連休明けにも中間考査があるし。夢の中で脳が使われていたためか、少しダルい。いや、ヒダルガミの仕業かな。んなわけないか、ははは。

 婆ちゃんが用意してくれた朝ごはんをいただいて、歯磨き、そして登校の準備を済ませる。夢心地だった精神は、流石に現実に引き戻された。

そして同時に、昨日の事を思い出す。そう、雑鬼に追われていたあの子は大丈夫だったかな。

何事もなく、ちゃんと学校に来るだろうか。不安に思ったところで何も出来ない、何とも複雑な気持ちで、俺もまた学校へ向かう。


 ……ちな、結論から言うと、その女の子とは普通に顔を合わせることになった。


 てことで学校にて。四限目。辛い時間が訪れる。

何が辛いって、これからレクリエーションなんだが、陽キャ御用達の学校行事の決め事をしなきゃいけないのが辛い。ツラタン。

 高校二年は、行事まみれの一年となる。

文化祭、研究発表会、体育祭、全校マラソン、合唱際、という全学年共通の行事の他に……。

修学旅行、移動教室という名の遠足、宿泊を含む野外活動、地域ボランティア活動への参加が二件(内容は植林体験とごみ拾い)、職場見学が二回、職業体験(内容は特設の売店で物品販売)が二回、くらいかな。やべえな。

これらの行事はひとまとめに「体験学習」と呼ばれ、今年最初の体験学習が始まるわけだ。てかもう始まっている。なのでこうして憂鬱な気持ちになっている俺は今、二年生全クラス集められた体育館で班分けを待っている。

記念すべき初回は職場見学。ちなみにだが、職場見学と職業体験は連動している。

職場見学では先生方が用意した十以上の企業の候補の中から学生が興味のある企業の見学をして、その後、その企業に関連した物品の仕入れと販売を、見学した企業と先生のサポートのもとで自分達で行うと。

よくできてるよね。

で、先週既に、興味のある企業の候補の回答調査で生徒たちはプリントを提出しているわけだ。

俺は、市内東区にある東原金物店という企業の見学希望を回答した。

 金物と言えば、金属製品全般というあまりに雑な区分だ。大昔から手先の器用な日本人は、調理器具からネジのひとつまで、一度買ったら長く使い、壊れたら修理して、ってのをやってきた証拠なんだろうと思う。

俺はと言えば、当然ながら厨二病故に刃物に興味シンシンシンなわけで。

東原金物店を検索してみたところ、販売だけでなく家庭用品の修理や刃物研ぎもやってるとのことで、是非見てみたい、てのが本音だった。

 さて、まあ、前座が長くなり申したが、ここまでは別にいいんだよ。問題はここからで。

何とね、この東原金物店への見学希望者の中に、クラスのカースト上位、いわゆる一軍の連中が混ざり混んでいる。男子二人、女子二人。何で?

ちなみに学年行事なので、他のクラスからも参加者がある。二年は四クラスあるので、全クラスが均等に分けられるように色々とバランス調整がなされているのだろう。

金物店への見学者は俺の他に、クラスファーストの四人以外に、二年三組から三人。これまたカースト上位っぽい陽キャの男女二人と、対照的に物静かな感じの女子。そして四組の二軍くらいの男子。

俺含め、合計九名の集まりとなる。俺が最下層だ。まあどんな組み合わせでも俺は最下層だけどね、わら。

カーストの上位者率がやたら高い。ちなみに二年三組の陽キャ男の方は中学も同じだった奴だ。ちなむとヤンキー。なんなら嫌いな奴だ。こやつについて言いたいことはあるけど、好きでもない奴をピックアップしたくないのでオミットする。

そして他方、重大な点がある。三組の物静かな女の子。この子だよ。昨日、正門ですれ違った女の子。

今は無言でうつむいており、前髪が結構長くてあんまし表情が見てとれない。

昨日は走っていたので風で前髪が舞い上がり、一瞬黒目がちな瞳が見えたわけだ。あれは、けっこう鮮明に記憶となって残ってるよ。

ていうか、どうやら大きな事故などもなく、この場に居合わせているようだ。よかった、怪我とか病気とかなくて安心したよ。

……ともあれ、このメンツで四限、五限、この異質な空気に侵食され続ける事になる。

集められた九名、陽キャの男女三組六名はみんな仲が良いらしく、既に六人のコロニーを形成してわいわい談笑している。

あぶれた側が三人。四組出身の男子は陰とも陽ともつかない中性のようではあるが、カースト上位の群れには入らないようで無感情の様子で構えている。彼は多分自分の身を自分で守れるだろう。

俺は、空気だ。そして目の前の女の子。こうしてみると俺同様、なかなか陰キャ気質のようだ。

でもな、昨日目が合った時は、そこそこ可愛かった気がするし、堂々としてたらいいように思うんだけどな。

まあ本人の気持ちもあるだろうから俺が勝手な事を妄想しては失礼だけど。

とか、脳内でごちゃごちゃ考えてるんだが……本当にきまZだ。あぶれた三人の虚無の空間もだし、六人固まってダベってる陽キャにこっちから声を掛けられない空気もそうだ。こっち(陰)とあっち(陽)の温度差が酷すぎる。気圧の差が急激過ぎて台風が出来ちゃうよ。

まあ、喋る事が無さすぎるので、三人の無言者たちは陽キャ連中のキャッキャウフフしてる声を流し聞いてる感じの構図。

そして聞く感じ、どうも適当に職場見学の候補地を選んだらしい。

陽キャ男女三組六名はどこでもいいからみんなで一緒の候補地を選んで、遊び気分のよう。恐らく、人気の無さそうな、規模の小さそうな企業への見学なら先生の監視も緩いんじゃないかという目論見っぽい。

だとして俺の希望地と被せてくるのだけはやめて欲しかったぜよ。

 ……。しばらく台風状態が続いたが、先生が各班を回って、役割分担をするように言付けしてきた。

班長と副班長、以下、当日の現地までのアクセスを調べたり、現地でメモ取ったり、資料をまとめてレポート作ったり、皆で適当に分担しろよという感じ。「以下」が本当に適当。先生的には皆で相談して決めて欲しいらしいが。

このまま行くとカースト上位者たちにいいようにやられて終わりだ。

「遠山く~ん」

とか思ってたら、ほらね、うちのクラスの陽キャのひとりが絡んできた。

「他のみんなもさ」

と注目を集めといて、

「オレ、班長やるよ」

と宣誓。勿論こいつの目論見は分かりきってる。

「でなんだけど、遠山くん、副班長として、色々役割決めて欲しいんだ。俺そしたら、それをまとめて決定するしさ」

んなこったろうと思った。この陽キャ(ここではBと仮名しておく)が欲しいのは班長の権限だけで、以下の陰キャたちを体よく使いたいと。

チラッと俺サイドのふたりを見たが、四組の彼はけろっとした顔、三組の前髪女子は表情が読み取れない。

まあ、そうなるよな。俺は聞こえないようにため息を小さく吐いて、そのまま息を吸う。

「いいよ。別に大変な仕事じゃないだろうし、現地の行き方も、メモ取りと資料まとめも俺やるよ」

それを聞いてBは、お、やる気だったんだね~とか半笑い。まあ、変にいじられたり目を付けたりされるよりはこれでいい。

「待った待った、ひとりで全部は大変だろ」

と思ってたところに、しかし唐突に声を掛けてきたのは、三組陽キャの(ヤンキー)男子。こいつはとりあえずCとしとこう。

「そうだよ、芹沢さん手伝ってあげたら?」

三組の陽キャ女子の方がそれに同調する。

CとBも笑いをこらえながら同調している。芹沢さん、と呼ばれて、前髪の子がびくんと肩を震わせた。困った雰囲気が伝わってくる。

よう分からんがこんな女の子までいじるのかこいつら。何だかな、釈然としない。

俺は、別にいいよと付け加えたが、Bの野郎が、そうだ手伝ってあげて、班長として頼むよ、などと言い出し、断れない空気に。

前髪女子、芹沢さんも、「はい」と、目も合わさず頷いてしまった。

「じゃあ、現地までの道は僕が調べとくよ」

不意に、四組の静かだった彼がそう言って、なんのかんので役割分担が決まってしまった。

陽キャたちは自分達の思い通りに事が運んで楽しいのか、じゃあ頼むね、と言って話はそれで終わりになった。

「ふたりとも、なんか、ごめんなさい」

俺は気まずいまま謝罪したが、ふたりとも首を振り、

「い、いえ」

「僕の方は問題ないよ」

とあっさり返された。四組の彼はもしかすると隠れ陽キャなのかも。そして陰キャに優しい。

まあ、正直言って本当に大変な事など起きはしないと思ってるし、体験学習のことをこれ以上深く考えるのはやめにした。

 昼休みを挟み、五限目。

二年はまた体育館に集められ、続きとなるが、陽キャの六人はもう集まりすらしなかった。

とはいえ、分担が決まればもうやることはほぼ決まっている。現地までの交通手段を調べ、時刻表と料金の確認、他、お世話になる企業でのメモ取りの内容は先生から渡されたプリントにテンプレがあるのでそれを元にすればいい。

その後にその企業の職業体験があるので販売について細かな決まりや売れ筋商品なんかを教えてもらえれば御の字だろう。

「さて、あの人たちも集まらないし、あとは適当で解散しようか。他に、僕に手伝えることある?」

中立の彼が言う。俺は頭の中に上記の算段が既に構築されてるので、大丈夫、と首を振った。

「じゃあ、お疲れ様。何か手伝いが必要になったら言ってね。あ、そうだ忘れてた。僕は、四組の岡田だよ」

「色々ありがとう。二組の遠山です」

挨拶を返す。前髪の子も、おずおずと、

「三組の芹沢です」

と挨拶して、解散になった。

さて、とはいえ特にやることもないし、友だちいないから行くとこもないし、どうしよ(笑い)

女の子、芹沢さんも俺と同じような立場なのか、所在なくその場に座ったままだ。

「えっと、役割の話しだけど」

ちょっと緊張しつつ芹沢さんに話を振る。

芹沢さんは、話を振られると思ってなかったのか、ちょっとびくんとなった。その様子を見て、女の子相手に緊張してたのが、少しだけ楽になった。

この子もやっぱ陰キャなんだろうな。自分と同じサイドの人間であるらしい事に、少し親近感を覚えた。

「面倒だと思うし、俺やっとくから、えっと、芹沢さん、普通に見学してくれればいいよ」

童貞陰キャ故、苗字とはいえ女の子の名前を呼ぶのにちょっとどもりそうになる。

しかし芹沢さんは、

「え、あ、ううん。あの、私も、お手伝いしますから」

「いや、いいよ無理にしなくても」

「ううん。せっかくの体験学習だから、少しは勉強のつもりで何か出来たらいいと思うし。それに、先生も役割分担って言ってたし、だから、私も協力します」

以外にも、自分の意見を持った子のようだ。

「あー、そ、そっか。じゃあ、お願いします」

せっかくの申し出だし、俺は受け入れることにした。

「まあ、とは言っても、現地での細かな説明は皆で聞くことになると思うし、あとは質疑応答の質問係とメモ取り係をどっちがやるか、くらいかな」

「そう、ですね。あの、私、おしゃべりあんまり上手じゃないから、ダメじゃなかったら、メモ係にしてもらえないかな」

「ああうん、それは全然いいよ。じゃあ質問は俺がするよ」

「よかった。ありがとう」

「問題ないよ。それに俺、歳上や年配の方にモテやすいらしいからさ、適材適所ではあると思うし」

「うふふ、そうなの」

初めて、前髪ちゃんは微笑みを見せた。

そのATフィールドのような前髪で、相変わらず目元はよく分からないが、小さく笑う口と雰囲気が、少しの柔和さを伝えてきた。

いや、それより、この子の微笑む顔に、何だか違和感を覚えた。

あと、ちょっとドキドキしてしまった。



引用、出展、参考文献等

ジャイアン(リサイタルも含む) ドラえもん 作者:藤子・F・不二雄 てんとう虫コミックス、他

超サイヤ人 ドラゴンボール 著者:鳥山明 集英社

ATフィールド(A.T. Field) 新世紀エヴァンゲリオン 原作:庵野秀明


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山姥の騎士 @maru4

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