第2話:この「世界」の残酷な正体
街外れの荒れ果てた広場まで走って、ようやく呼吸ができた。
肺が焼けるように熱い。喉の奥に、血の味がした。
心臓が早鐘のように、うるさく胸を叩いている。
「はぁ、はぁ……間違いない」
脳裏に焼き付いた、あの貌。
挿絵とは違うが、あの圧倒的な存在感。
瞳の奥に潜む、底知れない虚無。
あれは絶対に、俺が前世で読み耽った別作品――
『地獄から帰還した勇者、幼馴染を貴族に寝取られたので国を滅ぼすことにした』
その主人公、リオンだ。
だが、今の奴の名前はブレイブ。
この『S級鑑定士』の物語における、俺を追放するはずの「踏み台(悪役)」。
(……なんでだ?なんで復讐を成し遂げたはずの最強の主人公が、
別作品の小悪党を演じてるんだ……?)
それだけじゃない。
俺を混乱させているのは、去り際に見せたあいつらの顔だ。
罵詈雑言を浴びせ、俺をゴミのように切り捨てながら――
ブレイブも、エリナも、ミナも。
今にも泣き出しそうな、あまりに悲痛な表情を浮かべていた。
……ふざけるな。
追放するなら、もっと醜悪な顔で笑ってくれればいい。
そうすれば俺だって、腹の底で渦巻くあの強烈な「逆恨み」に身を任せて、
真っ黒に染まれた。
理性と本能が怒鳴り合う、この地獄から。
ようやく解放されると思っていたのに……!
気がつけば、俺は追放されたことすら忘れ、ただ思考の迷宮を彷徨っていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。
ふと、ある「考え」が脳裏をよぎった瞬間――
背筋に、氷柱を突き刺されたような悪寒が走った。
(待てよ……。
もし、これが「偶然」じゃなかったら?)
恐ろしい推測が、霧が晴れるように形を成していく。
地球にあった、大量の追放もの、復讐もの。
その主人公たちは、物語が終わった瞬間、どうなる?
(もしかして……
役目を終えた主人公は、記憶を消されて
『別の物語の踏み台役』に転生させられているんじゃないか……!?)
カチリ、と。
今度は一話の時よりも、もっと不快で、救いのない音が頭の中で鳴り響いた。
もしその推測が正しければ――
俺がこのままシナリオ通りに覚醒し、復讐して、成り上がって、
最強の帝国を築いた……その先は?
物語の「完結」が訪れた瞬間。
俺もブレイブ――いや、リオンのように記憶を奪われ、
また別の世界のどこかで、誰かを追放する「使い捨ての悪役」
として再利用されるのか?
「冗談……じゃないぞ……」
ただの憶測かもしれない。
だが、もし本当なら。
物語通りに行動することは、緩やかな自殺と同じだ。
成り上がるか?
それとも、逃げるか?
俺は安宿の片隅に引きこもり、数日間、ガタガタと震えながら考え続けた。
そもそも、俺が転生したこの作品――
『追放されたS級鑑定士、覚醒スキルで最強の帝国を築き上げる』は、
アニメ化もされた超人気作だ。
だが、その中身は「鑑定士」とは名ばかりのものだった。
主人公の真の能力は、自身の体液を摂取させることで女性を依存させ、
眷属化させるというもの。
眷属となった女性が強化されるたびに、自分も強化される。
あまりにも都合のいい、「最強」の物語。
人気があったのも、凄まじく過激な描写が多かったからだ。
アニメ化の際も「よく地上波で流したな」と物議を醸し、
DVD版を買わなければ画面が暗すぎて何も見えない、
最初から18禁でやれ、とクレームが殺到したレベルの――
いわば、そういう作品だった。
転生初日。
俺が歓喜したのは、そんな不純なストーリーの「主役」になれると思ったからだ。
だが、今の俺には、そんな下世話な喜びなど微塵もない。
あるのは、ただ底知れない恐怖だけ。
食事ものどを通らない。
目を開ければ、あの悲痛なブレイブたちの顔が浮かぶ。
そして――
俺は、結論を出した。
「……降りよう。
こんなクソみたいな輪廻、付き合ってられるか」
俺は荷物をまとめ、夜逃げ同然に冒険都市オルヴィアの門を潜った。
国を変えよう。
名前も捨てよう。
『最強帝国』なんていらない。
ハーレムなんて、真っ平だ。
俺はシナリオから全力で逃走し、
ただの駆け出し冒険者として、
名前のないモブとして――
一から、やり直すんだ。
そう、自分の直感だけを信じて。
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