第6話 少女
それから数日間、シアンの任務は続いた。
読書家を見つけ、警告し、拘束し、回収する。
街は変わらず、効率は保たれている。
魔法も、まだ使えた。
だが、詠唱の速度が、わずかに遅れるようになった。
警告文を口にする前、
一拍、間が空く。
意味を考えないようにしているはずなのに、言葉の輪郭が、前よりはっきりしてしまう。
「……警告」
声は出る。
力も、届く。
それでも、完全ではない。
管理施設で見た本。
嫌悪を示したクリムゾン。
師匠の「理解しないほうが強い」という言葉。
そして、あの読書家の問い。
――私は、誰の言葉で喋っている?
ある日、シアンは通報を受けた。
「対象を確認。居住ブロック第四層。読書家、一名」
そこは、生活音の少ない区画で、足音だけがやけに響いた。
向かいながら、彼女は考えないようにした。
考えること自体が、危険だ。
現場に着くと、小さな少女が一人、立っていた。
本を、持っていない。
ただ、壁にもたれ、何かを思い出すように目を閉じている。
「……読書家?」
念のため、警告文を準備する。
だが、少女は目を開け、静かに言った。
「読んでない」
声は震えていた。
「もう、ないから」
視線が、足元に落ちる。
そこには、何もない。
通報内容を再確認する。
“過去に読書履歴あり。挙動停止を確認”。
規定上、拘束対象だ。
シアンは、手を上げた。
いつも通りなら、ここで魔法が発動する。
だが、その瞬間、あの読書家の言葉が、脳裏をよぎった。
――考えた結果、動く意味が、分からなくなる。
少女は、逃げない。抵抗もしない。
ただ、立ち止まっている。
その場に留まること自体が、選択のように見えた。
シアンは、手を下ろした。
「……今日は、戻りなさい」
それだけを言った。
警告文を唱えなかった。
拘束もしなかった。
少女は、目を見開いた。
「……いいの?」
「次に、立ち止まったら」
シアンは、規定文ではない言葉を探す。
「……次は、捕まえます」
それは、ひどく曖昧で、効率の悪い言い方だった。
少女は何度も頷き、小走りでその場を去った。
報告書には、こう記した。
――異常なし。
街は、今日も楽園のままだ。
生産ラインは止まらず、秩序は崩れていない。
それでも、確かに何かが変わった。
シアンは、初めて知った。
捕まえなかったという事実は、捕まえた記録よりも、ずっと重い。
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