第4話 ある読書家
翌日の任務は、生産区画ではなかった。
「対象を確認。居住ブロック、第三層。読書家、一名」
シアンは指定地点に降り立つ。
居住ブロックは静かだった。
仕事場と違い、人の流れが少ない。
廊下の突き当たり、窓のそばに、男が立っていた。
本を、読んでいる。
年齢は分からない。
服装は整っていて、逃げる様子もない。
シアンが近づいても、男はページから目を離さなかった。
「警告」
シアンは、いつもより少しだけ強く声を張った。
「読書行為は禁止されています。直ちに読書を中止し、本を地面に置きなさい」
男は、ゆっくりと本を閉じた。
だが、置かない。
抱えたまま、顔を上げる。
「ねえ」
穏やかな声だった。
「その言葉、誰の言葉だい」
心臓が、わずかに跳ねた。
「質問は許可されていません」
シアンは即答する。
「指示に従ってください」
「君の声で喋ってるのに、君の言葉じゃない」
男は逃げない。
距離も詰めない。
ただ、観察するように、シアンを見ている。
「……警告を無視した場合、拘束を――」
「その警告文」
男は遮った。
「少し古い表現だ。街がまだ『考えること』を前提にしてた頃の」
魔法が、微かに揺れた。
空気が、うまく繋がらない感覚。
シアンは手を上げ、拘束魔法を発動しようとする。
だが、詠唱が一拍、遅れた。
「怖くないのか」
男は言う。
「意味を知らない言葉を、毎日、正義として投げつけるのは」
光が、完全には形を成さなかった。
拘束は発動する。
だが、いつもより弱い。
男の動きが、わずかに残る。
「……黙りなさい」
シアンは歯を食いしばり、魔力を上乗せする。
今度こそ、完全に拘束された。
男は床に膝をつき、なおもシアンを見上げる。
「考えすぎて、手が止まるわけじゃない」
その声は、落ち着いていた。
「考えた結果、動く意味が、分からなくなるだけだ」
その瞬間、シアンは、呪文の一文一文を、「音」ではなく「意味」として聞いてしまった。
拘束は、解けない。
だが、魔法は、確かに鈍っている。
「……任務を続行します」
それだけを告げ、シアンは男から視線を逸らした。
護送は完了した。街は、何も変わらない。
だが、シアンの中で、昨日まで存在しなかった問いが、静かに形を持ち始めていた。
――私は、
誰の言葉で、喋っている?
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