第17話 関東大刑場跡地首塚ダンジョン 伍


「葵!!葵!!葵、しっかりして!」




母様、御剣茜が泣きながら葵を揺すり、呼びかけていた。




駆けつけた静流婆さんが、「お館様、まずは先に手当てを」と言いながら、葵の服を脱がし傷口を確認した。




「っ…!」




刃の傷は、右肩から斜めに左の腹の下まで大きく、葵の上半身を切り裂いていた。


それを見た二人は目をぎょっと開き、だがすぐに応急処置を始めた。


静流婆さんは、焦ったように回復魔法を使いながら言った。




「お館様、回復薬などがあれば使ってくだされ。儂の魔法じゃ、止血が良いとこですから。」




母様は大急ぎで自分のアイテムボックスから薬を取り出し、静流婆さんに手渡しながら言った。




「すぐにでも全力を尽くして、静流さん!」




茜も周囲を見回しながら、声を上げた。




「葵、お願い!絶対に死なないで!」




その言葉に、葵の顔色が少しだけ変わったように感じた。


彼はまだ生きている。


目を開けることができるほどの力はないが、心臓が動いているのを感じる。




静流婆さんは集中して魔法をかけながら、葵に声をかけた。




「若、今は休んでおれ。お前の命を守るのが儂の役目じゃから、安心しておれ。」




その間にも、周囲の緊張は高まっていった。


葵の命がどうなるか、まだ誰にもわからない。


でも、茜と静流婆さんは、全力で葵を助けようとし続けていた。




茜は必死に回復薬を葵に使い続けたが、傷口は一向に塞がらなかった。


血は止まったものの、傷自体は癒える気配を見せない。


茜の顔に焦りが浮かび、手元が震えてきた。




「な、なんで…?こんなに回復薬を使っても…」




茜が呆然と呟く。


その言葉を受けて、静流婆さんが素早く葵の傷口を見つめながら、眉をひそめた。




「お館様、若は呪われておる。」




静流婆さんの言葉が重く響く。


葵の傷口には、普通の回復薬では癒えない、邪悪な力が絡みついているようだった。


茜は目を見開き、すぐにアイテムボックスを開くと、解呪薬を取り出した。




「解呪薬が効くかもしれない…」




茜は恐る恐る解呪薬を手に取り、葵の傷口にふりかけた。


その瞬間、薬が触れた部分でジューという音が響き、白い煙が立ち上った。




「っ…!」




茜がその煙を見て、背筋に寒気が走った。


薬が傷口に反応し、悪臭が漂う。


痛みを感じる暇もなく、葵の体が震えだした。




「どうして…?こんなことが…」




茜は目を見開いて呟いたが、静流婆さんは冷静に指示を出した。




「お館様、すぐに解呪薬をもっと使うんじゃ。邪悪な呪いがかけられておかもしれん。すぐにでも解かねば、このままでは若の命が危うい。」




茜は手が震えながらも、解呪薬をさらに葵の傷に注ぎ込んだ。


そのたびに、煙は立ち上り、傷の周囲がうっすらと黒くなる。




「これで…」




茜の心配がさらに募る。


アイテムを使いながら、何とか葵を助けなければならない。


しかし、呪いが消える気配は一向に見えなかった。




茜たちが葵の応急手当を続けていると、周囲が騒がしくなった。


戦闘を終わらせた皆が戻ってきたのだ。




「母さん!葵は無事なの⁉」




刹那が泣き叫ぶように声を上げ、茜に駆け寄った。




茜は葵の身体を見つめながら、沈痛な声で説明を始めた。




「今は回復薬などで手当てしてみたけど…傷が塞がっても、呪いが消えないの。」




その言葉に、一同は息を飲んだ。


そして、刹那や千鶴をはじめ、皆が「そんな…」と悲痛な声を漏らし、苦しげな表情を浮かべた。


しかし、そんな中でも摩耶だけは冷静だった。




摩耶は葵のそばに近づくと、茜に一声かけた。




「失礼します。」




その言葉の後、摩耶はそっと葵の傷口に触れ、目を閉じて何かを確かめるような仕草を見せた。


しばらくして、摩耶は静かに口を開いた。




「これは…魂魄の呪いですね。」




「わかるの⁉」




茜が驚いたように叫ぶと、摩耶は肩をすくめて淡々と答えた。




「まぁ、仕事柄こういう呪いを扱うこともありますので。」




「この手の呪いなら、茜様が持っている上級の解呪薬で解けるはずです。」




摩耶がそう言うと、一同の視線が茜に集まった。


全員が期待の眼差しを向けている。




しかし、茜はその視線を受け止めきれず、ぎこちなく顔をそらすと、妙に下手な口笛を吹き始めた。




「まさか…売ったのですか?」




摩耶が半目で茜を睨む。




「だって、しょうがないじゃない!」




茜は慌てて言い訳を始めた。




「持ってたって全然使わなかったし、聖家が研究でどうしても必要だって言うから、仕方なく…」




摩耶は深いため息をつき、額に手を当てた。




「あなたは本当に、どうしていつもこうなんですか。」




「何よ!仕方ないでしょ!」




二人はその場で痴話喧嘩を始めた。


言い争いがヒートアップしそうになったその時、静流婆さんが声を張り上げた。




「御二人とも!」




その声に、茜と摩耶はピタリと口を閉じた。


静流婆さんはため息をつきながら二人を見やった。




「今は痴話喧嘩をしている場合じゃなかろうて。このまま治療を続けるのか、それとも脱出して病院に運ぶのか、決めるのはお館様じゃろうが。」




静流婆さんの言葉は冷静でありながら、力強かった。


一同がその場で次の行動を考え始める中、茜は息を整え、決断を迫られていることを痛感していた。


葵の命が一刻を争う状況にあるのは誰の目にも明らかだった。




どうする――ここでの判断が、葵の命を左右する。




「摩耶、この呪いは具体的にどういったものなの?この場を離れても問題ないのかしら?」




茜は真剣な表情で摩耶に尋ねた。




摩耶は一度頷き、冷静に答える。




「魂魄の呪いは典型的な呪いです。魂そのものに負荷を与えることで精神を蝕み、それが肉体の衰弱に繋がります。最終的には生命力を削り取り、死に至らしめます。」




「なら、この場を脱出しても問題はないのね。」




茜は少しホッとした様子を見せた。




摩耶も頷いて言葉を続けた。




「えぇ、むしろ早く脱出した方が宜しいかと。」




「どういうことじゃ?」




静流婆さんが鋭い目で摩耶を見つめ、疑問を投げかけた。




摩耶は傷口を再び確かめるように手をかざしながら、ゆっくりと説明を始めた。




「この手の呪いは“呪詛”――つまり呪いを込めた者の負の感情によって力を増幅します。呪いを放った者の恨みや嫉妬、憎しみが強ければ強いほど、その呪いもまた強力になります。」




静流婆さんは少し眉をひそめた。




「つまり…その負の感情が周囲に漂っておるということか?」




摩耶は再び頷く。




「その通りです。特にここは“呪い”が生まれた現場のようなもの。呪いが増幅しやすい環境にあります。葵お坊ちゃまを治療するなら、なるべくこの場から離れた方が良いでしょう。」




茜は深く息を吐き、決断するような目を周囲に向けた。




「わかったわ。葵を連れて脱出しましょう。けれど、この呪いを解くためにはどうすればいいの?」




摩耶は顎に手を当て、少し考え込んだ。




「理想を言えば、上級の解呪薬を使うのが一番です。ただ、それが無理なら呪いを浄化する場所――例えば神社や聖域など、浄化の力が強い場所で解呪の儀を行う必要があります。」




「神社か聖域ね…」




茜は小さく呟きながら、目を閉じて思案した。




「お館様。」




静流婆さんが口を開いた。




「この場で治療を続けるのは確かに危険じゃ。若の命を救うためにも、儂らはここを離れるべきじゃろうて。」




茜は葵をしっかりと抱きかかえながら、声を張り上げて指示を出した。




「摩耶、刹那、千鶴は先行して敵を排除し、道を確保して! 雪菜と沙耶は私と静流さんの護衛をお願い!」




その場の緊張感が一気に高まり、全員がそれぞれの役割を全うするべく動き出そうとしたその瞬間だった。




「待て。」




摩耶が静かに、しかし力強い声で手を横に伸ばして皆の動きを止めた。




「摩耶、どうしたの?」




茜が苛立ちを隠しきれずに尋ねると、摩耶は目を細め、前方を睨みつけたまま答えた。




「茜様…私達がグズグズしている間に、向こうは準備を整えたようです。」




その言葉に、一同の視線が摩耶の目線の先に向けられる。



闇の中から、ぞろぞろと不気味な影が現れ始めた。


野党の幽鬼たちが先頭を切り、無数の侍の幽鬼たちがその後に続いていた。


その数は、これまでの戦闘で見たどの敵よりも圧倒的で、まるで津波のように溢れ出してくる。




「これ…数が多すぎる!」




刹那が思わず声を漏らし、刀を強く握りしめる。




千鶴も軽く舌打ちをしながら、剣に手をかける。




「逃げるどころか、ここで戦線を維持するのも厳しいかもしれないわね…」




雪菜と沙耶も、自然と茜と葵の周りに位置取りをし、防御の構えを取る。




「どうやら奴ら、私達をここで仕留める気の様じゃの。」




静流婆さんが冷静に状況を分析しながら、握りしめる手に力を込めた。




茜は周囲を見渡し、皆の覚悟を確認するように一瞬だけ目を閉じた。


そして、ゆっくりと目を開けると、指示を出した。




「刹那、葵をお願い」茜はそう言って刹那に葵を託した。




「千鶴は刹那のバックアップ、沙耶は少しきついけど皆の護衛をお願い。雪菜は皆をお願いね。摩耶は私と前線を切り開くわよ」




茜は皆に指示を出すと、愛剣の両手剣に魔力を籠めた。




炎剣アグニ:


炎の魔神の力を宿した究極の一振り。


刀身に炎のような赤い紋様が刻まれており、刃先からは常に淡い赤い輝きが漂う。


鍔には炎を象った精緻な彫刻が施され、柄は握りやすいように革と魔法金属で補強されている。




茜が両手剣「炎剣アグニ」を振り上げると、その周囲に赤々と燃え盛る炎の柱が立ち昇った。


その姿は、まるで炎の化身そのものだ。


豪華な赤い炎が鎧のように茜を包み込み、見る者を圧倒する威圧感を放つ。




「摩耶、行くわよ。」




茜が再び指示を出すが、摩耶は断固として首を横に振った。




「嫌です。」




「なぜよ!」茜がツッコむと、摩耶は無表情のまま応えた。




「茜様の全力戦闘に巻き込まれるのは御免です。」




「あなたなら大丈夫でしょうが!」




茜が再び食い下がるが、摩耶はため息をついて雪菜に目配せをする。




「後はよろしく頼みますね、雪菜。」




「ええ、全力でやらせてもらいます。」




雪菜は冷静に返事をしながら、一歩後ろに下がる。




その間にも、幽鬼たちの群れが次々と押し寄せてくる。


茜はそれを睨みつけると、アグニに魔力をさらに注ぎ込み、一気に剣を振り払った。




炎の刃が幽鬼たちの群れを切り裂くように飛び、着弾と同時に爆発的な炎の壁を作り出す。


燃え上がる炎は敵を一掃し、その炎が茜たちの陣営を守る防壁となった。




「これで少しは時間を稼げるわね。」




茜が低く呟きながら、再び剣を構える。


その背中には、全員の信頼と覚悟が乗っていた。




「さあ、突破するわよ!」




茜は意気揚々と前方に飛び出すと、炎剣アグニを豪快に振り下ろし、目の前に迫る幽鬼たちを一刀両断にした。


その剣が炎を纏い、まるで業火のように周囲を焼き尽くす。


その火柱は高く舞い上がり、茜の周りに立ち上がる炎はまるで地獄のように凄まじい光景を作り出した。


炎の刃が切り裂くたびに、幽鬼たちは一瞬で焼き尽くされ。


まるで彼女自身が「炎帝」として、この戦場を支配するかのように感じられ、敵味方を問わず、誰もが恐れる「炎帝」の力を象徴していた。




その壮絶な戦闘を、摩耶と他の仲間たちは遠くから見守っていた。




「お母様は行かないのですか?」




雪菜が摩耶に向かって問いかける。




「私にあの中へ飛び込めと?」




摩耶は淡々と答えた。


一同は顔をそらし、あえてその視線を避けるようにして、一瞬の沈黙が流れた。




「まぁ~茜様も敵が減れば落ち着くでしょう…それまでは様子見です。」




摩耶はそう言うと、肩を軽くすくめ、手をゆっくりと組んだ。




「それで良いのですか?」




刹那が疑念を抱き、声を上げた。


彼女の表情には焦りと不安が滲んでいた。




「それが長生きする秘訣です。」




摩耶はそう言って、雪菜に目を向け、静かな口調で続けた。




「さて雪菜、あなたの魔法で辺りを冷やしながら後を追いかけますよ。」




摩耶が雪菜に指示を出すと、雪菜は軽くうなずき、冷気を感じさせる手のひらをかざした。


その魔力は氷のように冷たく、周囲の空気がひんやりと感じられる。




茜が一人で遠くで暴れ、戦場を制圧していく中、摩耶は冷静にその後を追う準備を整えた。


彼女の動きはまるで戦闘を一歩引いて俯瞰しているようだったが、その眼差しには確固たる信念があった。


今は茜の力を信じ、彼女が進んだ後をついていくことが最も賢明な選択であると確信していた。




「行きますよ。」




摩耶はつぶやくと、すぐに一歩を踏み出し、仲間たちはゆっくりと茜の後を追うのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月11日 10:00
2026年1月11日 10:00
2026年1月12日 10:00

転生した世界の現実は甘くなかった 蓮華 @renka0530

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画