第13話  関東大刑場跡地首塚ダンジョン 壱

俺たちがダンジョンに足を踏み入れると、そこには薄暗く寂れた農村が広がっていた。


空は薄青い靄に覆われ、太陽の光など届く気配はない。


眼下に広がる畑は、見るも無惨に荒れ果て、草一本まともに育っていない。


地面はひび割れ、土は灰色がかっていた。




少し遠くに目をやると、ぽつぽつと点在する木造の建物が見えた。


屋根は崩れ、壁も朽ちて、今にも倒れそうだ。


まるで誰も住んでいない江戸時代の廃村のようで、静まり返った雰囲気がやけに不気味だった。



「……ここがダンジョンの内部。」



思わず呟いた俺の声は、どこか吸い込まれるように周囲に溶け込んでいく。


辺りは静寂そのもの。


ただ、風がひゅうっと吹き抜ける音がかすかに耳に届くだけだ。




「葵、油断するんじゃないはよ。」




母様の低く引き締まった声に、我に返る。


先ほどまで淡々としていた母様の顔が今は険しく、すぐにも剣を抜けそうな気配を漂わせていた。




攻略に同行しているのは、母様、静流婆さん、御影家の摩耶と雪菜と沙耶、そして刹那姉様と千鶴姉様だ。


それぞれが抜群の実力を持つ御三家の精鋭たちだが、この場所に足を踏み入れた瞬間、全員が緊張の色を浮かべていた。


先ほどまでの陽気な雰囲気は跡形もなく消え、全員が戦闘態勢に入っている。




俺も自然と体を引き締め、視線を周囲に巡らせる。


だが、この静まり返った農村のどこに危険が潜んでいるのか、まったく予測がつかなかった。




「静流婆さん、この村は……?」




俺が問いかけると、静流婆さんは刀を軽く叩きながら、ふっと目を細めた。




「ここはの、江戸時代に実際にあった村がモデルになっとるらしい。歴史書にも残らぬ廃村じゃ。その土地に満ちておった怨念や呪詛がダンジョンを形成したような場所じゃのう。」




「怨念や呪詛……」




俺が眉をひそめると、刹那姉様が軽く笑いながら続けた。




「油断すると、文字通り呪われるわよ。ここはそういう場所。何があっても不思議じゃないから、気を抜かないこと。」




「葵お坊ちゃま、背後も含めて常に周囲に気を配るべきです。ここでは、ほんの一瞬の隙が命取りになります。」




冷静な摩耶さんの忠告に、俺は緊張を一層高める。




「……にしても、妙に静かだね。」




千鶴姉様が、腰の剣に手を添えながらぼそりと呟く。


確かに、ここは静かすぎる。


自然の音や動物の気配すら感じられない。生き物がいる気配が全くしないのだ。




「静かすぎるのが問題じゃな。この手のダンジョンは、静けさの後に何か来るもんじゃよ。」




静流婆さんはまるで楽しむように言いながらも、その手は刀をしっかり握りしめている。




その時、どこからか「カラカラ」と何かが転がる音が聞こえた。




俺たちは一斉に音のする方へ振り向く。


音の出どころは廃れた畑の奥。


視界の隅で、何か白いものがゆっくりと転がっていくのが見えた。




「……人骨だな。」




刹那姉様が鋭い目つきで言う。


転がっているのは確かに骨。


まるで誰かの遺骨が、畑の土を這うように転がっていく。




「……歓迎のつもりかのう?」




静流婆さんが不敵に笑う。




この場所がただの寂れた村ではない――そんなことは、誰の目にも明らかだった。


俺は身を引き締め、次に何が起こるかを待つほかなかった。




「刹那、千鶴。ここからはあなたたち二人でやりなさい。」




母様の冷静な指示が響くと、刹那姉様と千鶴姉様は頷き、無言で前へ進み出た。


二人の背中には、どこか頼もしさを感じさせる圧倒的な気迫が漂っている。




村の入り口に到達すると、ぼろぼろの家々からゆっくりと人影が現れ始めた。


最初は一人、二人だったが、次第にその数は増え、あちこちから薄汚れた影がふらふらと歩み出してくる。




「……ゾンビ?」




思わずそう呟いた俺の顔は、嫌悪で引きつっていた。


それを見た静流婆さんが「幽鬼じゃ」と教えてくれる。




よく目を凝らしてみると、彼らは瘦せ細り、まるで餓死寸前の村人のようだった。


頬はこけ落ち、目は窪んで瞳孔は存在せず、空虚な暗闇がそこに広がっている。


足を引きずるようにして現れるその姿は、生者と死者の狭間をさまよう哀れな人々そのものだった。




「趣味が悪い……」




思わず口から漏れた言葉を母様が冷ややかな目で制した。




「気を抜かないこと。油断すれば命を落とすわよ。」




母様が静かに指示を出すと、刹那姉様と千鶴姉様は即座に動き出した。




刹那姉様は縮地を使い、まるで音もなく消えたかのように素早く幽鬼の間を駆け抜けていく。



その動きは疾風そのもので、刃が光るたびに幽鬼の首が無慈悲に撥ね飛んだ。


倒れた幽鬼は地面に崩れ落ちると同時に、黒い靄のようなものを発し、すっと消えていく。




「一刀、二刀……十刀。」




刹那姉様の口元には淡い微笑みが浮かんでいた。


その姿は舞う蝶のように軽やかで、美しささえ感じさせるが、彼女の剣筋には一切の迷いも情もなかった。




千鶴姉様は対照的に、剣に纏わせた炎の魔力で周囲を蹂躙していく。



「はぁっ!」



掛け声と共に剣を振るうたび、熱を帯びた赤い軌跡が空を描く。


斬られた幽鬼の体は燃え上がり、苦悶の叫びを上げる間もなく灰と化していく。




「次から次へと湧いてきて、まるで尽きないわね。」




軽口を叩く千鶴姉様だが、その動きは鋭く、精密だ。


片手で剣を振りながら、もう片方の手で火球を作り、遠くの幽鬼も容赦なく焼き払っていく。




「ふん、こんなものね。」




幽鬼が放つ怨念のような気配にも動じることなく、二人は手際よく敵を排除していった。




俺はその光景を少し後方から見つめていたが、あまりの鮮やかな戦闘ぶりに圧倒され、息を飲む。




「さすが刹那姉様……。いや、千鶴姉様もすごい……。」




つい口走ると、隣で静流婆さんがカッカッカと笑う。




「ほれ見てみい。若ぇもんが頑張っとるじゃろうが。あの二人の戦いぶり、誇りに思うとええ。」




幽鬼の群れは次々と倒され、やがて辺りに漂う負の気配が少しずつ薄れていく。だが、その場にいる全員が感じていた。


この村の闇は、これだけでは終わらないと。




姉様たちが幽鬼を次々と倒し、荒れ果てた道を切り開いていった。


しばらく進み、その先に現れたのは、村の広場のような開けた場所だった。




中央には木箱の上に立ち、何かの文書を読み上げる役人風の幽鬼が一体。


後ろには武士のような装いをした侍が二人控えている。


そしてその前には、膝をつき頭を垂れた村人たちの幽鬼が数体、怯えるように並んでいた。




母様が手を上げて制止すると、全員の足が止まり、場の空気が張り詰める。




役人らしき幽鬼が文書を読み終えたのか、手を下げると、後ろに控えていた侍たちが動き出した。


一人が村人幽鬼の列から先頭の者を掴み引きずり出し、役人の前に膝をつかせる。


その村人幽鬼は力なく押し倒されるまま、両手を抑え込まれ、背中を膝で押し付けられる形となった。




もう一人の侍がゆっくりと刀を抜き、上段に構える。




嫌な予感がする――。




ザシュッ!




次の瞬間、村人幽鬼の首が一瞬で刎ねられた。


首は宙を舞い、血の代わりに黒い靄のようなものが吹き出す。


役人幽鬼は微動だにせず、それを見届けた。




「……っ!」




目の前の残酷な光景に、思わず吐き気を覚える。


口元を手で覆いながら、視線をそらしたくなる衝動に駆られたが、静流婆さんの視線を感じてなんとか堪えた。




「見慣れんうちはこんなもんじゃろうが……若様、鍛えられとらんの。」




婆さんの静かな声が、どこか厳しく響く。




その間にも、首を刎ねられた村人幽鬼の体はゆっくりと崩れ落ちる。


そして残された他の村人幽鬼たちは怯えたように散り散りに逃げ出し、そのまま霞のように姿を消していった。




広場に残ったのは、役人幽鬼と二人の侍だけ。




「ふむ、いつ見ても嫌なもんじゃ。」




静流婆さんが低く呟く。




その役人幽鬼がこちらに目を向けることはなかったが、侍幽鬼は鋭くこちらを振り向いた。


そしてゆっくりと腰から刀を抜き放つ。




その様子を見た母様は小さく呟く。




「来るわよ。」




その声を合図に、刹那姉様と千鶴姉様が即座に動き出した。




刹那姉様は縮地を使い、一瞬で侍幽鬼の背後へ。


次の瞬間、幽鬼の首が刎ね飛ぶ。


千鶴姉様は炎を纏った剣を振り上げ、一刀両断にして相手を燃え上がらせた。




たった一撃、侍幽鬼は二体とも崩れ落ち、黒い霞となって消え去る。




「ふぅ……。」




刹那姉様は無駄な動きを一切見せずに刀を鞘へ納め、千鶴姉様も剣から炎の魔力を静かに消した。


二人の背中には一切の隙がなく、その所作には戦闘のプロフェッショナルとしての自信がみなぎっていた。




俺はそんな姉様たちの戦いを見て、思わず息を飲んでいた。


姉様たちの戦いを見ながら、内心に広がる不安と恐怖に飲み込まれそうになっていた。




「俺にもできるのか……いや、違う。俺に戦えるのか……あの幽鬼と……」




頭の中で問いがぐるぐると回る。


幽鬼たちの異様な姿が脳裏に焼き付いて離れない。


震える手をもう片方で押さえながら、ふと母様を見上げた。


その姿はいつもと変わらない堂々としたものだったが、余計に自分の弱さを突きつけられるようで、視線を逸らしてしまった。




「……葵、気をしっかり持ちなさい。」




母様の静かな声が耳に届き、わずかに肩が震える。


それでも俺はうなずき、足を前に進めた。




村を抜け、山へと続く参道に差し掛かる。


そこには、役人幽鬼たちに取り囲まれた村人幽鬼たちの列があった。


彼らは縄でつながれたまま、ふらふらと山の上へ連行されている。


その様子は、無理やり引きずられるようで、抵抗する者は一人もいない。




俺たち一行は、その列の後ろを慎重に進んでいった。


幽鬼たちは俺たちには気づいていない様子だが、辺りを包む不気味な空気は変わらない。




山を登り続けると、視界が開けた場所に出た。


そこで目にした光景に、俺は言葉を失った。




山中の処刑場だった。




山腹の広場には、いくつもの大きな絞首台が並んでいた。


幽鬼たちは一列に並ばされ、次々と首を吊られていく。


絞首台に掛けられるのは、子供も老人も女性も容赦なく、誰一人逃れることができない。




その近くでは、先ほどの役人幽鬼が机に向かい、何かを黙々と書き記している。


その姿はまるで処刑の記録をつけているようだった。




「……これが、特殊系ダンジョンの『負の記憶』じゃ。」




静流婆さんが低く呟く。


声は静かだが、その奥には忌々しさがにじみ出ていた。




目の前で繰り広げられる処刑は、見るに堪えないほど残酷だった。


幽鬼たちの虚ろな顔が、吊られるたびに消えていく。


子供が涙も声もなく処刑される様子、老人の抵抗すらない姿、そして淡々と進められる役人幽鬼の作業。


すべてがこの場にいる者たちを無言にさせた。




俺は目をそらしたい衝動を必死に堪えながら、唇を噛みしめてその場に立ち尽くしていた。




処刑がすべて終わると、絞首台は跡形もなく消え去り、広場は静まり返った。


その中央には、あの役人幽鬼が正座して座っていた。


手には一本の短刀が握られており、まるで切腹でもしようとしているかのようだった。




「刹那。」




母様が短く指示を出す。


その声に応じるように、刹那姉様が無言で駆け出した。


縮地を使い、一瞬で役人幽鬼の目前に到達する。




ザシュッ!




鈍い音と共に、役人幽鬼の首が刎ね飛ぶ。


幽鬼の体は一瞬硬直し、そして黒い靄となって消えていった。




その瞬間、幽鬼が握りしめていた短刀の刃が地面に落ち、カラン、と乾いた音を立てた。




「……あの幽鬼、切腹しようとしてたのか?」




呆然とした俺の呟きに、静流婆さんが静かに答える。




「儂らにはわからんが、幽鬼にだって人の残滓ざんしがあるのかもしれんの。無念や罪の意識、そんなもんが形になっとるのかもしれん……。」




母様は役人幽鬼がいた場所を一瞥し、言葉を落とした。




「葵、しっかり目に焼き付けておきなさい。これが特殊系ダンジョンの恐ろしさよ。」




俺は何も答えられず、ただ母様の言葉を胸に刻みつけるように、消え去った幽鬼の跡を見つめ続けていた。


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