第6話 人間を辞めなきゃいけないの?

黒羽様は静かに苦笑を浮かべながら「少し話がそれてしまったわね」とつぶやいた。


俺としては、得られた知識が自分にとって貴重なものだと感じたので、「ありがとうございます」と感謝を述べた。


 黒羽様は微笑んで軽くうなずき、また落ち着いた声で話を切り替えた。




「さて、魔法の勉強を再開しましょうか」と言ってから、彼女は目を細めて問いかける。




「葵ちゃん、どうして世間で魔法が属性魔法とオリジナル魔法に分けられているか、理由を知っているかしら?」




その問いに、俺は自分なりの理解を答えた。




「属性魔法は世間一般に広く知られている各属性の魔法で、オリジナル魔法は、それぞれの担い手が独自に編み出した特別な魔法だと認識しています。」




黒羽様は、俺の言葉を聞くと微笑みを浮かべ、少し首を振りながら「フフフ、残念」と含み笑いを漏らした。




「答えはね、葵ちゃん。世間一般で言われている属性魔法やその他の魔法は『理論的合理性魔法』で、オリジナル魔法と呼ばれているのは『非合理性魔法』なのよ」と教えてくれた。




その答えを聞いて、俺は一瞬考え込んでしまった。


自分の中で魔法が少し曖昧だったことに気づき、理解しきれていないもどかしさが心にわき上がってくる。


 それに気づいたのか、黒羽様は俺が悩んでいる様子を微笑みながら眺め、優しく助け舟を出してくれた。




「葵ちゃん、火の魔法を使う時はどんなイメージをしているの?」と、黒羽様は柔らかく問いかけた。




「指先に火を灯すときは…」と俺は考えながら答えた。




「蝋燭の火をイメージして使います。」




黒羽様はうなずき、「そうね、じゃあ葵ちゃんは理論的合理魔法の適性があるわね」と言って、俺の言葉を肯定した。




「理論的合理魔法の適性…それが、俺にもあるんですか?」




その問いかけに、黒羽様は穏やかに微笑んで答えた。




「ええ、そうよ。理論的合理魔法の適性というのは、化学や物理学といった科学の理論に基づき、現実味のある思考を持って発動する魔法のことなの。だから、葵ちゃんが指先に火を灯すときに、ろうそくの火をイメージし、空気中の酸素のことを考えていたんじゃないかしら?」




「…その通りです」と俺はうなずいた。




 確かに、自分が火の魔法を使うときには、酸素や燃焼の原理を頭に描いている。


 火を扱うにはどうしてもその理屈が必要だと思い込んでいた。




 黒羽様はさらに続けた。




「非合理性魔法はいわゆる感覚派。理屈や科学の知識にとらわれず、ただ感覚や直感で発動させることができる。いわゆる天才肌といったところかしら。理屈ではなく、‘できる’ か ‘できない’ かを、ただ直感で感じるようなものね」




 俺は黒羽様の言葉に考えを巡らせた。


確かに、自分が魔法を使うときは、火の温度や酸素の供給などを自然と考えながら発動している。


 それに比べて、オリジナルと呼ばれる非合理性魔法については、自分の中にあるイメージは理解できても、それを理論的に説明することができないのだ。




もしかすると、自分がその非合理性魔法を発動できない理由は、感覚や直感を素直に受け入れるのが難しいからなのかもしれない。


 自分が理屈や理論にこだわるあまり、直感を疎かにしているのだろうか…。




俺が思考の中で悩み始めたのを見て、黒羽様は紅茶をゆっくりと口に運びながら、優しい笑みを浮かべて静かに眺めていた。




俺は頭を整理しようと意識を戻した。




「理論的合理魔法と非合理性魔法…」と、つぶやきながら改めてその違いを頭の中でなぞってみる。


理論的合理魔法は科学的・物理的な思考に基づき、実際に現象を発動させるための確固たるイメージが要求される魔法。


一方、非合理性魔法は理屈を超えた純粋な感覚や直感で発動するもので、理論的な裏付けや科学の基礎に捉われず、ある意味「自分の直感」が頼りになるものらしい。




「つまり、非合理性魔法って、感覚に委ねて自由に展開できる分、使いこなすには相当な才能が必要になるんですね。理屈に捉われず、ただ ‘感じる’ だけでできるなんて、すごく特殊な能力だと思います」




 と言うと、黒羽様は静かに笑みを浮かべた。




「ええ、そうね。だから非合理性魔法は、才能や独自の発想がある人でないと、使いこなせないの。それがいわゆる『天才肌』と言われる所以よ」と黒羽様は穏やかに答えた。




確かに、自分が火を灯すときは常に空気中の酸素や燃焼の理屈を意識していた。


つまり自分は、論理や科学の枠に沿った形でしか魔法を展開できない。


その一方で、非合理性魔法を使う者たちはそうした理屈を無視して直感と感覚的に魔法を行使しているのか。




「俺は、まだまだ感覚に頼る部分が少ないから、非合理性魔法は難しいってことですね…」




「それはいいのよ、葵ちゃん」と黒羽様は笑顔で答える。




「それぞれ得意な分野で力を発揮するのが一番だし、葵ちゃんのような論理的思考ができる人は、理論的合理魔法でこそ本領を発揮できるものよ。焦らず、自分のスタイルを確立していくのが大事よ」




その言葉には説得力があり、確かに自分には理論的な思考の方が性に合っているのだろうと感じる一方で、黒羽様が何か大事なことをまだ隠しているような気がした。


ふと彼女の穏やかな表情を見つめていると、黒羽様も俺の視線に気づき、軽く首をかしげながら問いかけた。




「何かしら?」




 俺は少し迷いながらも、正直に聞いてみた。




「黒羽様は何かを隠しているのではありませんか?」




黒羽様は微笑みを浮かべながら、「フフフ、別に何も隠してないわよ」と言ったが、どこか意味深な感じだった。


彼女はあえて何かを隠しているのではなく、俺自身がその答えに辿り着くのを待っているのかもしれない。




 俺が考え込んでいると、黒羽様が再び口を開いた。




「葵ちゃん、同じ魔法を使ったときに、理論的合理性魔法と非合理性魔法ではどんな違いが出るか、わかるかしら?」




「同じ魔法なのに違いがあるんですか?」と俺は戸惑いながら答えた。




 黒羽様は小さくうなずき、「ええ、あるわよ」と教えてくれた。




 理論的合理性魔法と非合理性魔法…


 同じ魔法でも違いがあるというのはどういうことだろう。


 同じ火を灯しても結果が違うとでもいうのだろうか。


 俺は頭を悩ませながら、答えを探したが、結局何も浮かんでこない。




「すみません、考えたのですが、分かりません」




 素直に答えると、黒羽様は優しく教えてくれた。




「答えはね、効果の違いなの」




「効果…ですか?」




「ええ、魔法を発動したときに、それに付随する効果が変わるの。例えば、火の魔法なら燃焼の勢い、水なら濡れる範囲、土なら汚れや形状が変わるといった具合ね。理論的合理性魔法の場合は、安定した威力と効果が得られるのだけれど、非合理性魔法の場合、使用者の感覚や思考によって威力や効果が大幅に変動することがあるのよ。」




「それは、つまり魔法にムラが大きいということですか?」




 黒羽様は微笑みながら答えた。




「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるわね。要するに、使用者が何を求めて魔法を使っているか、その思考によって異なるの。たとえば威力を重視すると効果は抑えられ、逆に効果を重視すれば威力が控えめになるというふうにね」




 俺はその説明になるほどっと思い深く頷いた。


 同じ魔法でも、何を意図して使うかで効果が変わるというのは興味深い。


 それが理論的に安定するか、不安定になるかという違いが、理論的合理性魔法と非合理性魔法の境目なのだと、少しずつ理解が進んでいった気がする。




黒羽様は、俺が理論的合理性魔法について納得している様子を見て、「ねぇ、葵ちゃん。この理論的合理性魔法と非合理性魔法について、どう感じた?」と微笑んで尋ねてきた。




 俺は黒羽様の問いに素直に答えた。




「魔法を理論的に解釈した話で、魔法の発動に自分がどのように影響されているのかが分かる、良い話だと思います。」




 その答えを聞いた黒羽様の顔には、少し寂しさが滲んでいるように見えた。


そして彼女は急に手元の資料を勢いよく後ろに放り投げ、「やっぱりやめた!」と大声で叫んだ。


 俺は驚きと困惑で目を丸くしてしまい、茫然と彼女を見つめてしまった。




「葵ちゃん!人間を辞めなさい!」




 唐突な黒羽様の言葉に、思わず「はぁぁ?」と素で声を漏らしてしまった。




「いやいや、待ってください黒羽様。いきなり何を言い出すんですか?人間をやめろってどういうことですか?」




 訳が分からず黒羽様に問い詰めた。




 黒羽様は紅茶を一口飲み落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと話し始めた。




「まず、この資料についてだけど、葵ちゃんの言う通り、これは魔法理論に基づいて書かれた合理的解釈の資料なのよ。」




「はい、それは読んで、説明を受けたのでわかります。」




「でもね、これには何の価値もないのよ。」




「え!?」と驚く俺に、黒羽様は続ける。




「だって、これは魔法という摩訶不思議な力を合理的な解釈で無理やり理論的にまとめただけで、魔法の『魔』の字も理解していないのよ。むしろ、理解できないから非合理性魔法やオリジナル魔法なんて呼んで、自分たちには理解できませんでしたって認めているようなものなの」




 そう言いながら、黒羽様は一枚の資料を摘まんでひらひらと揺らしていた。




「別に、この解釈が間違いとは言わないわ。ただ、魔法の分野で言えば、これは魔法というより『魔術』になるの」




「魔術…ですか?」




「そう、魔術よ」




「魔法と魔術の違いがあるんですか?」




 黒羽様はニヤリと笑い、「無いわよ」と言った後、続けて説明を始めた。




「簡単に言えば、剣術と同じようなものかしら」




「剣術ですか?」




「ええ、剣術って、いろんな流派があるでしょ?剣の振り方や動作、足運びが流派によって異なっていて、○○剣術なんて言うわよね。それと同じこと。この理論も科学や物理学を基に組み立てられ、合理的に魔法を発動させる方法として書かれているの。だから、これは『魔法』の一つの技術であり、魔法の技術としては『魔術』と呼ぶのが適切なの」




 俺は間違っているとも思わなかった。


黒羽様の言う通り、魔法理論は確かに一つの技術分野として成立しているが、初めて魔法を使う者や魔法の理論を伝えるためには十分な価値があると思えた。




「そうね、葵ちゃんが考えている通り、学校や訓練所で教える分には適しているわ。でも、それ以上のことは望めないの」




 黒羽様は微笑みながら言った。




「それ以上…ですか」




黒羽様は俺の表情を見つめ、あるいは俺の内心を見透かすかのように、魔術には限界があることをほのめかした。




「だから人間をやめなさい。と言ったのですか?」




「えぇ、人の枠に囚われていたら、人としての限界にしか行き着かないもの」




「人の限界…ですか…」




 黒羽様の言葉は、重く、そして不思議な響きを持っていた。




「えぇ、そうよ。葵ちゃんはね、私達を見る時、どこか遠く、一歩距離を置いた場所から私達を見てる気がするの。それは憧れなのか畏れなのかは分からないは。でもね、それは少し嬉しくもありながら物凄く寂しいの」




「寂しいですか…」




確かに、母様や黒羽様のような存在は、俺からすればどこか遠く、眩しいもののように見えていた。


憧れと畏怖が入り交じる感情があるのは否めない。


黒羽様はそのことを見抜いているかのように、少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら続けた




「だからね、葵ちゃん。葵ちゃんには、私たちと同じ場所に立って、同じ景色を見てほしいのよ」




 黒羽様の言葉には、何か切実な願いが込められているようだった。




「本当はね、葵ちゃんが強くなる必要もないし、ずっと守られていればそれでいいって思っていたの。でも、それじゃダメだって思ったの。」




一瞬、黒羽様の中にある母性的な愛情と、それを超えた複雑な感情が垣間見えた気がした。




「だから、お願い。私たちと同じ景色を見てくれないかな?」




 母様や黒羽様達と同じ景色を見る。


 それは、俺が思ってた理想であり憧れでもあった。




 あぁ~だから黒羽様は人間をやめろと…


 人の枠に囚われず自分の理想を追いかけろと…




「今は難しいかもしれませんが善処します」




 俺がそう言うと、黒羽様は嬉しそうに微笑んだ。

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