夢の中ででも、素敵なダンスを踊りませんか?

もも

今宵、月が綺麗ですね。

こんな日は、踊りでもいかがでしょうか。

ほら見てください。もうすぐ日が沈みます。

日が沈めば、綺麗な月が白々しく顔を出しますよ。


「月が綺麗ですね。」

「駄目ですよ。そこは、あなたと見るから綺麗です。ですよ。」

「あー、月はずっと綺麗でした。でもいいと思います。うん、こっちがいいかも。」

「夏目漱石もがっかりですよ。」

「そろそろ、何とか言ったらどうですか?」

「いい加減、機嫌直してくださいよ。」


昔の人は、奥ゆかしくて好きです。月を愛の象徴として例えるだなんて、素敵な話じゃないですか。

こういうのでいいんですよ。告白というものは。私は常々申しておりましたよ。

それでも先輩は、私にそうはしてくれなかったですね。

私、未だに引きずってますから。


古い考えだ。やら、キザだ。なんて言葉で、この奥ゆかしい思いを片付けないで貰いたいものです。

私はこれがいいのです。

分かりましたか?先輩。


「ここで一つ、歌を歌います。」

「どうしてと言われても、そんな気分。だからです。」


どうしても理由を求めるのなら、そうですね。月が今宵綺麗なせい、にでもしておきましょうか。


私は目があまり良くはありません。だから、月に散らばる星たちは一つも見えません。

だから、私はやっぱり月が好きです。

いつも、そこにいるからです。


「聞いてください。森のくまさん。」


先輩、この歌覚えてますか?

勿論、昔馴染みの歌なので、知ってるのは大前提です。

この歌を、私が屋上で口ずさんでいたあの日のことですよ。これもまた、比喩ですよ。

月と一緒です。素敵ですよね。


「うるさいです。素敵なんです。そういうことにしておいてください。」

「今宵、先輩にこの歌を捧げます。」


* * * * *


「森の中〜くまさんに〜出会った〜」

「ふっ」

「……今、笑いました?」

「いや、すまない。」

「……花咲くもーりのみーち〜」

「……」

「笑ってますよね」

「……いや」


先輩の顔、物凄く引きつっていますね。笑い堪えてるのバレバレですよ。

ほら、お腹抑えてますもん。


「下手くそだって言いたいんですよね」

「いや、」

「いいですって。私が音痴なのは、もうとっくの昔に受け入れてますから。」


先輩は「すまない」と言いながらも、懲りずに笑ってらっしゃいます。あぁ、その顔、凄く腹立たしいですね。殴って差し上げましょうか。


「冗談です。」

「ん?」

「いえ。こちらの話です。」


話を変えましょう。


「先輩はどうしてこちらへ?まさか私の歌を馬鹿にする為だけに来た訳じゃないですよね。」

「あぁ。そうだな。」


先輩のにやり顔、私好きですよ。

クールでかっこいいと、評判ですからね。綺麗な顔というものは、正義です。

些かこの顔で、何もかもが許されてしまいそうですね。羨ましい。


「食事でも、どうですか。」

「それは、ディナーのお誘いということでしょうか。」

「まぁ、そういう事になるのかな。」

「ほほう。」


そういうお誘いと言うのなら、大歓迎です。

先輩のようなかっこいい殿方が、この平凡で音痴な私めにお声をかけること自体、夢現のようなものですからね。


「謹んでお受けしましょう。」


快く受け入れましたが。


「まぁ、こんな事だとは思いましたよ。」

「今日は社長の誕生日だからね。」

「他の社員でも良かったんじゃないですか。」

「君に声をかけたいと思ったんだ。」

「まぁお上手ですね。先輩は。こういう場は慣れてらっしゃるんですね。」


先輩の眉毛がくいっとあがりましたね。わぁ、素敵ですねそれ。


「どうですか、先輩。私と踊るっていうのは。」

「へぇ。君は歌より踊りだったのかな。」

「その口に、この香ばしく美しいチキンを入れて差し上げましょうか、先輩。」

「それは美味しそうだが、遠慮しておくよ。」

「ですが先輩。私は生憎踊れません。」

「正直でよろしいですね。」

「ですので、先輩。宜しければこの手を、取ってくれませんか。」


Shall we dance?

ですよ。


黒のタキシード姿も、素敵ですよ。先輩。

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