旧東京

 前に進む。そう決めた時、スマホに電源を入れ画面を見る。電波はなく、いつの間にか充電も40パーセントまで減っている。時刻は11:59分55秒と書いた。あと少しで年が明ける。


 5、4、3、2、1。


 静かに日付が変わる。アンハッピーニューイヤー。

 最悪の年明けだ。喜びもクソもない、ただ、空虚。こんな年明けは初めただ。東京の駅前にいるというのに、喜びの声が聞こえない。人間の声が聞こえない。今、この瞬間東京には、俺しかいない。そう錯覚させられる。いや、あながち間違いでもないかもしれない。

 真っ暗な東京は、空の光に照らされて、俺の目の前にあるものを映す。電灯は光を灯さず、ただ横に転がっている。


 配電所が機能しなくなったのだろう。現代の東京とはいえ、復興には途方もない時間がかかるだろう。遅くて10年、速くて5年。いつ電気が使えるようになるのか分かったものじゃない。これから暫くは電気も使えない、自給自足の生活になる。


 嫌だな。そもそも自給自足とかやったことないし、出来るとも思えない。力を使って生きていくにしも限度があるだろう。力に制約もあるかもしれない。食料を求めて熊とか猪が山から下りてくるかもしれない。命の保証がない生活がこれから始まる。


 俺は、その事に憂いを覚える。

 まぁ、こんな事を気にしても現状は変わらない。まずは新宿を目指し、生活基盤を整えながら、生き残っている人間を探す。これは確定事項だ。あわよくば、まだ光っている隕石を見つけ、力を得られるなら得る。幸い、この暗い東京で光源を見つけるのは難しくない。今できることを確実にやっていこう。


 俺がそう決め、歩き出そうとした時、光らなくなった隕石が目に入る。直径30㎝程、持っていこうと思えば持っていける。将来、この隕石が必要になるかもしれない。なら持っておこう。俺は隕石を拾い今度こそ歩き出す。


「おっと…」


 足場が悪いため転びかける。幸先が悪いスタートを、俺は切った。




 俺が歩き始めてから3日が経った。

 その間に、世界が大きく変わったことを、身を通じて知った。

 1日目、世界に色が加わった。大気中に青白い光が点々と浮かんでいた。その光は隕石が発するものと似ており、この光は隕石によるものだと仮説を立てた。

 この色が濃い場所ほど、体の調子は良くなった。この光は、俺の力となんらかの関係にあるのだと思う。それ以上は何も分からなかった。


 次に2日目、東京に今まで見たことがない変な生き物が徘徊していた。頭に輝く光の輪を浮かべた巨大な異形の獣。この獣たちは、どこか面影がある生き物が多かった。黒い翼にクチバシを持った獣に、丸い灰色の耳を持ち、細い尻尾を持つ前歯が大きい獣。

 おそらく、隕石の影響を受け、変異した動物達なのだと俺は断じた。

 そう決められたのには、こいつらの習性が決め手だった。この獣たちは、決まって隕石の周りを守るように徘徊しているのだ。


 俺が光る隕石を見つけ、近づこうとした時、こいつらはノコノコと襲ってきやがった。

 

 絶対に近づけさせない、触らせない。

 

 こう言っている様に見えた。幸いすぐに詠唱を唱え、逃げ切る事は出来たが倒すことはできなかった。しかし、大きな損傷を与えられた筈だった。

 

 俺は、この獣達をこう総称することにした。


 『神獣』

 頭に光の輪を持つ獣だからという安直なネーミングだが、それでいいだろう。別にペットの名前を考えるわけじゃないのだから。


 そして今日、俺を襲ってきた神獣を殺そうと動き始める。

 不意打ちで殺そうと、動向を伺っていたら、信じられない事が起きた。光る隕石の傍に寄ったかと思うと、いきなり光が強くなった。同時に、神獣の頭に浮かぶ光の輪も輝きが強くなった。あまりの光に目を瞑り、次に目を開けた時には、光は収まっていた。

 しかし、神獣を見失った。右、左、と辺りを見渡す、だが、どこにもいない。


 ヤバい、不意打ちを掛ける予定だったのに俺が掛けられる側になってしまった。


 俺が、そう慌てた時、それは現れた。


 「神獣…?」


 目の前に現れたそれは、確かに俺が見ていた獣だった。しかし、その神獣は、空から現れた。先ほどまでなかった翼が現れ、俺が残した傷跡消えた。それどころか、体に不思議な紋様が浮かんでいた。黒い翼の様な模様。


どういうことだ。隕石の光を浴びた事により強化された?それとも、怪我を負う事により力が増えるのか?

いや、そんなこと今は、どうでもいい。それよりも、こいつを倒さなければいけない。さもなければ、俺は死ぬ。


薔薇ログゼコレアれ。」


最短の詠唱を唱える。

俺の周りから、薔薇が咲き誇り、神獣に向かって花弁が舞い散る。その花弁は、鋭い刃の束となり、神獣の体を切り裂いていく。

しかし、神獣も生き延びるために抵抗してくる。


『ルグゥィエルゥラ・ギルグ』


神獣が、鳴き声の様な詠唱を唱える。

その瞬間、神獣に生えた翼が一回り、二回りと大きくなり自身の体躯よりも大きくなると、翼を羽ばたかせ、花弁を散らせる。


その体には、致命傷となりえる傷が出来ていたが、殺気は留まる事を知らなく、とめどなく増えていく。


生まれて初めての命の取り合い。足が震える。冷や汗が出る。初めて向けられる殺気は、強力な抑制剤になってしまった。


『ルギドウ・ギルグ』


俺の様子に気づいたのか、神獣は詠唱は新しい詠唱を唱える。

黒い翼から漆黒が放たれる。その翼を激しく羽ばたかせ、宙に浮き、俺目掛けて突撃してくる


「うぐ…」

 

俺に当たる直前、間一髪の所で避けるが、足が翼にぶつかってしまった。物凄い衝撃が全身に響く。


足に激痛が走る。ありえない方向に折れ、皮膚から骨が突き出ている。けれど、血は出ない。代わりに、透明な液体が溢れ出る。その時、大気中の色が、負傷した足に集中する。色は、濃い光となり、俺の怪我をたちまち直していく。


「なんなんだ…」


困惑を口に出す。いきなり色々な事が起きすぎて頭がパンクしてしまいそうになる。

冷静になれ、戦いはまだ終わってない。殺せ。生き残るために。

考えるのは、後でいい。


薔薇ログゼサクア万物ピグアグアく」


詠唱が空間に響く。咲いていた薔薇が5メートル程の大きさになる。根は地中深くまで潜り、東京全体を覆う。根は、栄養を吸い取り、大気にある色を吸収する。それは、全て薔薇に届き、赤色の薔薇が変化する。


――青薔薇


冷気が発し、全てを凍らせる薔薇の棘が神獣を襲う。切り傷は凍り、棘が至る所を突き刺す。目、腕、羽、その全てが、神獣の体を貫通するほど長い棘に蝕められる。


神獣から、叫び声にならない声が聞こえる。

詠唱をしようとすると、その度に喉を刺される。神獣からは、赤い、深紅の血液が飛び散る。体には穴が空き、無事な部位を見つける方が難しい。


神獣の息が浅くなる。覇気が無くなる。

もう少し。そう思った時、爆音と言える咆哮を神獣が出す。最後の力を使い声を出したのだろう。東京中に轟く音、誰かに助けを呼ぶような音、聞くものすべてを恐怖させる音。


ピーと耳鳴りがなる。思わず耳を塞ぎ、両脇が空く。神獣はこれを狙っていたのか俺の方に向かって、捨て身で走りだす。体中から血を噴き出しながら、相打ち覚悟の体当たり。神獣の最後の攻撃。普通の人間ならば、この巨体に逃げられず圧死する。けど、俺の力は神獣を止める。薔薇の冷気が更に強くなり、神獣を完全に凍らせる。


内部まで完全に凍り、神獣は動きを止める。


「勝ったのか?勝ったよな?」


俺は凍った神獣に近づき指でつつく。

凍りの氷像はガシャンと音を立てて崩れた。筈だった、崩れる直前、氷像から色が放出され、俺の体に入ってくる。


隕石の光を浴びた際と同じ感覚。

もう味わいたくなかった感覚が体に広がる。


『力が欲しいか?』


また、声が聞こえる。綺麗な女性の声、悠長な日本語だった。前の奴とは違い、知性を感じる。だから、俺は問う。


「お前達は何なんだ?力を寄越す前に答えてくれ」


前に聞きたくても聞けなかったことを質問する。


『我は、アルキモスの仲介者【アルバン】。アルキモス鉱石に宿る力を与えるもの。アルキモス神話の力を与え、変異させるもの』

「変異?それは何だ」

『変異とは、力の継承者をあるべき姿へ変える事。【アグラッセ】、神の眷属にする事だ。貴様も既に変異している。変異当初に違和感は感じなかったか?例えば世界に色が見えたり、傷が光によって回復したり。それら全ては貴様の体にあるアルキモスにより引き起こされた現象だ』


アルキモス。これが力の要因…。


「何故、地球にお前が言うアルキモス隕石が降りてきた。力はどうやって決まる。それに、あの言葉は何だ。どうしてあの言葉を唱えると力が使える。頭に輪がある獣は何なんだ」


矢継ぎ早に言葉を発する。

アルバンは少々面倒くさそうに答える。


『この惑星に我らがいるのは、因果だ。理由はない。強いて言えばアルキモスの神々が決めたのだろう。力は、アルキモス鉱石に宿る神により決まる。貴様の言う言葉とは、恐らくケリュン言語の事だろう。この言語は神々の言語だ。それ以下でもそれ以上でもない。【アグラッセ】になった者はケリュン言語を唱えることにより、力の使用を許されるのだ。最後に頭に輪がある獣は貴様と同じく力の継承者。』


随分と小難しい話だったが、ギリギリ理解できる。

だから、最後の質問を繰り出す。


「この世界は、これからどうなる」

『さぁな。我らはどうしようもしない。全てはお前達次第だ。これ以上はくどい。これから力の継承に移る。受け入れろ、この言葉を』


―翼《ギルグ》をディ・ハグたぬ哀れなディゴーゼよ。スキアイグ・アえ。


自由ルギドウギルグ


ルグゥィエルれ強靭《ルゥラ》なギルグよ。


『体の変異は既に終えているため、上書きをする。後で右腕を見てみろ。紋様があるだろう。我は、ここで役目を終える。そなたの運命に幸あらん事を』

「おい!待て!待ってくれ!」


俺の言葉虚しく、アルバンと名乗る声は話さなくなった。


「右腕を見ろ、か。」


俺は服の袖を捲り、右腕をみる。

そこには、一輪の薔薇の両脇に翼が一つずつ交わるように浮かび上がっていた。


「温泉…どうしてくれるんだよ」


俺は、一番初めにそう思った。

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崩壊神話の流れ星 @taida24342

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