第一章 神託(二)
「おい」
祭祀場から里へ戻る山道でイサセリを呼び止めたのは、弟のワカタケだった。
十三年ぶりに再会した弟は、イサセリより二束――拳二つ分ほど背が高かった。武人らしい逞しい体つきで、その佇まいには威厳がある。耳より前の髪をみずらに、後ろ髪を束髪に結っていることから、すでに成人の儀を終えていることがわかった。
ワカタケはイサセリの異母弟だった。姉妹である母たちから、イサセリは十六年前の一月に、ワカタケは同じ年の五月に生まれた。季節が一つ違うだけの兄弟である。
イサセリは続く言葉を待った。しかしワカタケは太い眉をひそめたまま黙っている。長い沈黙に戸惑ったイサセリは先に話しかけようかと思ったが、弟の顔に父である大王の面影を見つけ、思わず目を逸らした。
イサセリが再び歩を進めると、ワカタケは影のように寄り添って歩いた。
キジバトの歌うような鳴き声や、モズのせきたてるような地鳴きが山の空気を震わせていた。時折、ワカタケの蹴った砂がイサセリの踵にかかった。
気づまりだった。
重い沈黙に耐えかねたイサセリは、弟の横に並び、声を絞り出した。
「元気だったか」
ワカタケはイサセリの方を見ようとはしなかった。切れ長の目は、濃い緑葉に蓋された薄暗い道の先に向けられていた。自分の眠たげな目とはまるで違うものだ、とイサセリが観察していると、やっとワカタケが口を開いた。
「あんたは」
大王に似た低い声だった。
「何ができる」
何がだって? 予想外の問いに、イサセリは一瞬言葉を失った。十三年ぶりに再会した兄へかける最初の言葉が使命に関することなのか。それでは赤の他人である里長たちと変わらないではないか。イサセリは苦笑いを浮かべた。
だらしなく笑っていると思ったのか、ワカタケは眉根を寄せ、舌を打った。
「俺はずっとヤマトのために戦ってきた。生きてきた。いくら大神のお言葉とはいえ、あんたなんかにヤマトの未来を任せたくはない。辞退しろ」
ワカタケは、もはや蔑みを隠そうとはしなかった。
「力のない者は足を引っ張るだけだ。大切に育てた兵をあんたなんかのために失うなんてありえない。あんたができないと言えば、きっと別の神託が下る」
弟の言葉を聞きながら、イサセリは胸の奥が痛むのを感じた。熱病にかかった時の誰かにのしかかられたような圧迫感とは違う。表面的なものではなく、黒曜石の欠片が心のやわらかい部分を何度も突き刺すような痛みだった。
なんと返しても、この弟は納得しまい。イサセリは責を他に移してしまうことにした。
「本当はそうしたいところだが……大王のご判断に任せよう」
「あんたはっ!」
やはり気に入らなかったらしい。ワカタケは鼻息を荒くして歩度を速めた。地鳴りのような乱暴な歩き方だった。茂みに隠れていた生き物が葉を揺らす。道が曲がり、壁のように丈高く伸びたシダがワカタケの姿を隠すと、イサセリは胸を押さえた。
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