第7話 新しい始まり[完結]後書き

 東京の夜のそよ風が冷たくなり始めた。

 薄く積もった雪が、この街のアスファルトに刻まれた傷跡を覆い隠していく。

 俺は、腐った思い出に満ちた前の会社を辞めた後、新しく働き始めたオフィスのビルの前に立っていた。


「さ、佐藤さん!待ってください!」


 俺は振り返った。橘あずさが、小走りでこちらに駆け寄ってくる。冷え込みのせいで頬を赤く染め、温かそうな手編みのマフラーを巻いていた。


「これ、机に忘れていましたよ」彼女は一冊のノートを差し出した。

「ありがとう、橘さん。わざわざ追いかけてこなくてもよかったのに」


 橘は少しの間黙り込み、澄んだ瞳で俺を見つめた。

 彼女は、俺が海斗とあかりを破滅させた時の「悪魔の側面」を見た唯一の人間だ。それでも、彼女は去らなかった。

 アシスタントとして、そして今は新しい職場の同僚として、俺のそばにいてくれた。


「佐藤さん……今は、少しは気分が良くなりましたか?」彼女は慎重に尋ねた。 俺は黒い空を見上げた。

「分からないな。空虚な感じだ。でも……息をする時に、もう苦しさは感じない」


 橘は薄く微笑んだ。裏表のない、心からの笑顔だった。

 偽りに満ちていた、あかりの笑顔とは全く違う。


「それはきっと、傷が癒え始めた証拠ですよ。時間はかかるでしょうけど、佐藤さんならまた世界を違う色で見ることができるって、私、信じています!」


 俺は彼女をじっと見つめた。

 これまでの俺は、あかりのせいで盲目になりすぎて、橘のように後ろからずっと支えてくれる優しい人がいたことに気づけなかった。


「橘さん」俺は呼んだ。

「はい?」

「夕飯でもどうかな?高級な場所じゃないけど、交差点にある普通のラーメン屋だ。俺が奢るよ」


 橘は驚いたようだった。何度か瞬きをした後、ようやく彼女の唇から小さな笑いがこぼれた。


「はい!実は、さっきからお腹が空いてたんです……へへへっ~」


 俺たちは、ぼんやりと灯る街灯の下を並んで歩いた。

 恋人のような手繋ぎも、大げさな甘い約束もない。

 ただ、互いの傷を理解し合う二人の人間がいるだけだ。


 すぐにまた誰かを愛せるようになるとは思えない。俺の心はまだ失望で満ちている。でも、隣を歩きながら些細な話をしてくれる橘を見ていると、その失望が少しずつ消えていくのを感じた。


 俺はもう、あかりや海斗のことは考えていない。奴らは俺の過去に舞う塵に過ぎない。

 今度は、間違った人間のために奴隷のように働くつもりはない。

 俺は自分のために生きる。そしていつか、ありのままの俺を大切にしてくれる誰かのために。


「佐藤さん、見てください!雪がひどくなってきましたよ!」橘が楽しそうに空を指差した。


 俺は微笑んだ。前の人生では持てなかった、本物の笑顔だった。


「ああ。今年の冬は……思っていたほど悪くないな、橘さん」


 降りしきる雪の下、俺の復讐劇は幕を閉じた。

 そしておそらく、もっと穏やかで誠実な、新しい物語がゆっくりと始まろうとしていた。


 ——後書き——


 この短編小説を最後まで読んでいただき、ありがとうございました……。私が作り上げたこの物語を、皆さんに気に入っていただけたなら幸いです。

 正直に言うと、仕事も放り出して猛スピードで書き上げちゃいました(笑)。

 でも、すべては今回参加しているコンテスト「カクヨムコン11」短編賞部門のため……読者の皆さんに心から感謝します! ぜひレビューや星、そして「応援」をいただけると嬉しいです、へへへ~~。

 それでは、またどこかでお会いしましょう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】彼女の浮気現場を目撃した瞬間に、俺は殺された!? ミハリ | カクヨム @Mihari_Kakuyomu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画