第4話:見習い魔法少女は回復に最適な家としてシェアハウスに住み着くことを決めた。

 その日は、やけに静かだった。

 レイナは朝から「仕事が溜まってる」と言って外に出ていき、

 セラフィナは借りた服のまま、庭先で土をいじっている。

 家の中にいるのは、俺ひとり。

 ……いや、正確には「ひとりだったはず」だ。

 昼過ぎ、キッチンで適当にインスタントの麺を作っていると、

 ふと、背後から気配を感じた。

 振り返る。


「……」


 そこにいたのは、知らない少女だった。

 小柄で、華奢。

 淡い色のローブのような服を着ている。

 フードは外れていて、肩までの髪が静かに揺れていた。

 目が合う。

 少女は、じっと俺を見つめたまま、何も言わない。


「……」

「……」


 数秒、沈黙。

 最近、この家で色々ありすぎたせいか、

 俺は驚くより先に、ひどく疲れた気分になった。


「……あの」


 先に口を開いたのは俺だった。


「あの、新しく入居される方ですか?」


 少女は、ゆっくりと瞬きをする。


「……うん」


 それだけ。

 否定も驚きもない。


「……えっと」


 俺は頭をかく。


「どこから入ったんですか」

「……気づいたら、ここに」


 相変わらず短い。

 でも、その声は不思議と柔らかかった。

 耳に残らないのに、嫌ではない。

 そのとき、背後から足音。


「お、来た?」


 セラフィナだった。

 彼女は少女を見るなり、目を見開いた。


「……魔力の匂い」

「やっぱりか……」


 俺はため息をつく。


「レイナがいない時に限って、こういうの来るんだよな……」


 少女は、二人のやり取りをぼんやりと眺めてから、口を開いた。


「……ここ」


 一言。


「……落ち着く」


 そう言って、少しだけ目を細める。


「え?」

「ここ、あったかい」


 セラフィナが一歩近づいた。


「あなた、異世界の者?」


 少女は小さく頷く。


「エイル」


 それが名前らしい。


「魔法使い……見習い」

「見習い?」

「うん」


 エイルは、ローブの袖をきゅっと掴む。


「回復、少しだけ」


 セラフィナが、納得したように頷いた。


「なるほど。魔力を消耗している」


 俺は二人の会話を聞きながら、

 なぜか胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じていた。

 理由は分からない。

 ただ――

 エイルがそこに立っているだけで、空気が柔らいでいる。


「……それで」


 俺はエイルに向き直る。


「どうするつもりですか」


 エイルは少し考えてから、

 リビングのソファを見て、窓を見て、天井を見た。


「……ここ、パワースポット」

「……はい?」

「魔力、流れがいい」


 真顔で言う。


「休めば、戻る」


 セラフィナが補足する。


「つまり、しばらく滞在したい、ということだ」

「……ですよね」


 もはや予想通りすぎて、驚きもない。


「泊まる場所、ある?」


 エイルは、遠慮がちに聞いてきた。

 その目は、どこか不安そうで――

 それ以上に、疲れているように見えた。

 俺は、少し迷ってから答える。


「……まぁ空いてる部屋はあるけど」


 エイルは、ほっと息を吐いた。


「……ありがとう」

 それだけ言って、ソファに座る。

 そして、そのまま――動かなくなった。


「……寝てる?」

「寝ているな」


 セラフィナが静かに言う。

 俺は、思わず苦笑した。

 数ヶ月前の自分を、見ているようだった。

 何もしたくなくて、

 ただ、どこかで休みたかった。

 エイルは、小さく呼吸をしながら眠っている。

 その表情は、驚くほど穏やかだった。

 不思議なことに、

 その姿を見ているだけで、胸の奥のざわつきが薄れていく。


「……なあ」


 俺は、セラフィナに小声で聞く。


「この家、そんなにすごいの」

「うむ」


 即答。


「境界が重なり、流れが滞らぬ。回復には最適だ」

「……じゃあ」


 俺は、ぽつりと言う。


「俺も、回復してるんですかね」


 セラフィナは、少しだけ考えてから答えた。


「していると思う」

「そうですか」


 それなら、悪くない。

 エイルがこの家に来た理由が、

 なんとなく分かった気がした。

 夕方になり、レイナが帰ってきた。


「……あれ、増えてる?」

「増えました」

「回復系?」

「見習いです」


 レイナは、眠るエイルを見て、ふっと笑った。

「なるほどねぇ……」


 そして俺を見る。


「この家、ほんと便利だね」

「便利とか言わないでください」


 エイルはその日、

 何も言わず、何も主張せず、

 ただ、そこにいた。

 それだけなのに。

 不思議と、

 この家が「家」になった気がした。

 ――回復に最適な家。

 どうやら、それは本当らしい。

 そして俺は、

 この静かな少女が、しばらくここに住み着くことを、

 もう受け入れてしまっていた。

 疲れた心が、

 少しだけ、軽くなっていたから。

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