第2話 連戦道中
「うーん、おかしいなぁ。僕は4人だけだと思ってて、一人逃がしたようだ」
彼はテラスで頬に手を当て、悩んでいた。
「僕の方に、少女が来ました」
僕は椅子には座らず、彼の目を見て話した。
「あー、それかぁ。よくコアを守り抜いたね。偉い偉い」
にこにこするクオンを見て、僕はやるせない気持ちが膨らんだ。きっと、初めから彼は僕に期待していない。
「どうだった?今回の戦い」
「…改めて、僕は人を殺せないことに気づきました」
俯いてそう告げると、クオンは明るく言った。
「別にいいんじゃない?僕が代わりに殺すし」
きょとんとしてそう話すもんだから、僕も呆気を抜かれた。
「それじゃあクオンは大変だ」
「もともとこれを一人でやってたし、然程変わらないよ」
彼が僕をスカウトした理由を考えろーー。世界1位を目指すためだ。一人では出来なかったこととは?恐らく、攻守一体だ。ならば、僕がやるべき事は、守るだけだ。
「そうですか」
僕は唇を噛み締め、第2戦の準備をした。
「10戦目くらいからが本番だから、そんな背負わなくていいよ」
彼の言葉通り、1戦目を終えたあと、立て続けに試合をしたのだが、僕はただ大樹でコアを守るだけで終わった。
クオンが一人で敵全員と、コアを破壊するものだから特に僕はやることがなかった。
終戦を告げるアナウンスを聞く度に、僕の緊張感は消え、戦いの実感も薄れて言った。
「さてさて、お次は初日の大本命、“魔弾の子”だ」
「“魔弾の子”?」
「そう。まあやっと、手応えある戦いが出来るね」
彼は腕を鳴らして心を踊らせていた。
間もなく僕達の体も光に包まれ、10度目の密林へ足を踏み入れた。
「じゃあよろしくね、ドライ…」
クオンが走り出そうとした瞬間、密林は爆発を起こして吹き飛んだ。あれほど生い茂ていた緑も、青々とした匂いも、全て火花と共に散った。
「あっぶな、僕死ぬとこだったよ?」
クオンはペロリと舌を出して、更地となった戦場を眺めた。そして顕になった敵3人とコアーーこれまでとは違って、覇気があった。
それでも彼は怯まず、大きく走り出していった。
「樹木展開ーー大樹生成」
手馴れた手つきで、コアを大樹で覆う。そして木に寄っかかって、クオンの戦いぶりを見た。
「(何だかんだ言って、初めて団長の戦いを見るな)」
彼はシールドを展開した盾兵2人に向かって腕を薙ぎ払うと、敵は吹き飛んでいった。
再び立ち上がる盾兵達は魔法を唱えて、小さい炎の魔弾を空から降らせた。炎を纏った隕石のようなものだ。
クオンも魔法を唱えると、それらの魔弾は虚空へ消えた。
「なっ?!」
思わず口に出して叫んでしまい、戦場を凝視すると、消えた魔弾が再び現れ、敵に向かって放たれた。
盾兵は魔弾によって貫かれ、光になって溶けて行った。
「あと一人か…」
僕も前に出て圧を掛けに行こうとした時、僕の視界は天地が逆になって、木にもたれかかっていた。
何が起こった。
気が付けば、クオンは目の前に倒れていた。
「クオン!」
「やっばいねー、“魔弾の子”の団長さんは」
団長だって?
今まで戦ってきた相手は、そのような強敵では無かった。僕達が2人だからといって、弱く見積もり、初心者達を出してきたのだ。
しかし、今回は団長が出てきた。3人とは言いつつも、その位は格別なのだーー。
「しかも、人間じゃないし」
クオンは汗を頬から垂らし、ゆっくり立ち上がった。
荒れた大地をゆらゆらと歩く、長身の男が見えた。
「なんだか魔力が異質だ」
僕も不思議な感想を抱いて、体を起こすと、クオンは言った。
「ドライアドーーここのフィールドの結界を破ってくれないかい?」
フィールドを破るということは、仮想空間を解除することだ。
「そしたら、本当に死んじゃいますよ!」
必死に彼に訴えた。
「それでも殺さなきゃいけない敵だっている」
「居ませんっ、どんなに極悪人でも」
クオンは依然として話した。
「相手が魔族でも?」
相手が魔法を唱え、極大の魔弾を幾つか出した。
風速を超える速さで飛んで来たが、クオンは全ての魔弾に手で触れ、いなした。
「(恐らく、クオンの魔法は空間系の類だ)」
粉々になった魔弾は慣性の法則で、僕の方へ吹き飛んできた。破片ばかりで、特にダメージは喰らわない。
「ドライアドっ!早くやれ!!」
彼は撃たれる魔弾を回避しながら叫んだ。
人を殺せない、何も貢献できない、ただ勝利を待つだけ。
コアを守る、こそが僕の使命だ。
「早くっ!」
クオンは既に、切り傷沢山負っている。
死にたくなくても、死ぬ危険が1番あるのはクオンじゃないか。僕を優先してどうするーー。
ああ、僕は彼の忠実な犬だ。それでも。
「樹木展開ーー」
この命枯れるまで、彼と新しい景色を見たいと思ったんだ。
「ユグドラシル」
神話に出てくる大樹と同名のこの魔法はそれを模している。
世界樹の如く力強く、コアと大樹を飲み込むユグドラシルは、どんどん空へ伸びていった。
「はっ、化け物かよ」
クオンの呟く声が聞こえた。
そして結界まで届き、成長は止まったが、空気は震えていた。
ものの数秒で、ドンッという大きな音を鳴らし、ユグドラシルは突き抜け、仮想結界を壊したーー。
もう取り返しはつかないーー。結界が崩れ落ちると同時に僕は、実体を持つ感触を得た。
実体特有の重みを感じる。そして結界の外が見えた。
「ここは王都の闘技場だ。魔族をここで殺せなかったら」
人々は殺戮を受ける。
「クオンっ!!このフィールドの外はっ」
そう呼びかけても乱戦の中には届かなかった。
「っ!!来るなドライアド!逃げろっ!!」
近づいた僕をクオンは呼び止めた。
けれど遅かった。
追尾型の魔弾がクオンと僕、そしてコアに向かって放たれた。しかし、コアへの魔弾は大樹によって守られた。
「ぐあっ」「ああっ!」
背を向けて逃げる僕とクオンはモロに喰らった。
地面に並んで倒れる僕達に、敵は近づいてきた。
「なんだあのバカでかい木は?本気を出さなきゃコアを壊せねーじゃねえかよ」
荒い口調の男は、確かに魔族の雰囲気だった。
「まぁ、粗方俺を殺すためだと思うけどさ。自業自得だぜ?」
その魔族は怪しげな闇に包まれて、魔力が膨れ上がった。翼を生やし、眼光は赤く、筋肉質の体から鋭い腕が出る。
「魔弾展開ーー後光一線」
素早く立ち上がったクオンは背中から血を流していた。
「空術展開ーー大気圧縮っ!」
魔族の手から、一筋の光線がクオンに向かう。
クオンは両手を突き出し、空気を閉じ込めるように魔法を唱えた。
すると光線は空中で止まり、徐々に光が弱まっていった。
「やるねえお坊ちゃん」
続いて炎と氷、闇を纏った魔弾が四方八方からクオンに撃たれた。
「ユグドラシルっ!クオンを護って!!」
僕もユグドラシルに手を伸ばし、念じた。枝が伸長し、魔弾の隙間を練ってクオンの体に巻き付き、直ぐに引っ張った。
ターゲットが消えた魔弾同士がぶつかり、激しい炸裂音を立てた。
僕は衝撃波によって遥か後方へ飛ばされた。
地面に叩きつけられ、内蔵が潰れた。
「ゔぅ」
吐血をしつつも、クオンの援助に向かおうと地面に手をついた。
「空術展開ーー空間支配」
クオンは抉れた腹を抑えながら、立方体の透明の部屋を作り、魔族を閉じ込めた。
「なるほどなぁ。閉じ込めた空気が圧縮されて、俺の体を潰そうとしている」
呑気に解説する魔族を睨んでクオンは力を強めた。
「(このまま僕が魔法を唱えれば)」
拘束されている魔族の背に向けて、僕が魔法を放てば、確実に殺せる。相手は気づいていない。でも殺せないーー。
「大したことないな。さあ終焉の時間だ」
支配されているはずの空間から、黒い塊が無数に生まれ、空間を抜け出し、ゆっくりとクオンに近づく。
「死ぬな、これ」
クオンが死を悟った時、魔族の背が何かに貫かれ、黒い塊は離散した。
「クオン…ごめん。後ろにあった敵陣のコアより、助けることを選んじゃったよ」
僕はノロノロと彼らに近づいた。地面から隆起した根が魔族の体を貫いていた。
「ユグドラシルの根、か」
クオンが静かに笑うと、彼は地面に横たわり、気絶した。
限界が来たのだろう。あれほどの緊張感の中、死線をくぐり抜けたのだから。
「根よ、魔族を縛れ」
僕が唱えると、更にきつく魔族は縛られた。
「てめえ…どけろこの根を」
「息の根を止めることが、僕の与えられた役目です」
「はっ!どうせこの戦いはお前らの勝ちだ。ほら、さっさと消せ」
「…案外、大切な人の為ならなんでも出来るんですね」
魔族の首に根を掛け、引きちぎろうとした。
「失せろ雑魚が」
そう彼が言った刹那、彼の魔力が暴走し、大爆発を引き起こした。
この期に及んで、まだ抵抗するのか。
クオンと僕は爆発の生温かい空気によって、地面に押さえつけられた。
もう骨があちこち折れている筈だ。
「ドライアド…覚えとけよ。俺の名前は、四天王ノクス・スタシスだっ!!」
漆黒の翼を広げ、空に飛び立つノクスは、僕らを見つめながら、逃げていった。
やっと、終わった。
もう駄目だ。
クオンの横で僕も倒れ込んだ。彼の顔は疲れきって、傷だらけだった。
なぜ終わらないんだ?結界を壊したせいか?
使い果たした脳で思索していた時、何処かで、割れる音がした。
『ーー』
晴れた青空が、眩しかった。
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