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やがて夜になった。
二人は廃ビルに着くと、路地の陰にじっと身を潜めた。
野郎二人で何をしているんだろうというところだが、名護がそうしろと言ったのだ。
人影が廃ビルの中に入って行った。
行きますよ、と目線だけで合図して名護が中に入っていく。
戸草もそれに続いた。
そこに立っていた人物に名護は声をかけた。
「こんばんは、本木さん」
屋上の柵から覗きこむように下を見ていた本木がハッと振り返る。
「いい夜ですね」
いっそ穏やかな声で名護は言った。
「……ここで何をしているんですか?」
本木が静かに聞いてくる。
「それはこちらが聞きたいというのが普通の返答なのでしょうが、察しはついています。
森村結花。確か新聞で見た名前だと戸草は思った。
「彼女が飛び降りた時の証言をした大学生というのはあなたですね。匿名になっていましたが調べさせていただきました」
本木の顔が強張る。
「……そうですが」
「彼女が飛び降りた時刻になると見張っているんでしょう?その時間の写真が何枚かあったので。ここで飛び降りる女性を彼女と重ねているんですか?もしくはここにいると会えると思っているのか」
本木がびくりと震える。
「恋心というのは素晴らしいですね」
まったくそう思っていない無感情な声で名護は言って、次に言葉を続けた。
「けれど本当にそうなのでしょうか?」
「……どういうことですか」
戸草にも話が見えない。
本木は沈んだ顔で目をふせる。
「俺が変わってしまったと彼女は言っていました」
静かな口調で言った。
「おそらく俺の浮気を疑っていたんでしょう。俺は結花一筋だったのに。そんなの馬鹿げている。それでも結花は俺の心が彼女から離れてしまったのかと思い悩んで飛び降りることを選んでしまった」
声は徐々に熱を帯びていって、しかし次の瞬間平坦になった。
「だから、この時間になると彼女に会えるんじゃないかと思ってここに見にきているんです」
話を聞くだけだと純愛物語のようだ。
名護はそれを聞いて、笑った。
「あなたが心変わりしてしまったと思ったから彼女が飛び降りたと?」
理解不能だという表情で名護は言う。
「そうとしか思えません」
思いつめた表情で本木は断言する。
名護はそれを嘲笑う。
「残念ながらあなたがどう思っていようとそれは違いますね。現実はもっと単純であなたは自分本位なだけだ」
静かに含めるように名護は問いかける。
「本当、はどうなんです本木さん?あなたにもわかっているのでは?」
「何が言いたいんですか」
「調べはついているんですよ。あなたは接近禁止命令を出されていますね」
「……は?」
わけがわからないというように本木の顔が硬直する。
「森村結花はあなたを愛してなどいなかった。恋は盲目とは言いますが迷惑な話ですね。一方的な執着であなたは彼女につきまとっていたんですよ。簡単に言えばストーカーですね」
やっと話が見えてきたが戸草はこれは危険な流れではないかと思った。
げんに本木は怒りの表情で身を震わせはじめたからだ。
「違う……。そんなわけない。彼女は俺が好きだったんだ」
「あなたは変わってしまったんじゃない。もとから変わっていたんだ」
どこか愉快そうに名護は言う。
「拒絶されたからあなたは追いかけて、あなたから逃れようとして森村結花は屋上の外に駆け出して落下した」
「そんなわけない!」
ぐずぐずとあたりの風景が歪みはじめた。
腐った果実のように、闇の中の肉塊から噴き出す血潮のようにどろりとした気配があたりを侵食しはじめる。
「名護さん……」
そのへんにしておいてくれ、と思った。
どうやらもう手遅れかもしれないが。
「死んで花実が咲くものか……。とは別の意味ですけどね。あなたはもう死んでいるも同然だ」
名護と目があった。
「戸草くん見せてやるといい。君が見ているものを。今の彼女たちの姿を」
最早諦めの境地に達するしかないようだ。
戸草はスーツをまくると腕を出す。
手から血が伝い、ボタボタと屋上の柵から地面に向かって血が落ちる。
途端に空気が重くなり粘度を増した。
「なんだ……。なにをしているんだ」
さすがに異様な気配を感じ取ったのか本木はうわずった声を出す。
「彼の血液は特別でして」
名護は台本を読み上げるように、淡々と決まり文句を口にするように言う。
「怪異に対する
花が舞いはじめた。
それが周囲を取り巻きはじめる。
鉄くさい血のにおい。
すでに人間ではない異形のものの嘆く酷く歪んだ軋んで割れた声が耳にこだまする。
ああ。
嫌だ。
すごく、嫌だーー。
女たちの顔が次々地面から突き出る。
それはくるくると舞いながら
その中の顔に何を見たのか、本木はふらふらとおぼつかない足取りで踏み出した。
「結花……」
柵がぎいと鳴る。
錆びてもろくなっていたのか、それは簡単に折れて本木の体が空中に投げ出された。
戸草は思わず駆け寄るが距離がありすぎて伸ばした手は全く届かない。
べしゃり。
地面に果実が叩きつけられるような音が聞こえた。
真っ赤な血溜まりがゆっくりと地面に広がっていく。
それはちょうど踏み散らかされた花弁にも似て。
「名護さん……!早く救急車」
仕方ないという顔で、名護は携帯電話を取り出した。
そしてパチンと指を鳴らす。
空気を入れすぎた風船のように内側から膨張すると化け物じみた女たちの面は弾けた。
びくびくと震えるどす黒い肉の塊だけがあたりに飛び散る。
哀れで虚しい存在のそれを名護は無情に踏み潰した。
戸草は間違っても踏まないように後ずさる。
名護は通話を終えると戸草に告げた。
「帰りますよ」
ニヤリと残酷に名護は嗤う。
「こうなりたくなかったら君も気をつけることですね」
戸草は飛び散る塊から目を背ける。
直視したくなかった。
化け物の結末としては正しいとしてもこれは非道く間違っている。
そう、思った。
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