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 ここにも花だ。

 戸草はふとそう思った。

 不自然なことではないだろうが、病室の花瓶に白い花が挿してある。

 その花の名前を戸草は知らない。


「戸草」


 ぼんやりしていたのだろう。

 目の前の友人がかけた声でそちらに顔を向ける。

 透き通るように静脈が浮いた白い細腕が病院着からのぞいている。

 端正な細面と合わさって相変わらず白百合のような印象の人だ。


「ああ。……どう思う、藤原さん?」


 戸草がそう問うと友人ーー、藤原ふじわらけいは表情を露骨に歪めてみせた。


「安楽椅子探偵の真似事でもさせたいのかな。世間から離れて、この閉塞した箱庭の中で隠遁生活とも呼べる閑散とした日常を送る僕にいったい何を求めているんだい」

「別にそういうわけじゃ」


 数少ない友人の気分を害してしまったのかと戸草が困ると藤原はふっと表情を緩めた。


「冗談だよ。まったく学生時代と変わらないな、君は」


 どうやらからかわれたらしい。

 愉快そうな声音に戸草は嘆息する。


「藤原さんの意見も聞きたいと思ってさ。学生の頃もこんな事件をいくつか解決して名探偵とか呼ばれていたこともあったじゃないか」

「何度も言うけど名探偵なんていないよ、戸草。いるとしたらそれは虚構フィクションの中。現実には、過去の終わってしまった出来事を掘り返す愚かな墓掘り人がいるだけさ」


 そう言って藤原は肩をすくめた。

 いつも涼しげな顔はどこか中性的で、そんな仕草さえ様になる。


「僕と推理対決でもしたいって言うなら話は別だけどね」


 そう言って小首を傾げてみせる。

 その仕草はどこか餌をねだっている猫のようだ。


「兎にも角にも、試合終了ゲームオーバーだ、戸草」


 パチン、と弾けるような音と同時に藤原は言った。


「参りました」


 頭を下げる。

 二人の間にはオセロ盤が置いてあり、戸草の黒に比べて藤原の白が明らかに優勢である。

 オセロに将棋にチェス、囲碁から麻雀まで。この病室にはどこから運んで来たんだというような様々なボードゲームがあり、学生の頃にはよく色んなゲームで対戦したものだが総じて藤原は手加減ということをしない。


「また僕の勝ちだね」

「これで三十勝三十敗か」

「いや君は三十一敗だね。第十六回目の試合は台を動かしたミスで駒が動いてしまっただけだ」

「いやあれは俺のミスじゃない」

「君のミスだ」

「異議申し立てを申請する」


 戸草がそう言うと、堪え切れないと言った感じでははは、と藤原が笑った。


「いいよ。決勝戦は次回へ持ち越そう。そうそうさっきの話なんだけどね。噂があったはずだよ」


 そう言って藤原は人差し指を天井にピンと立てた。

 戸草は咄嗟とっさに天井を見る。何もない。


「違うよ。これは閃いた!のサイン」


 そう言って藤原は悪戯っぽく笑うと尋ねた。


「聞きたい?聞きたい?」

「もったいぶらずに教えろ」


 戸草がやれやれと首を振ると、藤原は耳元に首を近づけて言った。


「噂では、以前自殺騒ぎがあったらしいんだよね。ビルから飛び降りた女の話」


 耳元に息がかかる。


「藤原さんそれ……。もうちょっと詳しく」

「入ります!」


 会話を続行しようとした時、ドアの方から声がした。


「藤原さん回診の時間です」


 そう言って眼鏡をかけた真面目そうな外見であるのに、胸ポケットになぜかファンシーなテディベアを入れているアンバランスな印象の医者が中に入ってきた。後ろに控える看護師はなぜかダルマを抱えている。


「またかい。さっき来たばっかりじゃなかったっけ」

「そう言わず。言わずが花の花盛りの君たちへなんちゃって」


 部屋が静まり返る。


「面会の時間は終わりです。見舞いの方は帰っていただけますか」

「え、まだ話が」

「しょうがないな。戸草。また来てよ」


 そう言ってひらひらと藤原は手を振る。

 看護師に手を引かれ半ば強制退場させられた戸草に重ねるように藤原は言った。


「六月七日の新聞かニュース。多分それにあたってみれば出ていると思うからさ。じゃ後は頑張ってみて。バイ」


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