1.落花地点

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 戸草とぐさはむせ返るような花の香りに吐き気がした。

 壁一面を覆い尽くす花、花、花。

 それは人や動物の姿をかたどって、まるで植物に巻きつけられた剥製はくせいの奇異な博覧会のようだった。

 どれもが本物ではなく。あるいはすでに死んでいるというのに。

 鼻はありもしない匂いを受け取る。

 例えば、失っても痛む幻の手脚のように。昼の空に浮かぶ見えない星のように。

 それは本来『無い』ものなのに。

 戸草は壁に佇む名護なごにここは何かおかしい、と目配せをするが、あいにく当の本人は気づいていないようだ。

 気づいて無視しているのかもしれないが。


「見事なものでしょう」


 部屋の主はそう言った。

 長らく政治の世界に食い込んできたこの街の大地主。現在は隠居中である老人はそう言った。


「ええ。これは見事だ」


 壁際に所在なく立ち、一言も発しない戸草に目線をやることもなく名護は応える。


「本物の花が使われているのですね。枯れないように処理してあるようですがーー。美しく珍しい作りだ」

「……芸術は内に生を宿す」


 くつくつと喉を震わせて笑いながら男は言う。


「さながら桜の樹の根元のようにな」

「おっしゃる通りです。……桜の樹の下には屍体が埋まっている。それは生を内包した死だと言うより他にないでしょう」


 楽しそうでよろしいことだ。

 いつもにまして愉快げな名護の姿を見て戸草はそう思う。


「……名護さん、そろそろ」

「ああそうですね」


 微笑みながら名護は手元に置いてある紅茶をなんのためらいもなく飲む。

 戸草ならこんなに怪しい部屋に置いてあるものに口をつけたくないが相手の警戒心を解くためだろう。

 和やかな空気は、しかし名護の一言で一気に緊張感を帯びた。


「それでは、お聞かせ願いましょうか」

「……無論」


 そう言って老人は唇を引き上げた。


「そのためにお越しいただいたのだからな。……事件は。この現象は、半年前に始まった」


 そして老人がいよいよ語り始めようとしたところで、戸草は部屋から飛び出した。

 目眩が襲ってきたから。

 いつもの事だ。空間が炎天下に置かれた飴のように溶けていって、渦の目のように回り出すその感覚に耐えられなかった。

 早くなっていく鼓動を必死で落ち着かせながら石造りの回廊を歩く。

 視線を外へ移すと、目に付いた中庭には、椿の花弁が大量に散っていた。

 赤一面の景色は不意に迷い込んだ幽玄のようで。

 まるで現実味のない光景だった。


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