祝い-元日のこたつ、ありがとうは心の中に

石橋 叩

第1話 年の暮れに届いた知らせ

恵はいつもの本屋にドキドキしながら立っていた。

立ち読み用の棚には発売したばかりの月刊誌が並んでいた。

その一つを取り、急いで発表のページを開いた。


──あ。


一瞬、息が止まった。

自分の名前が、そこにあった。


何度か瞬きをして、指でなぞってみる。消えない。

胸の奥が、じんわりと熱くなっていくのに、声は出なかった。


家に帰るまでの道のりは、いつもより長く感じた。

嬉しいはずなのに、すぐに家族の顔が浮かんでしまう。


──お母さんに、言っていいのかな。漫画だし。


頭の中で、何度もその言葉を転がしてみたけれど、

玄関の前に立っても、結局、決まらなかった。


代わりに、スマホを取り出す。

連絡先の中で、一番迷わず押せた名前。


「もしもし」


ゆかりの声は、いつもと変わらない調子だった。


「どうしたの、こんな時間に」


「……あのさ」


恵は一度、息を吸った。


「漫画、さ。十月に出したやつ」


「うん」


「……入賞した」


一拍。

それから、向こう側で大きな声が上がった。


「えっ、ほんと?」


「ほんと。今日発売のやつ」


「すごいじゃん!」


電話越しの声が、少し大きくなる。

それを聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、ふっと緩んだ。


「よかったね。おめでとう」


「……ありがとう」


言葉にした途端、少しだけ実感が湧いた。


「で、もう言った?」


「……誰にも」


「お母さんは?」


「まだ」


短い沈黙。


「じゃあさ」


ゆかりは、ためらいなく言った。


「お兄ちゃんには?」


「……まだ」


「言いなよ」


その言葉は、強くもなく、軽くもなく、ちょうどよかった。


「えー……」


「いいでしょ。最初に支えてくれたの、お兄ちゃんなんでしょ」


恵は、何も言い返せなかった。


「それにさ」


ゆかりは少し声を落とす。


「きっと、喜ぶよ」


電話を切ったあともしばらく、恵はスマホを握ったまま動けなかった。

やがて、意を決して、家に入り兄の部屋の前に立つ。


ドアをノックすると、すぐに返事があった。


「なに」


智明は机に向かっていた。

恵は、何も言わず、月刊誌を差し出した。


「……これ」


智明は怪訝そうに受け取り、ページをめくる。

しばらくして、動きが止まった。


「……これ」


指で、名前を指す。


「お前?」


「……うん」


智明は、もう一度ページを見てから、ふっと息を吐いた。


「すごいじゃん」


それだけだったけれど、声はやけに優しかった。


「ゆかりが……言えって」


「そっか」


智明は少し考え込むように視線を落とし、それから言った。


「じゃあさ」


「うん?」


「一月一日に、みんなで祝おう。お母さんも喜んでくれると思うぞ」


恵は目を見開いた。


「え、でも……」


「大丈夫。派手なのじゃなくていい」


そう言って、智明は少しだけ笑った。


「新年だし。ちょうどいいだろ」


その言葉に、恵は何も返せなかった。

でも、胸の奥で、小さく何かが灯った気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る