拳に刻む義

kou

序章 駆ける理由

 少年は駆ける。

 放課後の喧騒を突き抜け、佐京さきょう光希こうきは住宅街の裏道を疾走していた。

 肺を焼くような熱い呼吸。

 だが、脳内は冬の湖面のように静まり返っている。

 わずか30分前まで、彼は教室で彼女と黒板を拭いていた。

 制服の袖に残るチョークの白い粉が、風にさらわれて消えていく。たわいもない会話、柔らかな夕暮れの光。その隣で笑っていた羽住はずみ梨花りかが、今、冷酷な暴力の渦に飲み込まれようとしていた。

 光希の拳は、怒りで震える代わりに、拳士としての冷徹な熱を帯び始めていた。


 ――なすべきことを、なす。


 その一念だけが、少年の身体を疾風へと変えていた。


(続く)

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