第六話 野盗家業の終わりに
「おーい、帰ったぞー」
「おう! お疲れ!」
森の奥にある洞窟。
とある野盗団のアジトに、夜の狩りに向かった男たちが帰ってくる。
洞窟内に作られた粗末な要塞。
ここは近隣を騒がせている、ドレッドウルフ野盗団の現在のアジトであった。
今宵、洞窟の一番の奥にある広間では、宴会が行われている。
「今日は、獲物が大量だ!」
「でかい仕事を受けたもんな!」
先ほど帰ってきた男たちとは別の部隊が、大きな荷物を整理していた。
とある要人を誘拐し、殺す。
たったそれだけの仕事で彼らが手に入れた、うまい酒や食料。
野盗家業をしていてはなかなかありつけない、新鮮な肉類と上質な酒精。
要人である女の体は、好きに遊んでいいという依頼者からのお墨付きも得ている。
久しぶりの女。壊れるまで、使い潰そう。
野盗たちは全員、そう考えていた。
いつもの平穏な光景である。
メインディッシュである女は、まだ牢屋の中。
酒盛りが終わってからが、楽しい本番ナマ行為。
いつ死ぬかわからない盗賊家業。
この場にいる全員が明日のことなど考えずに、破滅本能に生きていた。
「お、お、お……」
「ど、どうした?」
「なんだ、お前っ!?」
しかし、宴会が本番を迎える直前。
一緒に酒を飲んでいた仲間の体が、突然大きく膨らみ始めた。
異形すぎる光景に、野盗たちの思考が止まる。
そのまま、仲間だった一人が膨らみ続けると、肉が裂け、目が飛び出し、血が滴っていく。
その数瞬後、限界まで膨らんだ男の体が一気に弾け飛んだ。
火気を含む魔力波とともに。
「うわああああ!」
「何が起こった!?」
野盗たちが開くはずだった酒宴は、とある悪魔が開いた狂気に飲み込まれた。
轟音により、ひどい耳鳴りが続いている。
そして、血や肉片、骨や歯が、人間が爆発した衝撃により危険な速度で撒き散らされていた。
悪魔に襲撃されたかのような、最低最悪の時間。
地獄絵巻に迷い込んでしまったと、野盗たちが錯覚するような痛みが広がっていく。
「ひいいいいいい!!!」
「うわっ!? うわあああああああ!!!」
最も近くに居た数人は爆発と同時に粉微塵になり、さらに周囲の人間は、ばらまかれた骨片が全身に突き刺さってあっけなく死んだ。
爆風により、広範囲に弾け飛んだ肉片と砕けた骨によって、さらに遠くに居た人間に対しても甚大な被害が出ている。
裂傷。骨折。刺創。
仲間だった者の骨片が肉に食い込み、苦痛の悲鳴を上げる者。
頭蓋に穴が空き、血を流し絶命する者。
最高潮だった野盗の宴は、一瞬で地獄へと変化した。
「痛えええええ!」
「くそぉぉぉ!」
飛び散る血しぶきと砂埃により視界不良となった洞窟内には、苦しみと怨嗟の声が響いている。
「おごぉ! おごごっ……!」
「まただ! また膨らんだ奴がいる!」
そして今度は、各所で仲間が膨らみ始める。
あっという間に、生存者たちはパニックになった。
悪魔が見て楽しむような、地獄戯画。
突如膨らみ、皮膚が裂け、眼球が飛び出した仲間の体。
彼らはボコボコとした異様な肉腫へと変貌を遂げながら、次の瞬間には爆発し、弾け飛ぶ。
この世の全ての悪意が込められたような、異様な光景。
骨片を撒き散らす者。
爆風と火を撒き散らしながら弾け飛ぶ者。
魔法による衝撃波とともに、血の霧となりこの世から消える者。
まるで誰かが新しく手に入れた魔法の実験でもしているかのように、多種多様な飛び散り方で野盗たちは命を終える。
悪魔が創る芸術だった。
多くの仲間が突然死んだ原因。
近くにいる人間の体が突然膨らむという悪逆な現象の中で、野盗たちは逃げ惑い、殺し合う。
「お前も、膨らむんじゃねえだろうな!?」
「やめろ! 俺は正常だ!」
「うわあああああ! こいつ、膨らんだ!」
「あ……あ……あ……」
逃げる間もなく爆発に巻き込まれて、さらに野盗たちの命が散る。
粉微塵になって混ざり合う、野盗家業者の肉片と赤黒い血。
心が消失した体が、砕けて混ざり合う。
融和と皆殺しの時間。
「逃げろ逃げろ逃げろ!」
物語に伝わる邪悪が現世に舞い降りたかのような地獄から逃げようと、野盗たちが広間から出る通路に向かって押し寄せる。
しかし、その希望への道を塞ぐように、複数の男たちが立ちふさがっていた。
「この騒ぎは、お前らの仕業か?」
「てめえら、死にたいらしいな!」
死にものぐるいで、入り口を塞ぐ反乱者に剣や槍を突き立てる野盗たち。
「ざまあみろ!」
「弱すぎだろ! こいつら!」
「う……う……うぅ……」
「うわああああああああ!!!」
しかし、彼らの目の前で、全身を突き刺され死んだはずの男たちの体が徐々に膨らんでいった。
これは、誰もこの場から逃げることはできないという、死神からのメッセージ。
人の道を外れた悪鬼たちが見た、人生最後の光景。
「逃げ……」
そのまま、爆発までは一秒もかからなかった。
あっという間に、その場の全員が木っ端微塵になった。
文字通りの全滅。
その場に居た全ての命が肉と血となって混ざり合い、この世から消えた。
できの悪い混ぜ物のワインのように打ち捨てられ、彼らは赤黒い地面のシミとなる。
それが、野盗家業をして生きた、彼らの命の終わり。
「な、なんなんだ?」
場所は変わって、洞窟の外。
なんと幸運にも、野盗の頭領であるドレッドウルフは悪魔の宴から生き延びていた。
広場で人間が爆発し始めた時、彼は酒宴のメインディッシュを連れてくるために、一人だけ会場を離れていたのだ。
そのため、彼は人間が爆発するという悪魔の宴には混ざることができなかった。
これは彼にとって幸運なのか、それとも……。
自分の部下たちが死んでいく叫び声を遠くに聞いて、異変を察知したドレッドウルフはすぐにアジトから逃げ出した。
ドレッドウルフは、こういうときに勘が鋭い男だ。
狼の獣人である彼は鼻も利く。
だから、こうして荒事ばかりの人生で、今も生き延びている。
「囲まれてるわけじゃねえ……」
明らかな異常事態に、役立たずの部下共を助ける義理はない。
またどこかで代わりを見つければ良い。
自分の命以外は、全員が使い捨て。
ドレッドウルフは、今までそうやって生きてきた。
『今まで』は、それで上手くいった……。
しかし、不幸というのは、上手くいったその先に待ち構えるもの。
ドレッドウルフは、その真理を知らない。
生命は等しく、死ぬことによってようやく不幸になる方法を学習する。
「すまないね。首実検のために君が必要なんだ。粉微塵にするわけにはいかない」
暗闇の中で、ドレッドウルフに向かって一人の男が声をかけてくる。
スーツとかいう貴族や商人が着る服。この辺りの人間には珍しい黒髪黒目の外見。
一目で異国から来たとわかる、異物感を放つ男。
「なんだぁ、てめぇ?」
こいつがこの騒動の犯人だと、ドレッドウルフは当たりをつける。
警戒心を最大にし、ドレッドウルフは攻撃の構えを取った。
「加速、超加速、思考加速、武技向上、ウォークライ、破壊神、闇の瞳、蜃気楼、ウインドバリア」
ステータスを向上させる数多のバフ魔法を重ねがけしながら、ドレッドウルフは敵の初動を観察する。
近接戦闘、魔法による援護、伏兵による弓矢やあらゆる飛び道具を想定して。
その可能性の全てに対処できるように、ドレッドウルフは自身に魔法をかけ続ける。
どんな強者も、スラム育ちのドレッドウルフはこうやって返り討ちにしてきた。
ステータスを強化し終えたドレッドウルフは、一対一の戦いで誰にも後れを取ったことはない。
Aランクの凄腕冒険者とやらも、国が派遣してきた上級騎士たちも、ドレッドウルフは皆殺しにして生き残ってきたのだ。
「おいおい! お前、雑魚だろ!」
そうして、ドレッドウルフは目の前に立つ黒髪の男を雑魚と認定する。
ここまで、黒髪の男はドレッドウルフのバフ魔法を妨害する気配もない。
自分自身に、戦闘準備として強化魔法をかける様子もない。
それは、戦闘行為そのものに不慣れな人間である証拠。
もしくは、無能な雑魚。
バフ魔法すら取得していないマヌケ。
よく見れば、武器すらも持っていないではないか。
つまりは、この男はドレッドウルフが今まで殺してきた有象無象と同じ。
ドレッドウルフは、そう結論づける。
「遠隔攻撃が得意な魔法使いか? 俺が外に出てきちまったのは、想定外だったみてーだな!」
「ふむ。ステータスを向上させる魔法は、それで全てかね?」
「そうだよ! ここまでバフがかかっちまったら、俺に勝てるやつはいねえってことさ! 風刃!」
ドレッドウルフは確信する。
遠隔攻撃で、黒髪の男は野盗を全滅させるつもりだった。
しかし、こいつは失敗した。
魔力が枯渇したため、ドレッドウルフと相対するのはまずいと考え、駆け引きのために姿を現したのだろう。
しかし、そんなマヌケを、ドレッドウルフが見逃すはずない。
ドレッドウルフは、仲間が全滅するほどの魔法攻撃を『偶然にも』離れていたことで回避した自分の幸運に打ち震えながら、攻撃スキルを放つ。
ドレッドウルフが最も得意とし、最も人の命を刈り取ってきたスキル。
一振り、金貨百枚の高級品。
愛用のミスリル製ナイフから飛び出すのは、風の刃。
視認不可。超高速。
鉄の鎧すら切り裂く、文字通り必殺の一撃。
いつも通り、超高速で人の首が飛ぶ姿をドレッドウルフは頭の中でイメージした。
「ころ……」
そして、ドレッドウルフの意識は、そこでブラックアウトする。
クトウが振るった剣の一撃で、首がずれ落ちたためだ。
生命の危機を感じ取ったドレッドウルフの脳は生き残ろうと、懸命なる反射的思考を捻出する。
「ああ、干し肉が食べてえ……」
そして、ドレッドウルフの脳が最期に思い浮かべた欲望は、あの干し肉の味だった。
スラム街の孤児になってから飽きるほど食べて、もう二度と食べたくないとすら思っていた、鮮度の悪い干し肉の味。
ドレッドウルフが、劣悪な世界を生き抜いてきた証。
その味を口内に思い浮かべながら、ドレッドウルフは命を終える。
諸行無常。全ては滅びゆく。
悪人共が夢の跡。
こうして、野盗の頭領まで成り上がったドレッドウルフは人生を終える。
瞬きほどの刹那。人の形をした悪魔に首を刈り取られて。
「雑魚刈りも終わりか」
目をカッと見開いたままのドレッドウルフの死体をアイテムボックスに回収すると、クトウは洞窟内へと歩く。
この世界での一般的な戦い方を知るために、クトウはドレッドウルフの動きを観察していた。
「予想するに、知識の遺産で見たソフィアやセレーネの戦い方は上級。そして、先程の狼男のような雑魚の戦い方は下級といったところか」
学習する悪魔が、この世界での戦い方を最低最悪の頭脳にインプットしていく。
この世界でクトウを殺せる存在の数が、現在進行形で時間経過と共に急速減少していた。
「さて、ピクニックにでも行くか……」
人間爆弾がばら撒かれた爆心地を、クトウは進む。
血と肉と骨片が壁紙となった、悪魔が住まうような洞窟広場。
クトウが進む道を彩るのは、最悪のレッドカーペット。
ナパームボムの謝肉祭跡地。
千発のミサイルが直撃したような大地を踏みしめる、クトウの足取りは軽かった。
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