第四話 野営地にて

 

 クトウが街道を進むと、目の前に開けた場所が現れる。

 

 土が踏み固められた野営用の簡素な広場。

 

 その中央に光るのは、奇妙な石が埋め込まれた二メートル大の石碑。

 

 赤い石は、淡い燐光りんこうを放っている。

 

「異世界特有の建造物か……」

 

 現代社会では見ることのなかった建造物に対し、クトウは鑑定スキルを使う。

 

 これは、異世界に転移する際、全員に共通で神々から与えられたスキルのひとつ。


 魔物避けの石碑

 中央部に魔力を込めると、一定時間魔物を寄せ付けなくする魔導具


「ふむ。物の性質が知れるのは便利だな」

 

 異世界に転移するにあたって、神々から全員に無償でプレゼントされたスキルがあった。

 

 アイテムボックス、鑑定、生活魔法、言語理解。

 

 鑑定スキルを使うことで、常識すら知らない異世界の文明にクトウは適応を開始する。

 

「まずは、スキルの確認をしよう」

 

 アイテムボックスの効果であるが、異空間に時間を止めて任意の物質を保存できるスキル。容量は魔力量に依存。

 

 鑑定スキルは、物の名前や性質を調べることができるスキル。いつでも利用できる、辞書のようなもの。

 

 生活魔法は、体を清潔に保つ魔法や飲料水を生み出す魔法、着火する魔法や明かりを作る魔法が使えるようになるスキル。

 

 異世界に来たばかりのクトウにとって、馴染みのないスキルばかりであった。

 

「まあ、実践あるのみだな。全てにおいての基本だ」

 

 クトウは試しに、自分の体にクリーンの魔法をかけてみる。

 

 すると、砂埃で汚れていた黒いスーツとコートが新品のように清潔になった。

 

「これは便利だな」

 

 現代日本ではありえない魔法現象を体験し、クトウは素直に感心する。

 

 これならば、生地を摩耗させなければ衣服を長く使うことができる。

 

 日本で購入した衣類は異世界では貴重品だ。可能なら長く使いたい。

 

 また、早急に着替えも用意したいとクトウは思案する。

 

「これが、アイテムボックスか」

 

 肉体が清潔になって一息つくと、クトウは腰を下ろしやすい石に座る。

 

 野営者が椅子として利用できるよう、親切な誰かが用意した一塊の石。

 

 そこで、クトウはアイテムボックスから取り出したカロリーバーをかじり、ペットボトルの水を飲む。


 チョコレート味のぱさつく風味が、クトウの胃に心地よく染み込んでいく。

 

 栄養補給を終えると、クトウはスキルの確認を続ける。

 

 クトウが持つアイテムボックスの中には、初めから数日分の食料と異世界のお金が入っていた。

 

 銀貨、銅貨が各百枚ずつ。

 

 これらは、転移者全員にプレゼントされた物資だ。

 

 このお金を使い、異世界での活動拠点を用意しろという神々からのメッセージである。

 

 無一文で文化も歴史も知らない国に放り出されては、適応能力のない人間はすぐに死ぬ。

 

 異世界転移をおこなった神にとって、それは望まないことのようだ。

 

 しかし、金貨が与えられないのは、同時に神は転移者が何も活動せずに生涯を終えることを望んでいないからだとクトウは推測する。

 

「残り三本か……」

 

 思案を重ねながら、クトウはコートの胸ポケットを探る。

 

 この世界では文字通り最後の三本となった、ニカラグア産のプレミアムシガー。

 

 そのうちの一本を取り出すと、クトウはシガーカッターを使い、慣れた手つきで吸い口をカットする。

 

「ほう、魔法による着火は匂いがしないのか」

 

 生活魔法で指先に作った火には匂いがなく、葉タバコの上品な香りだけをクトウは堪能する。

 

 どうやら異世界の喫煙事情は、現代社会とは少し異なるらしい。

 

「まあ、私は邪道と言われようが、オイルライターで着火した瞬間の香りも好きだがね」

 

 こうして、魔法という概念に、学習する悪魔と呼ばれるクトウは少しずつ慣れ始めていく。

 

「異世界の初夜は野宿か」

 

 スキルの効果を確認しているうちに、すぐに夜がやってきた。

 

 魔法石の薄明かりだけが広がる野営地で、クトウは瞑想に入る。

 

 広場の外には街灯などない、完全な闇の世界。

 

 月の光だけが、黄金の雨のように降り注いでいる。


 深淵なる時間。

 

 それはクトウが最も愛し、最も得意とする時間。

 

 クトウが嗜む葉巻の赤い小さな光だけが、薄暗闇の中にぼんやりと浮かんでいた。

 

「客ではなく、モドキか……」

 

 夜の静寂が広がる、野営地にて。

 

 不気味な様子で、クトウの周りを二十人ほどの男たちが取り囲んでいた。


 ひと目でわかる、犯罪者の出で立ちだ。

 

「へへへ……バカだなお前、一人で野営なんて」

 

 手入れのされていない剣や槍を持った薄汚い男たちが、クトウを見て嘲笑っている。

 

 魔物避けの石碑は魔物を寄せ付けないが、人間には効果がない。

 

 それは、この世界の常識。

 

 そして、異世界に来たばかりの人間が、引っかかるであろう罠。

 

 魔物だけを遠ざけて、安心するという愚行。

 

 悪意を持つ人間にとって、少数で寝泊まりする旅人を狙うのは常道だった。

 

「さっさとこいつをぶっ殺して、アジトに帰りますか」

 

「見たところ荷物を持ってないみたいだし、お前、俺たちのストレス発散の道具になってくれや」

 

 さて、この状況を作り出したのは、野盗たちなのか。

 

 それとも、自分が持つスキルの確認をおこないたい、悪魔のような人心誘導のスペシャリストであるクトウなのか。

 

 ゆすり、詐欺、破壊工作のプロであるクトウが、異世界で最初の夜を無防備に過ごす可能性はどれくらいだろう。


 火のついたままの葉巻をアイテムボックスにしまうと、予定されていたスケジュールの定刻がやってきたかのように、クトウは座っていた丸石から立ち上がる。

 

「ようこそ諸君。ちょうど、スキルの実験台がほしいと思っていたのだよ」


 砂漠に落ちる、砂粒のような世界。

 

 取り囲む男たちの中心で、クトウは悠々と歩き出す。

 

 自宅で質の良いワインを飲み、くつろぎながらガウンを羽織るような態度で。


 人死に修羅場。


 血と金の匂いに誘われて。


 悪魔と人間、逢魔の宴が今始まる。

 

 

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