異世界転移したTS幼女が化石燃料に頼らず持続可能で快適な世を構築しようとする実験小説

うどん魔人

第一話:転移

 『吾輩は人である。名前は忘れた。どうしてここにいるのかとんと見当がつかぬ』

と名無しの誰かは読者諸賢もご存じであろう日本文学の名作『吾輩は猫である』の冒頭を借用しつつ思わず現実から逃避していた。


 彼がいるのは夜の森。

道などない。


 彼は……誰であろうか。

彼は自分が誰であったのか思い出せぬ。

現代の日本で生きて生きていたことはなぜか知っている。

男性であったことはなぜか知っている。

自分が何者であったのか、人生のエピソードは全く思い出せないのに、例えばくだらないアニメや漫画、小説等の知識の記憶は思い出せる。

学校で学んだ知識も問題なく思い出せる。

とはいえ記憶にあるいくつものサブカルコンテンツの年代から自分が成人していたことは確かであろうと見当を付けてはいた。


 ありえない現象だ。

現実にも記憶喪失の症例はあるが、それは多くの創作物で語られるような自分が誰かだけを思い出せなくなるだけの都合の良いものではない。

それは脳の病変やけがによる毀損、あるいはとてつもなく強い心的外傷に対する防御反応であり、自分がだれかを思い出せない以外にも様々な弊害を伴うのが当然である。

しかし彼が自分の意識を探ってもそのような自覚症状はなかった。


 いや、むしろ逆である。

彼の意識は驚くほど冴えわたっている。

それだけではない。

『コルクガシ、オリーブ、月桂樹……硬葉樹林』

周囲の木を見ればそれが何の木であるか理解でき、その性質も利用法も即思い浮かぶ。

あるいは彼は林業の世界で働いていたのか、学生時代植物学を専攻した経験でもあったのだろうか。

『違う、俺の知力知識はたぶん増大させられている。自分が何者であったかの記憶を削除され、その代わりなのか様々な知識を頭に詰め込まれている、それだけじゃない……、この身に宿ることを感じられる日本には存在しなかった不思議の力。なぜか男性だったことは確信できる俺がなぜか今はおそらく幼女』。


 染めているのではありえない、つややかで美しい金糸のように頭から伸びる金髪。

そして手。

毛穴一つ見えず、産毛すらない完璧でキメすらない滑らかさのそれだけで美しい白い肌。

成人男性の手ではありえない幼子の手だ。

先端の爪の色つやや形だけですらも宝石のようだ。

そして青いスカートと上着と白いエプロンからなるエプロンドレス。

男性はこのような物を着ないだろう。

実は少し前にスカートをめくってみた。

純白のショーツをはいていた。

ずりおろすとそこには男性の象徴はなく無毛の美しい女性の割れ目があった。

この時点で今は彼女の元彼は自分の体が幼女になっていることを確信したのである。

『創作物でそんなシチュエーションがあるのは知っていたが現実に自分の身に降りかかるとはな』


 彼女の感じている、己の身に宿る神秘の力は二系統だ。

一つは周囲に漂う謎の力をスタミナを消耗して精神で操ることにより現象を引き起こす技だ。

これは素質があるものなら学べば身に着けることができる。

技術として(素質さえあれば)他者に教えることも可能だ。

名づけるなら魔法というべきか。

彼女が己の意識を探ると計30の雑多な魔法を習得していることが分かった。

もう一つは使ってもほぼ疲労せず、何故使えるのか自分でもさっぱりわからないが使えるから使えるという能力。

これは内省すると4つの技が使えることが分かった。


 仮に魔法と呼ぶ技術…。

このうち一つを彼女は今、使用していた。

彼女が習得している魔法の内、光と闇に関する魔法は7種類ある。

その内で暗い夜の森で活動するのに役立ちそうな魔法は3種類。

ろうそく程の一分ほど持続する光を作り出す初歩の初歩たる《灯りの魔法》。

その魔法を習得した次に習得できる何かの物体を数日間光らせる、《持続する灯りの魔法》。

一時的に《赤外線(熱)を見えるようにする魔法》。

彼女が使ったのは、《持続する灯りの魔法》である。

彼女の全身は光を帯び、周囲をこうこうと照らす。


 彼女はあてどもなく歩いているわけではない。

夜空の星を目印に、一定の方向に向かって歩いている。

方向はルーン占いで決めた。

読者諸賢もご存じであろうがルーン占いとは計25個のそれぞれ特有の意味を持つ『ルーン文字』が刻まれた石を用い占うという日本にも存在する占法である。

読者諸賢は占いなど迷信に過ぎないと思われるかもしれないが、この場においては決していい加減な迷信などではない。

この占いは半時間ほどの精神集中等の準備を必要とし、体力のほとんどを消耗することによって発動する彼女の頭の中に詰め込まれた技能、魔法によるものである。

彼女は増大された知力により高い技能で魔法を習得しており、準備時間を本来の30分ほどの4分の1ほどに短縮することができ、疲労も多少は軽減できたがそれでも体力をごっそりとほぼ動けなくなるまで削られる。

占いの魔法を行使した後は休息を必要とした。

幸いなことに、自律神経を自分の意志で操作し疲労の回復速度を上げる技法Recuperatio Fatigationis Magicaeを習得していたため20分ほども休息すれば回復する。

これも、記憶を消されたあとから頭に詰め込まれたものらしい。


 最初はルーンが刻まれた石など持っていなかったがこれは作った。

そして理由は知らないがなぜか使えるという不条理な4つの技。

その一つ《Analysis per magiam》。

これは手を触れたものの化学的組成を知る能力であり十数秒ほどの精神集中を必要とする。

まずこれで石の粒を一つ分析した。


そして彼女が習得している《水に関する系統の魔法》は計4つ。


初歩の初歩たる《近くの水を感知する魔法》。

感知できる範囲はせいぜい数メートルである。


その次に習得できる《水をきれいにする魔法》。

数リットルを浄化するために彼女の高い技能をもってしても数秒ほどの集中がいる。


更にその次に習得できる《水を作り出す魔法》。

数リットルの水を空中に作り出す。

無から有を生んでいるのなら、作り出せるのがただの水だけとはいえ破格の魔法だ。


そして《水の形を操る魔法》。

数十リットルの水を望みの形に操作できる。

ただし生き物の体内の水には一切干渉できない。


彼女は《水を作り出す魔法》と《水の形を操る魔法》を使って、ルーンを刻まれた石の形にした水を用意した。

そしてもう一つのAlteratio Materiae Magica……これは一塊の物体を《Analysis per magiam》で分析したことのあるものに変換する元素変換と化学合成の能力である。

ある物体の一部だけを変えることはできず必ず一塊の物体でなければならず、また、一度に変換できるのは最大で2.5kg程までであるという制限はあるが破格の能力と言える。

『日本でこの能力があれば金銀プラチナのインゴットを作り出して一生遊んで暮らせる』

等と自分にこの能力があることを知った彼女は俗なことを考えた。


この能力で形を与えた水を石に変えることを25回繰り返し占いに必要なルーンが刻まれた石を1セット用意したのである。

そして占いの結果、夜空の一点でほぼ動かぬ星を目印に一定方向へと進むことにした彼女であった。

そうすればここがどんなところか手掛かりに出会える。

占いなので漠然としているが結果はそうである。


 そうして彼女が森に現れてから数日が経過した。

それだけの時間があれば自分自身の異様な有様についての自覚も深まろうというものである。

まず今の彼女の身は長い睡眠時間を必要とする。

一日の半分は寝ていなければ、眠くて眠くて仕方がない。

夜に明かりをともすすべを持っている彼女は夜空の星で方角を知る必要上、昼に眠って夜歩いていた。


 眠っている最中に無防備になる心配はない。

今の彼女はなぜか自分の睡眠を完全にコントロールでき、スイッチをオンオフするかのように睡眠と覚醒を自在に行き来できる。

夢を完全にコントロールでき、目を閉じて眠りながら耳で聞いた情報を処理でき、思考をめぐらすことも、何なら目標を目視しなくてよいなら魔法を行使することもできる。

獣に襲われる気配を感じたら簡単に目覚められる。


 森の獣から身を守る術も一つだけだがある。

肉体的には幼女相応の力しか持っていない彼女だが、幸いなことに攻撃のための能力、《Laser Cosmicus Magia》が備わっていた。

これは1秒に一発程の速度で、謎の破壊光線を撃つというものである。

命中率ははっきり言って悪い。

彼女は検証したが素人が拳銃を使うよりは少しはマシといったところの命中率だ。

威力は拳銃よりはあるようだ。

彼女は実際にこの技を木に撃ち込んで威力を試したが、太さにもよるがチェインソー並みかそれ以上の速度で木を倒すことができるだろう。


 そして、数日一切飲み食いしていないのに空腹も渇きも感じない。

尿意も便意もない。

道なき森を歩いているにもかかわらず体もエプロンドレスも汚れることなく、風呂に入っていないのにもかかわらず体からは相変わらずいい匂いがする。

森を歩き続ければ、かすり傷くらいはつきそうなものだが、その肌には虫に刺されることもなくかすり傷一つもない綺麗なものだ。

『着の身着のままで森の中に放り込まれた身としては有難いな。うんこしたところでトイレットペーパーなんて持ってないし』。

暑さ寒さにも今の身は強いようだ。

自分の身に起きたことが何なのか考えてもわからないので、都合のいいことは素直に受け入れることにした彼女であった。


 夜の森を歩き続ける彼女の前にみすぼらしい格好をした、剣や槍等の武器、松明を持った男たちが現れた。

「Hvad er du? Menneske? Monster? Fe?」

彼女の知らない言葉である。

どうも彼らはおびえている様子だ。

とはいえ彼女の方は人と出会えたことに安堵していた。

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