第2話 なかよし親子
>明日ふちの家に行っていい?
>なんで
>だめ?
>遠いよ
>良いんだ
>いいけど何故、、、
>で、どこ行けばいい?
>[Google map...]
>位置情報じゃねえよ集合場所だよ
……。
土曜日に東和と交わしたメッセージを見返したが、何度見ても俺の家に来る動機は謎のままだ。
まもなく10時52分。平日と違い、ほとんど空気だけを載せた2両編成の電車が駅に入ってきた。
「おっ」
当然ながら降りる乗客も東和だけで、俺を見つけてスマホを持ったまま右手を上げる。
「よう」
「そういえば私、電車乗ったの初めてかも」
「高校生にもなって?」
「遠出は親の車か新幹線だし、こっちまで来ないし」
「まあそうか……あ、切符そこの回収箱に入れてって」
この路線はワンマン電車だが、切符は回収されたりされなかったりと、適当な運転士が多い。
「んー、取っておこうかな」
「俺の家に着いた頃には要らなくなってそうだけど」
「ここから遠い?」
「チャリで10分くらい」
「まさか自分だけ乗らないよね」
「歩くと30分」
東和が露骨に嫌な顔をした。
「俺は走るから使っていいよ」
「それ聞いて安心した」
東和はスカートが広がらないように器用に畳みながら自転車のサドルに跨った。
俺は汗を掻かない程度のゆっくりしたペースで走り出す。
「淵って部活なんだっけ」
「卓球」
「あー、似合いそう」
「おい全国の卓球部員に謝れ」
「いや私、悪口とか言ってないんだけど」
「その反応した時点で、悪い意味なのがバレバレだろ」
「いやいや似合うって。良い意味だって。ゲームとか強そうだし」
……わざとやってないか、コイツ。
俺の家に着いたのは、20分後くらいだった。
「古いね」
「まぁデカいけどな」
……褒めるのと貶す役割が逆では?
玄関の鍵を開けて中に入る。
「こんにちわー」
「どうぞどうぞ」
「めっちゃ木だね」
「木造じゃない家のほうが珍しいだろ」
「同じ木でも本格的じゃん、床とか滑るし。誰か居る?」
「じいちゃんとばあちゃんは病院だけど、両親に挨拶してく?」
「うん。でも日曜だし、休んでるとこ邪魔じゃないかな」
東和には言ったような気がしていたが、伝えていなかったか。
「挨拶って言ってもこういう感じだけど」
俺は
「ただいま」
仏壇に飾られている写真には、若い夫婦と幼い男児の3人が写っている。
俺は燭台に立てられた2本のロウソクに火を付けて座布団に座る。
「淵の親、亡くなってたんだ」
「てっきり伝えたと思ってた」
「いや仲良さそうな話しかしてなかったじゃん。お父さんに言われて勉強してるとか、お弁当が母さんの得意料理だとか」
「仲良し親子で合ってるよ。うん」
「……こんなに想ってもらえて、羨ましいな」
線香に火を付けると、白檀の嗅ぎ慣れた香りが漂う。
鐘を1度鳴らして手を合わせる。
こんな事をしたからといって死んだ両親が生き返る訳でも無ければ、過去に戻れる訳でもない。
「良かったら」
「私、作法とかよく分からないんだけど」
「ライターで線香に火を付けて、そこに差して。……そうそう、それで鐘を鳴らして手を合わせて」
親族と坊さん以外の人間が両親を拝んでくれるのは、いつぶりだろうか。
「いい写真だね」
「ばあちゃんは、生きてる俺も入ってる写真を飾るのは縁起悪いって言ってたけどね。その写真が一番好きだから」
「いいなあ」
「羨む要素ある?」
「私、良い遺影が無いから」
普通の高校生がまず抱えることのない悩みだ。
「ドレスとか旅先とか、色々撮ってみたんだけど、なんかしっくり来ないんだよね。見るのは自分じゃなくて残された両親と妹でしょって言われたら、それはそうなんだけど。……そうだ淵、写真撮ってよ」
「スマホしか無いぞ」
「大丈夫、お願い」
「じゃあ庭に出ようか、でも寒いかな」
「ここで良い」
スマホを手に立ち上がろうとした俺の手首を、東和の冷たい指先が掴む。
「ここが良いの」
薬で特別にされた東和の指は、俺の手と一体化して、掴んだ手の力がどんなに弱かろうと、振りほどくことはできなかった。
「仏間で遺影を撮るってどうなんだろうな」
「不謹慎かな、嫌だった?」
「そういう訳でもないけど」
これこそ縁起が悪い気もするが、まあ遺影だし、余命半年ならば心配ないだろう。
「暖房付ける?」
「うん、流石にダウン着たまま撮るのはね」
なにせ古くて広い家である。
線香が半分以上燃えた頃に、ようやく部屋が温まってきた。
ただの土壁の古い家。
セーターとスカートという、ごく普通の格好。
けれど何故だか、スマホのディスプレイ越しに見る東和は魅力的に思えた。
「淵ってさ、両親のこといつまで覚えてる?」
「そりゃ死ぬまで……いや、年とってボケるまでかな」
「じゃあ私のことは?」
「毎年お盆だけ思い出す」
答えは変わらない。
「遺影も撮ったのに」
「肉親とクラスメイトは違うから」
「じゃあ恋人が死んだら?」
「分からない。親と違って生涯で1人だけって訳でも無いだろうし」
「それもそうか。……淵って今まで彼女何人居た?」
「ゼロ」
「ふむふむ」
「ふむふむじゃねえよ張っ倒すぞ」
「ね、私と――」「他に居るだろ」
俺は東和の言葉を遮った。
自惚れた勘違いだったら痛々しいことこの上ないが、勘違いでないとしたら、俺はもう撮影に付き合うことはできない。
「東和にだって家族は居るだろ。その人達が忘れる訳が無い。……もし恋人が欲しいのなら、東和は人気あるし顔だって良いんだから、もっと他に相手は居るだろ」
「相手って、どんな?」
東和の視線が正面から突き刺さる。
「性格が良い奴とか、気遣いできる奴とか、顔が良い奴とか」
「モテそうだね」
「当然だろ。そういう奴らの方が釣り合ってる」
「じゃあ顔も性格もイケメンなその男子たちは、たった半年付き合った彼女が死んで、その後どうなるんだろうね」
「悲しむだろ」
「悲しんで、それから?」
なんとなく、東和の言ってることが分かるような気がした。
「たぶん次の恋人ができて、その次もできたりして、いつかは結婚して、幸せな家庭を築くんだろうね。私の事なんて忘れて、幸せになるんだろうね」
東和の手が俺の頬に触れる。
「私の事を忘れる人じゃ駄目なの。でも、私に執着して人生を棒に振る人も駄目。私の他にできる恋人は1人くらいで、結婚して、ふとした拍子に私のことを思い出してしまうくらいに心の容量が空いている人がいい」
「俺の心の容量は狭いぞ」まるで令和のフロッピーディスクだ。
東和の手は俺の頬にしっとりと根を張り、目を逸らすのも難しい。
「ううん、淵は容量が狭いんじゃない。削除したり追加したり気軽にできるスマホのメモリと違って、書き換えができない石板みたいな心をしてるんだよ。だから刻むこと、刻まないこと、慎重に選別してるの」
「東和が何をしても、俺の中ではクラスメイト以上にはならない」
「なんで死にそうな人の頼みを、そんなに無下にするかな」
頬に張った根は、震える手と一緒に俺の顔から剥がれ落ちた。
もう東和の顔すら忘れたくなって、彼女から顔を背ける。
「怖いんだよ」
俺は、両親が好きだった。
「人の抱えられるものの大きさは決まってる」
幼い頃はあんなに覚えていた両親との記憶も、思い出せることがだんだん少なくなっている。
「大切な思い出を忘れていくのが怖いんだ。東和が嫌いな、過去に執着している人間だ。だからこれ以上、新しい記憶で俺の頭の中を埋めないでくれ。俺は過去の中でだけ生きていたい」
「無理だよ。だって淵の大切にしている人は、淵が今、幸せであることを願っているでしょ」
言い返せなかった。
「淵、こっち向いて」
畳の上に脱ぎ捨てられた服、なだらかな曲線を描く肉体。
つまり全裸のクラスメイト。
「ストーブの温度上げて」
22度の設定を最高のHIまで上げる。
ひと休憩していた石油ストーブが、もう一度本腰を入れて部屋を暖め始める。
「淵は暑くないの?」
「少し」
「脱いだら」
もちろん、俺は走ってきた時のままの格好だ。
セーターを脱いで少し薄着になる。
「東和、流れで……」
こういう事をやるのは良くないだろ。
そう言おうとしたが、東和の身体は震えていた。
寒さだけが原因じゃないことは、俺にも分かる。
「
東和……瑠璃の手がもう一度俺の頬に触れる。
その手が引き寄せるまでもなく、俺は瑠璃に顔を近付けて、キスを交わした。
唇も舌も溶け合って、脳みそまで混ざってしまうんじゃないかと思った。
再び顔を近付けて、今度は抱き合う。
「その……良いんだよな?」
「雰囲気台無しなんだけど」
「意思疎通は大事だろ。あ、ゴムとか」
「私、余命半年なんだよ」
「知ってる」
「要らないでしょ」
「でも出来たら」
「そのまま死ぬ」
俺の耳元で、瑠璃は囁いた。
「安楽死の日程をずらしたりはしない。その時はお腹に子供を抱えたまま死ぬ。私達の子供、一緒に殺してくれる?」
至近距離で瑠璃の目が俺を射抜く。
「避妊はした方が良いだろ」
「絶対に嫌」
「どうして」
「これは呪いなの。淵の両親の前でセックスして、もし妊娠しても赤ちゃんを道連れにして死んで、私の事を一生忘れられないようにする呪い」
「……たぶん、それを呪いとは言わないだろ」
瑠璃の特別な肌は、俺の全身を包みこんで、文字通り完全に1つになった。
それは深い深い、海の底。
エベレストすら呑み込んでしまう
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