小心者の悪役貴族は、ただ目立ちたくないだけ。~最強の「光魔法」が派手すぎて、目潰し用のフラッシュが神の威光と勘違いされています~

kuni

第1話

人生の幕引きがあまりにあっけないものだったから、神様が哀れんでくれたのかもしれない。


ブラック企業での連勤一四日目。

深夜のデスクで意識が途切れ、次に目を覚ましたとき――俺は、天蓋付きのふかふかなベッドの上にいた。


「……ここ、どこだ?」


恐る恐る体を起こす。

視界に飛び込んできたのは、西洋風の豪華な調度品。

そして、部屋の隅にある姿見(フルレングス・ミラー)に映る、見知らぬ少年の姿だった。


月明かりを吸い込んだような銀髪。

黄金に輝く鋭い瞳。

黙って立っているだけで絵画になるような、凄まじい美貌だ。


そして何より――**なんか、体がうっすら発光してる。**


「え、なにこれ。LED?」


肌の表面が、ホタルのように淡い燐光を放っているのだ。

俺はこの姿に、強烈な既視感を覚えた。


銀髪、金瞳、無駄にキラキラした演出。

そして、傲慢さと嗜虐性を隠そうともしない、この顔立ち。


「嘘だろ……。これ、ルクス・フォン・レイディアントじゃないか」


俺の口から乾いた笑いが漏れた。


『ルミナス・ホライズン』。

生前の俺が、唯一の睡眠時間を削ってやり込んでいた大人気RPGだ。


その序盤、主人公たちの前に立ちはだかる中ボスにして――、

**物語開始から三年後、主人公に惨殺される「噛ませ犬」の悪役貴族。**


それが、俺ことルクスだ。


「ふ、ふざけんなよ……!」


俺は頭を抱えてベッドの上でのたうち回った。


なんでだ。

なんで、よりによってルクスなんだ!


こいつは名門公爵家の三男という恵まれた地位にありながら、性格が最悪だ。

平民を見下し、ヒロインにしつこく言い寄り、最後は闇堕ちして魔物化し、主人公の聖剣で真っ二つにされる。


過労死して、ようやく安眠できると思ったのに。

二度目の人生の結末が「聖剣による斬首」とか、どんなブラックジョークだ。


「い、嫌だ……死にたくない……!」


俺の生存本能が警鐘を鳴らす。

痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ。

俺はただ、陽だまりの中で猫のように惰眠を貪りたいだけなんだ。


「お、落ち着け。まだ時間はある。今は……カレンダーを見るに、学園入学前の十五歳」


処刑イベントまでは三年ある。

その間に死亡フラグをへし折り、誰にも目立たず、ひっそりと田舎に引きこもってしまえばいい。


そのためには力が必要だ。

主人公たちが攻めてきても、全力で逃げ出せるだけの力が。


「ステータス、オープン……とか言えば出るのか?」


半信半疑で呟くと、視界に半透明のウィンドウが浮かんだ。


**【名前】ルクス・フォン・レイディアント**

**【魔力量】測定不能(SSS)**

**【属性】光**


「魔力量SSS……! さすがは腐っても中ボス候補」


だが、次の項目を見て、俺は再び絶望の底に叩き落とされた。


**【属性】光**


光属性。

『ルミナス・ホライズン』における、圧倒的不遇属性である。


火や雷のような攻撃力はない。

水や風のような汎用性もない。

できることと言えば、暗い洞窟を照らす「照明(ライト)」か、ちょっと眩しい「目潰し(フラッシュ)」くらい。

ゲーム内掲示板では『懐中電灯』と揶揄され、パーティのお荷物扱いされていたゴミ属性だ。


「終わった……。魔力がいくらあっても、出せるのが豆電球じゃ意味がない……」


俺は膝から崩れ落ちた。

主人公は「聖剣」や「極大爆裂魔法」をぶっ放してくるのだ。

懐中電灯でどうやって対抗しろというのか。


「……いや、待てよ?」


ふと、社畜時代に培った(無駄な)知識が脳裏をよぎる。


ここは剣と魔法のファンタジー世界だ。

住人たちは「光」を、「神聖な輝き」や「闇を払う概念」として捉えている。


だが、俺には前世の知識がある。

物理学という、この世界にはない最強の理論武装が。


**光とは、波であり、粒子だ。**

**そして、宇宙で最も速い物理現象だ。**


「光魔法が弱いんじゃない。使い方が間違っているだけだ」


たとえば、太陽の光を虫眼鏡で一点に集めれば、紙を燃やすことができる。

ならば、膨大な魔力を一点に収束させれば?

それは「熱線」を超え、あらゆる物質を貫通する**「レーザー」**になるはずだ。


「攻撃だけじゃない。光を屈折させれば……」


蜃気楼のように光を曲げれば、俺の姿を透明にできるかもしれない(光学迷彩)。

鏡のように光を全反射させれば、敵の魔法を跳ね返せるかもしれない(ミラーシールド)。


「いける……!」


俺の手が震えた。

これなら戦える。

いや、戦わなくていい。


透明になって逃げ回ればいい。

眩しい光で目を潰して、その隙にダッシュで逃げればいい。

バリアを張って、引きこもっていればいい。


**最強の引きこもりライフが、俺を待っている!**


「よし、まずは実験だ」


俺はベッドから降り、窓際へ向かった。

いきなりレーザーを撃つのは危険だ。屋敷に穴が空いてしまう。


まずは基本中の基本。

逃走用の「目潰し」――**【閃光弾(フラッシュ)】**を試そう。


敵に遭遇した際、一瞬だけ強烈な光を放ち、視界を奪う。

これこそ、小心者の俺にふさわしい初期魔法だ。


「出力は……魔力量が多いからな。少し絞ったほうがいいか」


イメージする。

手のひらに集まる光子。

それを一気に解放し、部屋全体を白く染め上げる。


「いくぞ……。【閃光(フラッシュ)】!」


俺は指先をパチンと弾いた。


その瞬間だった。


**カッッッッッッッッッッッ!!!!!!!**


「うわあああああああ!?!?」


想像を絶する輝きが、世界を白に塗りつぶした。

豆電球どころではない。

至近距離で核爆発が起きたような、暴力的な光量。


屋敷全体が「ズンッ!」と音を立てて揺れる。

窓ガラスがビリビリと振動し、外の夜空が一瞬にして真昼のように照らし出された。


「め、目がぁぁぁぁぁ!?」


自分の魔法で目が焼ける!

俺は涙を流しながら床に転がった。

網膜に焼き付いた残像が消えない。痛い、熱い、怖い!


手加減したはずなのに、なんだこの出力は!

これが魔力量SSSの暴走か!?


「ルクス様!? 何事ですかッ!!」


バンッ! と乱暴に扉が開く音がした。

執事長のセバスチャンと、数人のメイドたちが飛び込んでくる。


彼らが見たのは――

光の粒子の名残が舞う部屋の中心で、顔を覆ってうずくまる俺の姿だった。


「(やばい、怒られる! 夜中に騒いでごめんなさい!)」


俺はとっさに言い訳をしようと、涙目で顔を上げた。


「ち、違うんだ……俺はただ、少し光を出そうとして……」


しかし。

セバスチャンは言葉を失い、わなわなと震えていた。

その瞳は、恐怖ではなく――とてつもない「畏敬」の色に染まっている。


「……なんという、神々しさ……」


「へ?」


「屋敷全体を包み込むほどの、純白の極光……。そして今、ルクス様の全身から溢れ出る、この圧倒的な魔力の波動……」


セバスチャンが、その場にうやうやしく跪いた。

つられるように、メイドたちも平伏する。


「まさか、伝説にある『始祖の光』に目覚められたのですか……?」


「は? いや、あの」


「素晴らしい……! これほどの御力がありながら、それを誇ることもなく、深夜にお一人で鍛錬なされていたとは!」


セバスチャンが感極まった声で叫ぶ。


「ルクス様こそ、真に当主たる器! いや、この国を導く『光の神子』であらせられる!」


「(……はい??)」


待って。

話が飛躍しすぎている。


俺はただ、ビビって懐中電灯をつけようとしたら、うっかり爆光になっちゃって、目が痛くて泣いていただけだ。


だが、俺の発光する身体(デフォルト仕様)と、常人離れした美貌が、その情けない姿を勝手に補正していく。


涙を流すその姿は、「世界の行く末を憂う慈悲の涙」。

顔を覆っていた手は、「溢れ出る強大な力を抑え込む封印の仕草」。


「あ、ああ……そうだな。少し、力が馴染まなくてな」


俺は震える声で、精一杯の虚勢を張った。

否定したいが、ここで「ビビって失敗しました」なんて言えば、悪役貴族としての威厳が崩壊する。舐められたら殺されるかもしれない。


「ご安心ください、ルクス様! このセバスチャン、生涯をかけて貴方様の覇道をお支えいたします!」


「「「ルクス様に栄光あれ!!」」」


床に額をこすりつける使用人たち。


違う。

俺が求めているのは覇道じゃない。

こたつでミカンを食べるような、穏やかな老後だ。


「(どうしてこうなったあああああああああ!!)」


内心の絶叫は、誰にも届かない。

ただ、俺の身体から漏れ出る光だけが、やけに神々しく部屋を照らし続けていた。


こうして。

小心者の悪役貴族による、勘違いだらけの英雄譚が幕を開けてしまったのである。

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