Fクラスの英雄 ―アカデミー・ハックウェイク戦記

ガンミ

第1話 最底辺クラスの英雄?

すべては、あの日から始まった。


八歳の頃だった。公園で遊んでいた、ただそれだけの日。ひめかは僕の幼なじみだった。あの頃は本当に、いつも一緒にいた。ずっとそうだと思っていた。あの瞬間までは……


今でも覚えている。木の葉の間から差し込む太陽の暖かさ、刈りたての芝生の匂い、そして空気を満たしていた僕らの笑い声。普通の日だった。普通じゃなくなるまでは。


「そんなのずるいよ、ひめか!」


胸の中で湧き上がってくる苛立ちを抑えきれず、僕は叫んでいた。目の前のひめかを真っ直ぐ見つめながら。彼女も怒り始めていた。


「ずるくないもん!」


彼女のあの挑戦的な口調。いつも僕らが喧嘩する時に使う、あの声。


何で喧嘩していたのか、正確には覚えていない。きっと、些細なことだったんだろう。でも、はっきりと覚えているのは、あの瞬間僕を盲目にした怒り。気づいた時には、もう遅かった。


押してしまった。


ひめかは背中から地面に倒れ、すぐに涙が彼女の目に溢れ出した。


「ごめん!わざとじゃないんだ!」


助け起こそうと手を伸ばした。でも、彼女は乱暴にそれを払いのけた。


一人で立ち上がり、手の甲で涙を拭いて、何も言わずに走り出した。


背筋に冷たいものが走った。心の中で何かが叫んでいた。止めなきゃいけない、と。でも、体が反応するのが遅かった。ようやく追いかけた時には、もう彼女は道路に出ていた。


そして……。


タイヤの悲鳴。鈍い音。


世界が、静寂と冷たさに変わった。


事故自体は大きなものじゃなかった。でも、地面に倒れているひめか、言い争う大人たち、そして僕を軽蔑の目で見るひめかの母親の姿が、記憶に焼き付いた。母さんは滅多に見せない厳しさで僕を叱った。でも、それよりも辛かったのは、その後に起きたこと。


病院で謝ろうとした時、ひめかの目には憎しみよりも酷いものが浮かんでいた。


失望。


「帰って! もう会いたくない! 大っ嫌い!」


病院のベッドから叫ぶ彼女の声が、今でも耳に残っている。


その言葉が、深く突き刺さった。


説明する機会もなかった。間違いを正すこともできなかった。その後すぐ、僕らは引っ越した。すべてを置き去りにして。


あの日から、人生は元に戻らなかった。街も、知っていたすべても失っただけじゃない。何か……心の中で何かが壊れた。


何ヶ月も、何にも集中できなかった。学校、授業、以前は楽しかったことさえも……すべてが意味を失った。そして何より、女性が怖くなった。クラスメイトの女子に近づけない。目を合わせることもできない。学校に行けなくなった。一年、留年した。


両親は支えてくれた。でも、恐怖は消えなかった。


だから、中学に上がる時、男子校の私立中学に入学させられた。両親は、その不安を避ければ集中できるだろうと考えたんだと思う。


でも、現実は違った。


あの三年間は、僕にとって一番辛い時期だった。女子との接触がないことで、恐怖は減るどころか……逆に深くなった。自分の問題をより意識するようになり、いつか向き合わなければならないという考えに、より居心地の悪さを感じるようになった。


そして、両親がアカデミー・ハックウェイクを見つけた。


僕にとってチャンスだと言った。この場所には、僕のような困難を抱える生徒を助ける方法があると。実際のところ、ほぼ強制だった。選択肢なんてなかった。


母さんがパンフレットを持ってきた時、無理に明るい笑顔を作っていた。ここなら変われる、恐怖を克服できる、前に進めると言っていた。


僕には刑罰にしか見えなかった。頼んでもいない試練。


でも、どれだけ抵抗しようとしても……運命はもう決まっていた。


入学試験を受けた。アカデミーと呼ばれているが、パンフレットによれば高校に相当するらしい。


* * *


アカデミー・ハックウェイクの正門前に立っていた。


大きい。いや、大きいなんて言葉じゃ足りない。この建物のために、丸々一つの街区が使われているように見える。周囲を見渡すと、他の建物なんて影も形もない。ただアカデミーの敷地が、どこまでも続いている。


ゆっくりと門をくぐり、中に入った。


エントランスホールには巨大なディスプレイが設置されていた。合格者の名前がずらりと並んでいる。目を細めて探す。あった。自分の名前。アレン・ウェバー。他の名前には特に興味はなかった。ただ、ここにいられる。それだけで十分だった。


ほっとする反面、胸の奥に不安が広がっていく。この先、何が待っているんだろう。


もう一度、パンフレットを開いた。何度も読んだページ。それでも確認せずにはいられない。


『初日クラスは、入学試験の結果により振り分けられます』


視線を上げ、もう一度ディスプレイを見た。自分の名前の横に書かれている文字。


『Fクラス』


一番下だ。最低ランクのクラス。


胃の辺りが重くなる。でも、すぐに自分に言い聞かせた。


「まあ...入れただけマシか」


小さく呟く。誰と一緒のクラスになるのか、この学校でFクラスがどういう扱いを受けるのか。そんなことは、今はどうでもよかった。


それよりも—


ふと、あの日のことが頭をよぎった。


公園。事故。ひめかの悲鳴。


あれから何年経った?それでも、あの光景は鮮明に残っている。あの日から芽生えた恐怖。それは時間と共に薄れるどころか、むしろ根を張るように深く、僕の中に食い込んでいった。


女性の近くにいること。話しかけられること。目が合うこと。


全てが怖い。


表面上は平静を装っている。うまく隠せていると思う。でも内側では、いつも不安が渦巻いている。


ここは新しい環境だ。やり直せるかもしれない。


でも分かっている。本当の障害はクラスFなんかじゃない。


僕自身だ。


周囲を見渡す。アカデミーの建物は何階建てなんだろう。窓の数を数えるだけでも時間がかかりそうだ。そして、建物全体が何かで満たされているような感覚がある。


テクノロジー。


そう、それだ。


外にあるこのディスプレイもそうだ。合格者の名前が表示されているこの巨大な画面。入学試験を受けた時も、仮設の教室だったのに、やたらと設備が充実していた。スクリーン、ヘッドフォン、見たこともないような照明装置。全てがデジタル機器で埋め尽くされていた。


まるで未来に足を踏み入れたような感覚。いや、もしかしたら、ここが未来なのかもしれない。


こういうのに気づくのは、多分、僕の性格のせいだ。


昔から、周りをよく観察している。人も、物も、関係ない会話さえも。全部、耳に入れて、目に焼き付けて、頭の中で整理する。細かいところまで見逃さない。


それが役に立つこともある。誰かと話す時、相手の反応を読み取れる。特に...女性との接触を避ける時には、重宝する。


でも、それだけだ。


知識はある。情報も集められる。


ただ、行動に移す勇気がない。


聞く側には立てる。でも、自分から動き出すことはできない。


複雑だ。自分でもよく分からない。


パンフレットをもう一度めくる。


『初日は着替えを多めに持参してください』


着替え?なぜだ?


両親に聞いてみた。でも、はっきりとした答えは返ってこなかった。


「書いてある通りにすればいいよ」


母さんはそう言っただけだった。父さんも同じような反応。まるで、何かを知っているけど教えてくれない、そんな雰囲気だった。


何が待っているんだろう。


まあ、いずれ分かる。その時が来れば。


ここから、僕の新しい生活が始まる。


* * *


アカデミー・ハックウェイクでの初日。新しい学園生活が、思っていたよりも早く訪れてしまった。


周囲の街の喧騒を無視しながら、一歩ずつ進んでいく。でも、歩くたびに胸の中で不安が膨らんでいく。授業のことでも、先生たちのことでも、校則のことでもない。人のことだ。これから避けられない、人との関わりのことだ。


ようやくアカデミーに着いて、すぐに学校集会の会場へ向かった。二年生と三年生の生徒たちの騒がしさが、一年生全員の声を圧倒していた。視線を人混みに向けると、胸が少し締め付けられる感じがした。人が多すぎる。失敗する可能性が多すぎる。問題を避けなければ。何より、女子から離れた場所を見つけなければ。


慎重に一年生用の指定席を見渡した。まだクラス分けされていないから、誰が同じクラスになるかも分からない。ただ一年生だけが座る場所だ。


人目につかない、十分に離れた席を見つけた。


ステージの照明が点灯し、ざわめきが消えた。背の高い痩せた男性が演壇に上がった。白髪交じりの髪と、60代を過ぎたと思われる風貌が、その眼鏡の反射で幾分ぼやけて見えたが、立ち姿には威厳が満ちていた。


「我が愛しき名門、アカデミー・ハックウェイクの若き生徒諸君、ようこそ」


低い声が会場全体に響き渡った。


「私、学園長ハリソン・ジャクソンは、諸君を迎えることを光栄に思う」


計算されたような沈黙の中、彼の視線が人混みを巡った。そして続けた。


「ここでは学問的な知識だけでなく、人として、また感情面においても成長することができよう。諸君らが目標を達成し、未来を確かなものとするための人材へと育て上げることをお約束する」


言葉は耳に入ってきたけど、心には残らなかった。典型的なスピーチだ。どこの学校でも言えるような、空虚な約束。でも、その口調に、言い方に、何か引っかかるものがあった。


「では、我が副学園長より一言」


学園長が一歩下がり、品のある佇まいと鋭い眼差しを持つ女性がステージに上がった。鮮やかな紫色の長い髪が照明の下で際立っていた。彼女の動きは精密で計算されている。まるで一歩一歩が計画されているかのようだった。


「アカデミー・ハックウェイクの新入生の皆様、ようこそいらっしゃいました」


その声は確固たるもので、明瞭で、一切の迷いがなかった。


「皆様が初回のクラスへ向かわれる前に、当アカデミー外では一切言及されない、いくつかの重要事項を明確にしておかなければなりません」


ざわめきが会場を駆け巡った。僕も含めて。パンフレットに載っていないこと? これは興味深い展開になってきた。


「――静粛に!」


突然の叫びに、全員が即座に黙り込んだ。その権威は絶対的だった。


「当アカデミーでは、すべてがポイントによって管理されております。ポイントは在籍の必須条件ではございませんが、皆様の学園生活の大部分を決定する要素となります」


彼女の言いたいことを理解しようと、じっと見つめた。


「ポイントの獲得方法は複数ございます。例えば、試験で高得点を取得すること。満点の百点を取得すれば、百ポイントが加算されます。しかしながら、最も一般的な方法は、デジタルバトル・システムを通じてのものとなります」


思考が止まった。デジタルバトル?


さりげなく周囲を見渡すと、困惑しているのは僕だけじゃなかった。他の生徒たちも視線を交わし合い、囁き合っていた。副学園長が再び声を張り上げるまで。


「――静粛に!まだ終わっておりません」


会場は緊張した静寂に包まれた。


「生徒の皆様は、互いに、あるいは教員に対してすら挑戦し、ポイントを獲得することが可能です。規則と報酬は状況により異なりますが、すべてのバトルは審判の監督下で行われなければなりません。システムが自動的に各生徒のポイントと進捗を管理いたします」


今聞いたことを処理しようとした。他の生徒と戦う?先生とも?アカデミーに入学するときに想定していたことじゃない。


「開始時点で、皆様にはそれぞれ一つのスキルが付与されます。最大四つまで解放可能ですが、それには十分なポイントの獲得が必要となります」


スキル?まるでゲームみたいだ。


「スキルは物理的なものと武器使用に基づくものがございます。バトルは激しいものとなりますが、完全に仮想的なものです。実際の負傷はございません。シミュレーター内にいる間、衝撃を感じるのみです」


それが安心材料なのか、それとももっと心配すべきことなのか、判断がつかなかった。戦うという発想自体、まったく気が進まない。というか、心配だ。


パズルのピースが繋がり始めた。このアカデミーは普通の学校じゃない。システムの裏に何かがある。パンフレットには載っていない何かが。


副学園長が姿勢を正し、簡潔で直接的な自己紹介で締めくくった。


「私はクリスティーナ・ウェイク、アカデミー・ハックウェイクの副学園長でございます。以上です。それでは、皆様のクラスへお向かいください」


会場は一瞬静まり返った後、囁きと会話が溢れ出した。みんなデジタルバトルのことを話している。


僕も混乱していたけど、今はあまり深く考えないことにした。


式典が終わったと思った瞬間、学園長が再び壇上に立った。


「お帰りになる前に、我が生徒会長より最後の言葉を」


雰囲気が一気に静まった。囁きが止み、全員の視線が、確かな足取りで壇上に上がってくる一人の生徒に向けられた。


生徒会長がステージに上がるのを注意深く見つめた。


制服は完璧に整えられ、ダークブラウンの髪はきちんと梳かれていて、眼鏡が講堂の光を反射して輝いている。その佇まいには敬意を抱かせる何かがあった。努力せずとも目立つ存在感。自信に満ちた動きだけではない。本当に重要な人物を見ているような感覚だった。


これが生徒会長……


「生徒会長の清水・銀太郎です」


明瞭で落ち着いた声で自己紹介した。副学園長とは違い、そのトーンはもっと親しみやすく、堅苦しさが少ないが、それでも権威を感じさせた。笑顔は本物だった。それが……珍しく感じられた。計算された空虚な笑顔ではなく、本当にここにいて、みんなを歓迎したいと思っている人の表情だった。


努力することの重要性、アカデミーが提供する機会、生徒会が生徒をサポートするために存在していること、そういったことについて話し始めた。


……たぶん、そんな感じだった。


正直なところ、彼が言っていることに完全には集中できなかった。デジタルバトル、ポイント、スキル……頭の中はまだそれらの考えに囚われていた。処理すべきことが多すぎて、脳がもうこれ以上受け付けなかった。


あちこちでいくつかのフレーズを捉えようと努力した。後で誰かに聞かれたときに気が散っているように見えない程度に。でも結局、彼のスピーチ全体が型通りの歓迎挨拶のように感じられた。彼の立場にある人から期待する以上のものではなかった。


彼が話し終えると、短い拍手が起こり、学園長が正式に式典を締めくくった。扉が開き、今度こそ、生徒たちが一斉に外へ出始めた。


ゆっくりと歩きながら、入学式で聞いたばかりのことを理解しようとしていた。デジタルバトル、スキル、ポイント……すべてが本物の学校というより、ビデオゲームのように聞こえた。


メインの廊下に着こうとしたとき、声が思考から引き戻した。


少し驚いて振り向いた。なぜ誰かが僕に話しかけるんだろう?


「おい、ちょっと手伝ってくれねーか?」


立ち止まり、やや警戒しながら頭を向けた。目の前には、髪が完全にボサボサで、困惑と絶望の間を揺れ動く表情をした男子がいた。


「この長い廊下で迷っちまってさ。こんなに多いの見たことねーよ。あらゆる場所に続いてるみたいだし。ドアもいっぱいあるし……なんでこんなにあるんだ?」


僕の返事を待つこともなく続けた。


しばらく黙って観察した。本当に迷っているようだったが、最も戸惑ったのは、会ったばかりの人に話しかける気軽さだった。


ようやく、彼は再び僕の存在に気づいたようで、神経質そうに笑いながら頭を掻いた。


「あ、悪ぃ。迷っちまってさ。お前も新入生だろ?」


「はい、僕も新入生だ」


短く答えた。まだ受け取った情報量を処理しようとしていた。


「よかった! じゃあ一緒に教室探そうぜ。下の地図によると、このフロアにあるはずだよな?」


「そうだね。このフロアに一年生の教室があるはずだ」


実際よりも自信があるように聞こえるよう努めて答えた。


彼は先に進み、素早い足取りで上部に「1-A」と書かれたプレートのあるドアまで歩いた。


「これがAクラスの教室だ。ここには最優秀の生徒が集まったんだよな、確か。合計で、このクラスには十人しかいないらしいぜ。大半はBクラスからDクラスに集中してて。Fクラスは……確か、最初の時点で一番生徒数が少ないんだっつーか」


賞賛と好奇心が混ざった表情でドアを見つめながら言った。


数歩離れて彼を追いながら、注意深く聞いていた。


「えっと、クラスによって生徒数が違うなんて知らなかった」


「そうなんだよ」


自信を持って言い、振り返って僕を見た。


「だから、一学期の最初の中間テストで、成績が悪かった生徒は今いるクラスより下のクラスに降格されるんだぜ。入学時より成績が下がってたらな。マジでヤバかったら、直接Fクラス行きもあるらしいぜ」


彼の言葉で新たな不安が頭に浮かんだ。


「待って……中間テストと入学試験をどうやって比較するんだ?意味がわからない」


「オレも知らねーよ。お前と同じくらい迷ってるって。式典の前に二年生が話してるのを聞いただけだし」


その答えは好きじゃなかった。つまり、上位クラスに入った者でさえポジションは保証されていない……そしてFクラスの僕のような者は、最初から崖っぷちに立たされているということだ。これが本当なら、アカデミーには生徒のパフォーマンスを評価する特定の方法があるということだが、まだそれがどう機能するのか明確ではなかった。


疑問は後回しにした。


数メートル歩いたところで、彼は「1-D」と書かれたドアの前で立ち止まった。


「お、ここがオレの教室だ」


笑顔で告げた。それから、何か重要なことを思い出したかのように、僕に向かって手を差し出した。


「そういや自己紹介してなかったな。オレは二階堂レン。お前は?」


「僕はアレン・ウェバーです」


「よし、アレン、お前のクラスは?」


胃の中で何かが締め付けられた。心臓の鼓動が速くなった。簡単な質問だが、答えは重かった。


「僕は……僕はFクラスだ」


あまり動揺しているように見えないよう努めて言った。


二階堂の表情がすぐに変わった。最初は驚きを見せ、それから少しからかうような笑みを浮かべた。


「マジで?」


顔が熱くなるのを感じた。


「ああ……一番下のクラスだ」


二階堂は単に無関心なジェスチャーで振り返った。


「まあ、いいけどな。頑張れよ、アレン」


後ろを振り返ることなく、自分の教室に入っていった。


数秒間そこに立ち尽くし、居心地の悪さを振り払おうとした。


廊下の端を見つめた。そこに、自分の行き先があった。


ゆっくりと歩いた。一歩ごとに、重さが増していくような感覚だった。


ようやく辿り着いた教室の扉には「1-F」と書かれていた。心臓が早鐘のように打っている。胸から飛び出しそうだ。唾を飲み込んで、扉を開けようと手を伸ばした。手のひらに冷たい汗が滲む。


目立ちたくない。ただ入って、座って、注目されないようにする。それだけでいい。


「落ち着けよ、僕……静かにして、目立たないようにすればいい」


自分にそう言い聞かせて、なんとか気持ちを落ち着かせようとした。


静かにドアを開けて、中に入る。周りを見ずに、見つけた最初の空席へ真っ直ぐ向かった。最後列の一番端の席。そこに身を沈めた。


でも……好奇心に負けた。


ゆっくりと顔を上げて、教室内を見回す。


呼吸が一瞬止まった。


……何だこれ?


教室には他に四人しかいなかった。四人……全員が女子……


理解できなかった。目の前で起きていることが。ただ一つだけ分かったのは、彼女たち全員に共通していることがあるということ。それが、僕を完全に場違いな存在にさせている。


女子しかいないのか、このクラス……!?


内心で叫んだ。喉が渇いていく。


状況の重さが、まるで列車のように——いや、伝説の異世界転生トラックのように僕を轟音と共に打ちのめした。頭の中でぐるぐると回る。頭を真っ直ぐに保てない。めまいがする。いくら見ないふりをしても、現実は目の前にある。


女性ばかりだ……女性しかいない……!


もう一度、視線を逸らして机に固定しようとした。


ここでどうやって生き延びればいいんだ……!?


完全に処理できないまま、ドアが再び開いた。


顔を向けると、肺にあった僅かな空気が全て逃げていくのを感じた。


嘘だろ……!?


入ってきたのは……また女性だった。


でも生徒じゃない。大人だ。堂々とした姿勢に、優しげな笑顔。


「おはよう、みんな!私がこのクラスの担任になる、古橋マキよ」


席に沈み込みたかった。今や完全に女性に囲まれている。心臓が破裂しそうだ。この悪夢から逃げる術はない。

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