第18話 きょうはきょうだけ、

 洞窟の奥へ、一歩踏み出してから。


 わたしは、改めて自分の状況を噛みしめていた。


 ――パーティじゃない。


 それだけで、制約は一気に増える。


 食事を運ぶ人はいない。

 荷物を分担する人もいない。

 回復を任せられる相手もいない。


 全部、自分。


 だから、生活拠点に戻る必要がある。

 戻って、食べて、整えて、また入る。


 それは安全だ。

 でも、期限付きのダンジョンでやることじゃない。


 ダンジョンに入って、配信して、戻って。

 慎重に進んで、事故を避けて。


 ――それで、何が変わる?


 頭の中で反芻される。


 今日は、今日だけだ。


 決めたなら、やるしかない。


 配信は、切っていない。

 視線は感じるけど、もう画面は気にしなかった。


 ・行くのか

 ・本当に全開?

 ・無茶すんなよ


「…心配ありがとう」


 無茶だと、分かってる。


 でも、引き返す理由も、もう無かった。


 まず、雷貫。


 電流が、身体を走る。

 筋肉が一瞬、強張る。


「……っ」


 嫌な感覚じゃない。

 頭が、少し冴える。


 次に、殴貫。


 胸に、鈍い衝撃。

 息が、詰まる。


 分かってる。

 自傷だ。


 でも、これが条件。


 被与ノ傷が、空間に滲む。

 地面に、壁に、細い裂け目が増えていく。


 ・また始めた

 ・本当に自分に使うな

 ・でも慣れてきてない?


 慣れた、というより。

 覚悟した、が近い。


 裂脈。


 視界が歪み、距離の感覚が壊れる。


「……行き先は……相変わらず、選べない」


 移動の途中で、優癒を重ねる。


 ――止まれ。


 身体が、脈の途中で引っかかる。


 次の瞬間、地面に叩きつけられた。


 冷たい地面。

 動けない。


 他のスキルが、止まる。

 呼吸だけが、やけに大きく聞こえる。


 でも、音がある。


 低い唸り声。

 重い足音。


 ……いる。


 自分で、進むしかない。


 身体を引きずって、傷の大きい方へ。モンスターの気配へ。


 ─落石。


 反射的に、避けなかった。


 腕に、脚に、衝撃。

 石が、岩が、突き刺さる感触。


「……っ……」


 ・避けろって!

 ・いや避けないのかよ

 ・判断おかしい

 ・命捨ててるのか?


 共相ノ傷。


 同じ状態が、向こうにも写る。


 モンスターが、よろめく。

 動きが、鈍る。


 優癒。


 痛みが引く。

 立てる。


 呼吸は荒い。

 心臓が、うるさい。

 視界が、うまく合わない。


 血で前が見えない。


 でも、まだ動ける。


 距離が、詰まる。


 ──これ以上、先は無い。


 そう思った。


 殴貫。


 心臓の位置へ。

 次に、喉の位置へ。


 自分の身体に、衝撃。

 視界が、一瞬白くなる。


 ――死なない。

 でも、近い。


 同じ衝撃が、向こうにも走る。


 吼え声が、途切れた。


「……この、身が……」


 声が、震える。


「……貴様の、傷だ……」


 被与ノ傷が、広がる。


 それで、終わった。


 勝った、とは思わなかった。

 ただ、ここまでだ、と思った。


 端末を操作する。


 棄権。


 洞窟の緊張が、すっと抜ける。


 その場に、崩れ落ちる。


 身体は重い。

 心臓が、まだ早い。


 でも――やった。


 やれるところまでは、やった。


 配信を切る前、画面を見る。


 ・生きててよかった

 ・無茶すんなって言ったのに

 ・でも見届けたぞ


 少しだけ、息を吐く。


 ああ。


 見てくれてる。


 画面を暗くする。


 わたしは、これを求めていた。


 …最高の快楽、なのかもしれない。




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謝罪から始まる快楽ダンジョン配信 ──見られるほど、傷は深くなる 濃紅 @a22041

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