『夜勤明けの家に、犬と猫と、小さな奇跡』

春秋花壇

『夜勤明けの家に、犬と猫と、小さな奇跡』

『夜勤明けの家に、犬と猫と、小さな奇跡』


――同じ命を守る手で、もう一度、互いの心に触れる――


夜勤明けの鍵を

静かに回す音

まだ眠りきらない朝が

台所の白い床に

薄く広がっている


君はもう

猫と一緒に

夜をほどいたあと

丸くなった時間の中にいる

呼吸は小さく

でも確かだ


僕の手には

リードの跡

外の風の匂い

犬の体温が

まだ掌に残っている


同じ白衣

同じ消毒液の匂い

同じ命を

今日も抱えて帰ってきたのに

どうして

言葉だけが

こんなにも重い


犬は

世界を信じて

前へ引く

猫は

世界を疑いながら

内へ潜る


その間に

私たちは立っていた

触れたいのに

触れ方を忘れたまま


夜の隙間で

小さな声が生まれる

「気づいて」

それは魔法じゃない

ただ

誰かを大切に思った

その残響


救えなかった夜のあと

屋上の冷たい風の中で

君は言った

「つらかったね」


たったそれだけで

胸の奥に

灯りがともる

奇跡は

いつも

派手じゃない


犬と猫と

同じ布団

ずれた呼吸が

少しずつ

重なっていく


精霊は

もういない

でも

朝の光は

昨日より

やさしい


今日も

命を守りに行く

同じ手で

今度は

君の温度も

忘れずに


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