第2話 夜の送迎車



エンジンをかけると、

軽ワゴンの中に、くぐもった音が広がった。


ガソリンのメーターは、

見ないふりをしたくなる位置で止まっている。


俺はそれを一瞬だけ見て、

すぐ視線を外した。


見たところで、

何も変わらん。




最初に乗ってきたのは、ミサキだった。


明るい声で「お疲れさまですー」って言って、

香水の匂いを車内に置いていくタイプの女。


店では笑ってる。

でも、ドアが閉まった瞬間、顔が変わる。


「今日さ、ほんまヒマやってん」


「時給下げられるかもやって」


「店長、なんであんな偉そうなん」


愚痴は止まらない。


俺は、

「あー、そっすか」

って相づちを打つだけ。


それでええ。

俺の役目は、

話を聞くことじゃなくて、

家まで運ぶことや。



次に乗ってきたのは、レイナ。


ミサキより少し年上で、

現実がちゃんと見えてるタイプ。


「今日、ガソリン高ない?」


そう言って、

メーターをチラッと見る。


「この仕事、割に合うん?」


俺はハンドルを握ったまま、

小さく笑った。


「まぁ…今は」


それ以上は言わなかった。

言わないほうが、楽や。


最後に乗ってきたのは、

新人のアヤ。


声が小さくて、

目がいつもどこか不安そうな女。


「すみません…お願いします」


それだけ言って、

後部座席の端っこに座る。


あの子は、

たぶんまだ“落ち切ってない側”や。


俺は、

なるべくバックミラーを見ないようにした。



信号待ちのとき、

スマホが震えた。


《今月、返済まだ》

《明日までに一部でも》


社長からのLINE。


画面を消す。


「あとで考えよ」


そう思って、

またハンドルに意識を戻す。


いつものやつや。


ミサキを降ろし、

レイナを降ろし、

最後にアヤを降ろす。


車内に残るのは、

香水と、疲れた空気だけ。


俺は、

コンビニの駐車場に車を止めた。


一番安い弁当を手に取って、

値段を見て、

一回棚に戻して、

もう一回取る。


これも、

いつものやつや。


レジの光が、やけに白い。



車に戻ると、

またスマホが震えた。


今度は、

知らない番号。


《ガツから聞いた》

《金、急ぎなら話ある》


短い文。


でも、

胸の奥が、少しだけ冷たくなった。


俺は、

その画面をしばらく見たまま、

返信もせず、

エンジンもかけずに、

ただ座っていた。


たぶんこれが、

“始まり”なんやと思う。


でも俺はまだ、

それが何の始まりかを知らない。

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燃えないゴミ @hirohikaru

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