燃えないゴミ

@hirohikaru

第1話 日常

現場が終わって、

誰もいなくなった足場の下で、俺はタバコをふかしていた。



ヘルメットを地面に転がして、

軍手のままポケットを探って、

くしゃくしゃになった箱から一本抜く。


火をつけると、

肺の奥に煙が落ちていく。


今日も、特に何もなかった。

ミスもしてない。

褒められてもいない。


それなのに、胸の奥にはずっと、

“終わってる感覚”みたいなもんがこびりついている。


「なんで俺がこんな目に」


煙を吐きながら、またそれを思う。

口に出したことはないけど、

頭の中では何百回も言ってきた言葉や。


俺は三十歳で、下請けの職人をしている。


会社に所属してることにはなっている。

でも実態は、一人親方扱いで、

責任だけ重くて、金は軽い。


社長は元ヤンで、

ヤクザに憧れてるだけの半端な不良や。


「お前らは使われとるだけや」

それを冗談みたいな顔で言うくせに、

現場の責任は全部、下に投げてくる。


俺は、そこで働いている。

いや、働かされている、のほうが近いかもしれない。


俺には借金がある。


ギャンブルで作ったやつと、

現場の車で事故を起こした時に、

社長から立て替えてもらった分。


首も切られず、

でも自由にもならず、

ちょうど縛られたまま、今日まで来ている。


「今日中に現金で払う仕事ある?」


そんな連絡が来たら、

決まっていた現場を断ってでも、そっちに行く。


その場しのぎ。

いつもそれ。


分かってても、

それしか選ばれん。


俺は、だいたい二択を外す。

楽な方、逃げられる方、

“今日だけ助かる方”を選んで、

だいたいあとで詰む。


それでもまた、同じ方を選ぶ。


「兄ちゃん、今日も帰り送ってくれるん?」

後ろから声がした。

振り向くと、現場の軽トラの横で、

同僚のハルが缶コーヒーを飲んでいた。


二十六歳。

俺より四つ下やけど、

現場で揉めたら、自然と前に出るタイプの男や。


不良じゃない。

でも、芯がある。


俺は、たぶんああなれなかった側や。


「送迎? あぁ…まぁ」


「最近、無理しすぎやろ」


ハルはそう言って、

俺の顔を一瞬だけ見た。


その目が、

なんとなく痛かった。



少し離れたところで、

ガツが電話しながら笑っている。


「あーそれな、俺、頭回るからさ」


自分を頭いいと思い込んでるタイプ。

口だけ達者で、

まだ“詰んでない側”の顔をしている。


あいつは、

俺の少し先の未来みたいで、

なるべく見ないようにしてる。


ポケットの中で、スマホが震えた。


取り出して画面を見る。

《今日いける?》

《22時半、店の前》

《送迎お願いしたい》


いつものキャバクラからのLINE。


短い文章なのに、

俺の今日の流れを一発で決める力がある。


指が一瞬止まる。


「今日は休もかな」

「たまにはちゃんと寝よかな」


頭のどこかで、そんな声がする。


でも、もう片方の声が、

いつも通りにささやく。


――ガソリン代、まだ残っとるか。

――明日の昼飯代、あるか。

――あの借金、今月いくらやったっけ。


俺は、

考えるより先に、親指を動かしていた。


《行けます》


それだけ打って、送信する。


画面を消すと、

もう今日の夜の予定は決まってしまった。



俺はタバコを地面に押しつけた。

灰が、風で崩れる。


「どこで人生、おかしくなったんやろな」


誰に聞かせるでもなく、

胸の奥でそう思う。


でも、理由は分からない。


たぶん、

これからも分からないまま、

俺は今日を生きてしまうんやと思う。


夜になったら、

またハンドルを握って、

キャバ嬢を乗せて、

現金を拾いにいく。


それが、

今の俺の“生き方”や。


燃えるほどの情熱もない。

捨てられるほどの悪にもなれない。


ただ、ここに余ってるだけの存在。

――俺は、燃えないゴミや。

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