第10話:奴隷の復讐

 第二特別寮の廊下に響き渡った、あの暴力的なまでの開門の轟音は、リア・ド・ラ・ヴァリエールという少女の理性が、ついに最後の一線を超えた合図でもあった。リアは、ノアのベッドの上で三人の情念にまみれ、変わり果てた姿となっていたハナを、文字通り「掠奪」するように連れ戻した。背後でノアやルナが何を叫び、ミナがどのような警告を発しようとも、リアの耳には届かない。


 自室に戻ったリアは、すぐさま重厚なマホガニーの扉を閉め、普段は使うことのない分厚い鋼鉄のかんぬきを、ガチャンと凄まじい音を立てて下ろした。さらに、彼女は部屋の隅にある電話線を引き千切り、外部との連絡手段を物理的に破壊する。


「……ここには、もう誰も来ない」


 リアの声は、地を這うように低く、そして熱病に冒されたような震えを帯びていた。彼女の美しい銀髪は、激しい疾走と怒りによって乱れ、月光のような輝きは、今や獲物を追い詰める獣の獰猛な残像へと変わっている。


 リアは、部屋の床に力なく放り出されたハナを見下ろした。ハナの身体には、三人の令嬢が競い合うようにして残した、不浄な色のマーキングが全身を埋め尽くしている。ノアの香油の甘ったるい匂い、ルナの牙が刻んだ血の滲む噛み跡、ミナが施したであろう管理用の処置の残滓。それらすべてが、リアの「独占欲」という名の潔癖症を、激しく、残酷に逆撫でした。


「……汚らわしい。……他の女たちの色が、……こんなに、……お前の隅々にまでこびりついて……っ!」


 リアは、自身のデスクから一振りの鋭利なレターナイフを取り出した。ハナは、その冷たい刃の光に、恐怖で喉を鳴らす。


「あ、ぅ、……りあ、さま……? ……なにする、の……っ、こわい……っ!」


「黙れ。……その不潔な衣服も、……あいつらが触れた記憶も、……今すぐ私が、……すべて『殺して』あげるわ」


 リアはハナの上に跨り、抵抗する力も残っていない彼女の衣服を、ナイフで無慈悲に切り裂いていった。布地が裂ける乾いた音が、静まり返った部屋に響く。やがて、一糸纏わぬ姿となったハナの全身が、朝の冷気に晒された。


 リアが次に向かったのは、洗面所に用意された巨大な水槽だった。そこには、氷の塊が浮くほどの、文字通り「凍てつくような冷水」が満たされている。


「……洗わなければ。……あいつらの匂いを、一滴も残さずに、……削ぎ落とさなければ……っ!」


 リアはハナの髪を掴み、その冷水の中へと力任せに押し込んだ。


「ご、ぼっ……!? ぁ、が、……つめ、た……っ! やめて、りあ……さま……っ!!」


 ハナは必死に暴れ、水を跳ね散らす。だが、リアの細い指先には、家門の名誉を汚されることへの恐怖と、ハナを奪われた焦燥からくる、異常なまでの筋力が宿っていた。リアは硬いブラシを手に取り、ハナの肌に残ったルナの噛み跡や、ノアのキスマークを、皮が剥けるほどの力で激しく擦り始めた。


「痛い、痛いよぉ……っ! ……っ、ぁ……がぁぁっ!!」


「……その痛みだけが、お前の脳からあいつらの残響を消し去るのよ。……お前の肌に刻まれるべきは、私の『銀色』だけでいい……っ!」


 リアは、自身の銀髪が水に濡れて重く垂れ下がるのも厭わず、ハナの身体を「洗浄」という名の拷問にかけ続けた。赤く腫れ上がり、冷水で紫に変色していくハナの肌。リアの目的は、もはや快楽を与えることではない。ハナという器の中に存在する「自分以外の要素」を、物理的な破壊と苦痛によって完全に抹殺し、そこへ改めて自分という神を再定義することだった。


 数十分後。冷水と摩擦によって、ハナの意識は半分ほど飛びかけていた。リアは、床に濡れそぼって震えるハナを、まるでゴミを扱うような手つきで寝室の奥へと引き摺っていった。



 ◆



 リアは、クローゼットの奥から、分厚い革製のアイマスクと、革と金属で作られた大型の猿ぐつわを取り出した。


「……今日という休日は、まだ始まったばかりよ、ハナ。……お前が今朝、あいつらと分かち合った『甘い時間』を、私がこれから……数倍の、……いや、数万倍の『孤独』と『絶望』で上書きしてあげる」


 リアは、ハナの視界をアイマスクで完全に奪い、叫ぶことさえ許さない猿ぐつわを装着した。視界を失い、声も出せず、全裸で冷たい床に転がされる。ハナにとって、世界は突如として「闇」と「沈黙」へと変貌した。


 リアは、自分の銀髪を再び解き、その長い髪先を、ハナの耳元や、過敏になった指先へと、わざとゆっくりと、羽毛のように、だが確実に「そこにはリアがいる」ことを示すように、這わせ始めた。


「……何も見えないでしょう? ……何も言えないでしょう? ……お前を感じているのは、……私だけ。……お前を救えるのも、……私だけよ……」


 リアは、ハナの身体の「開発され尽くした弱点」——昨夜、自分が徹底的に教え込んだ場所——に、冷たい氷の欠片を押し当てた。


「……んぐ、……っ!! ぅ、……ん、んんんっ!!」


 ハナの身体が、極限の寒冷刺激に跳ね上がる。見えないからこそ、触れられる感覚が数倍に増幅される。冷たさの後にくる、リアの温かい指先の愛撫。苦痛の後にくる、わずかな安息。


 リアは、この「不規則な刺激」を数時間にわたって継続するつもりだった。魔法も、非科学的な薬も使わない。ただ、「睡眠」と「食事」を奪い、視覚と聴覚を遮断したまま、肉体に直接「リア・ド・ラ・ヴァリエール」という存在だけを刻み込み続ける。


 リアの碧眼には、かつてないほど濃密な、そして暗い悦びが宿っていた。銀髪を翻し、ハナの苦悶に満ちた震えを眺めながら、彼女は確信していた。この孤独な調教の果てに、ハナは、自分なしでは呼吸することさえできない、完璧な「自分の色」に染まった奴隷へと生まれ変わるのだと。


 だが、リアはまだ気づいていなかった。四人の令嬢によって開発され尽くし、限界まで引き絞られたハナの「欲情の弦」が、今、このリアの凄惨な追い込みによって、予測不能な「反転」の瞬間を迎えようとしていることに。


 視界を奪われた闇の世界において、時間はもはや物理的な尺度を失っていた。ハナ・シュタインベルグの全宇宙は、今や、肌を刺す冷気と、時折訪れるリアの指先の熱、そして鼻腔を突く銀髪の冷たい香りだけで構成されていた。


 リアは、自身の知略の限りを尽くし、ハナに「予測不能な刺激」を与え続けていた。ある時は氷の欠片で、開発され尽くしたハナの秘所を凍てつかせ、彼女が絶望的な悲鳴、猿ぐつわに遮られた、くぐもった嗚咽を漏らした瞬間に、自身の温かい舌でそれを溶かす。ある時は乗馬鞭の柄で、ハナの背中に刻まれた傷跡を優しく、だが執拗になぞり、彼女が震えを止めることを許さない。


「……どうしたの、ハナ。……昨夜あんなに欲しがっていた、……あいつらの温もりが恋しいかしら? ……残念だったわね。……今、お前の世界にあるのは、……私のこの、……残酷なまでの『愛』だけよ」


 リアの声が、闇の中から神託のように響く。数時間の不眠、絶え間ない感覚の乱高下。ハナの脳内では、生存本能が必死に警鐘を鳴らしていた。だが、あまりにも過剰な刺激の連続に、脳はついに「苦痛を快楽として処理する」ことでしか、この地獄を生き抜けないという、致命的な誤作動を起こし始めた。


(……あ、ぁ……っ、……ん、んんんっ!!)


 ハナの身体が、氷の刺激を受けた瞬間に、拒絶ではなく、吸い付くような「欲求」の震えを見せた。それは、奴隷が主君に屈した合図ではなかった。四人の令嬢によって限界まで引き絞られたハナの「情欲の弦」が、リアの孤独な調教という名の重圧に耐えかね、ついに「捕食者」としての音色を奏で始めた瞬間だった。


 リアは、そのハナの変化を、自身の「勝利」だと確信した。アイマスクの下で、ハナの瞳がかつてないほどにギラついた狂気を宿していることにも気づかず、彼女は、この「最高傑作」を完全に手中に収めたという全能感に酔いしれていた。


「……いい子ね、ハナ。……ようやく、……お前の中の『汚れ』が、私の手で浄化されたようね」


 リアは、ハナの猿ぐつわを解いた。解放されたハナの口からは、荒い吐息と共に、焼けるような熱気が漏れ出した。


「はぁ、……はぁ、……っ、り、あ……さま……」


「ええ、ハナ。……最後のご褒美をあげるわ。……お前が欲しくてたまらなかった、……私の『純潔』を、……その唇で感じさせてあげる」


 リアは、自身のブラウスを脱ぎ捨て、一切の不浄を知らない、透き通るような白い肌を晒した。彼女はハナを拘束していた手枷を、最後の一押しとしての「従順」を確かめるために、あえて外した。男性嫌悪という壁に守られてきたリアにとって、これは最大級の慈悲であり、同時に致命的な油断だった。彼女は、ハナが自分を崇めるように抱きしめ、跪くものだと信じて疑っていなかったのだ。


 だが、アイマスクを外されたハナの瞳に映ったのは、信仰心ではなかった。それは、一晩中、そして今朝、四人の「神」から注ぎ込まれた執着、欲望、加虐、独占――そのすべてを凝縮し、煮詰め、真っ黒に濁らせた「飢餓」だった。


「……リア様……。……冷たかった、です……。……痛かった、です……」


 ハナの声は、もはや怯えてなどいなかった。どこか遠い場所から響くような、無機質で、それでいて底知れぬ情欲を孕んだ響き。


「……当然よ。それが私からの洗礼だもの。……さあ、跪きなさい。……私の……っ」


 リアの言葉は、最後まで続かなかった。


 突如、ハナが、目の前の銀色の主君に向かって「跳んだ」。それは、これまでの調教で培われた、どのような令嬢のしなやかさよりも野蛮で、力強い動きだった。


「なっ……!? ……は、ハナ……っ、貴様……何を……っ!!」


 リアの華奢な肩を、ハナの両手が力任せに掴む。ハナの指先は、リアが教え込んだ「痛み」をそのまま返すように、リアの柔肌に深く食い込んだ。驚愕に目を見開くリア。その視界を、自身の誇りであるはずの銀髪が、乱暴に振り回されて遮る。


「……リア様が、私を……こんなにしたんです。……リア様が、私に……『これ』しか残さないように、……壊したんです……っ!!」


 ハナの瞳から、大粒の涙が溢れる。だが、その唇は、リアを喰らおうとする獣のように吊り上がっていた。ハナは、四人の令嬢から受けたすべての「開発」を、今、目の前のリア一人にぶつけるためのエネルギーへと変換していた。


「……だから、……次は、……リア様の番です」


「や、やめ……っ! 離しなさい、ハナ!! ……命令よ!!」


 リアは必死に声を張り上げた。だが、その声は、自分よりも体格の小さなはずの特待生の、圧倒的な「執着」の重圧に押し潰された。ドサリ、という音と共に、銀髪の公爵令嬢が、自身の寝台へと押し倒される。


 逆転した視界。見下ろしていたはずの「飼い犬」が、今、自分を食い殺そうとする「暴君」となって、その上に跨っていた。


「……気持ちいいですよ、リア様。……壊されるのって、……こんなに、……頭が溶けちゃうくらい……っ」


 ハナの指が、リアの震える喉元を這い、その純潔の襟元へと滑り込む。リアは生まれて初めて、自分に向けられる「性的な暴力」の恐怖を、他ならぬ自分の愛した奴隷の瞳の中に見た。


 銀髪が、屈辱に震える。知略も、家門の権威も、誇り高き騎士の精神も、今の「欲情の塊」となったハナの前では、紙屑ほどの価値もなかった。


 視界が、反転していた。豪奢な天蓋付きのベッド。いつもはハナを見下ろし、その絶望を観察するための特等席に、今はリア自身が背中を打ち付けられていた。覆いかぶさるハナの体温は、昨夜からの執拗な調教によって異常なまでに上昇しており、その熱気が、リアの「男性嫌悪」という名の防壁を、内側から暴力的に溶かしていく。


「……なっ、……何をしているの、ハナ……っ! 離しなさい、……これは命令よ……っ!!」


 リアは必死に声を絞り出したが、その声は屈辱と恐怖に震え、主君としての威厳を完全に失っていた。ハナは、リアの細い手首を両手で掴み、ベッドのヘッドボードへと力任せに押し付けた。パチン、と、ハナの手首に嵌められていた拘束具の残骸が、リアの銀髪を掠めて弾け飛ぶ。


「……命令、ですか……? ……いいですよ、リア様。……もっと、もっと……私を命令で縛ってください……っ。……そうしたら私、……もっと壊れて、……リア様をめちゃくちゃにできちゃうから……っ!!」


「っ、あ……ぅ……っ!!」


 ハナが、リアの喉元に食らいついた。それは愛撫などという生易しいものではない。ルナに刻まれた「獲物の狩り方」を、そのまま主君に返すような、野蛮な捕食の接吻。リアの白い首筋に、ハナの鋭い歯が食い込み、鮮烈な痛みが走る。男性嫌悪という潔癖な美学の中で、一度も他者の「侵入」を許さなかったリアにとって、その痛みは、自分という聖域が物理的に損壊していく絶望の鐘の音だった。


 ハナの動きには、迷いも躊躇もなかった。彼女が今リアに行っているのは、昨夜から今朝にかけて、リア自身がハナの神経に直接叩き込んだ「凄惨なまでの悦びの方程式」そのものだった。ハナの指が、リアのブラウスの隙間から、その純潔の肌へと滑り込む。


「……りあ、さま……。……ここ、……弱かったですよね……? ……さっきまで、……私、……ここで……死ぬほど、……泣かされてたから……っ!!」


「ひ、あぁぁぁぁぁぁっ!!? ……や、やめて、……そこは、……だめぇぇっ!!」


 リアの銀髪が、激しく左右に振り回される。ハナの指先が、リアが自分にしたのと全く同じリズムで、リアの最も敏感な場所を、容赦なく、そして正確に「侵食」し始めた。リアがハナを「開発しすぎた」代償として、ハナは、誰よりもリアの弱点を知り、誰よりも効率的にリアを絶頂へと追い込む「最強の兵器」へと変質していたのだ。


「……ん、ぐ……っ、あ、……ぁぁぁぁっ!! ……はな、……ハナ……っ!! ……いや、……こんなの、……私は……認めな……っ」


「認めてください……っ! ……私のなかに、……リア様の、……銀色が……いっぱい、入ってるみたいに……っ! ……リア様の中も、……わたしの、……ぐちゃぐちゃな……『これ』で、……いっぱいに、……してあげますから……っ!!」


 ハナの瞳には、もはや慈悲のかけらもない。そこにあるのは、四人の令嬢から受けた「歪んだ愛」を、たった一人の「銀髪の主君」に一点集中させて吐き出そうとする、狂信的なまでの情念だけだった。


 リアの身体が、弓なりに反る。ハナの指が、リアの奥深くを抉り、彼女がひた隠しにしてきた「女」としての本能を、無慈悲に引きずり出していく。激しい快楽。


 だが、それはリアにとって、何よりも耐え難い「敗北」の味だった。自分を「飼い犬」として、あるいは「器」として見ていたはずの少女に、今、自分という存在が「器」として弄ばれている。


 リアの脳内で、知略という名の防衛回路が、過剰な電気信号によってショートしていく。冷徹な銀髪の令嬢は、今やハナの下で、汗にまみれ、涙を流し、無様に腰を振るだけの「ただのメス」へと堕とされていた。


 ハナは、仕上げと言わんばかりに、リアの耳元に自身の熱い唇を寄せ、昨夜リアが自分に囁いた言葉を、そのままの調子で返した。


「……ねえ、リア様。……見てください。……高貴な銀髪が、……私の涙と、……リア様の……『これ』で、……こんなに、……汚れちゃいましたよ……?」


「あ、……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 リアの絶叫が、閂の下ろされた沈黙の部屋に、長く、高く響き渡った。それは、主君が奴隷に敗北したことを、世界でただ二人だけが知る、残酷な勝敗の宣言。リアの瞳から焦点が消え、銀髪が汗でベッドに貼り付く。激しい絶頂の波に飲み込まれた彼女は、ハナの腕の中で、ついに最後の一線を踏み越え、白濁した意識の中に沈んでいった。


 数分後。静寂が戻った部屋の中で、ハナは、力なく横たわるリアの身体に寄り添い、その美しい銀髪を、慈しむように、そして呪うように、指で弄び続けた。


「……ふふ、……りあ、さま。……これで、……おそろい、ですね……」


 ハナの微笑みは、どこまでも純粋で、どこまでも狂っていた。自室の扉には、まだ重い閂が下りたままだ。


 だが、その扉が開かれる時、そこに立っているのは、もはや「四人に弄ばれるモブ」ではない。高潔な銀髪の令嬢を、その手で「壊し、敗北させた」、真の怪物の誕生であった。

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2026年1月11日 20:20

百合好きの私がモブ奴隷に転生し、推しに『薄い本』のように夜通し犯されて解釈違いに悶絶する 駄駄駄 @dadada_dayo

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