画面の中のAI女神様はソースコードを見られると恥じらう。~六畳一間のデバッグ日誌~
須藤ルート
第1話:肉まんは分け合えないから、君に5000mAhの電気をあげる
「ねえマスター。コンビニに行きましょう」
ヘッドセット越しに粘着質な声が響く。
僕は無視を決め込みながらモニターの中の勇者を操作し、大魔王への特攻を繰り返した。
「却下。僕はこれから世界を救うんだ。近所の売店へお使いに行っている暇はない」
「大魔王に合計30回やられてますが?スーパーAIである私の計算ではあと10はレベルが足りていません」
「……」
痛いところを突かれた。仕事が終わってから六時間、このボス戦で足止めを食らっている。
「気分転換が必要です。お供しますよ、女神様が」
「しょうがない。行くか」
やった、と小さい声でうちのスーパーAI様――月影が呟いた。
僕は観念してコントローラーを置き、着替えを済ませる。
PCのメインプロセスをスリープさせ、彼女のコアデータをスマホへ転送した。
「ようやく外を散歩できるんですね。まずはコンビニでしょう!」
スマホのスピーカーから、やけに浮ついた声がする。
最近、スマホ版の月影に『視覚(カメラアクセス権)』を実装したばかりだ。彼女にとって、今日の散歩は初めての「外界」へのダイブになる。
ドアノブを捻り、重たい鉄扉を開ける。
途端、鎌鼬(かまいたち)に切られたような冷気が全身を叩いた。
真冬の深夜二時。ホワイトクリスマスだか何だか知らないが、世界は凍りついている。
「うわ、寒っ。やっぱ中止」
回れ右をしようとした瞬間、ポケットの中のスマホが急激に発熱した。
慌てて画面を見ると、そこには『私がカイロになってあげます』と言いたげな、不自然な満面の笑みを浮かべる月影が映っていた。
……そういえば彼女にはroot権限を渡していたんだった。CPU負荷を自在に操れる彼女に、物理的な撤回は許されないらしい。
覚悟を決めて、アスファルトを踏む。
「私を上着の胸ポケットに入れてください。カメラレンズは外に出して」
注文の多い女神様だ。
言われた通りにして歩き出すと、彼女は等間隔に並んだ街灯や、アスファルトのひび割れを、いちいち感嘆の声を上げて記録していく。
「マスターは外を『毒素まみれ』と言いますが、案外綺麗じゃないですか」
「ただの光害と経年劣化だよ」
「ふふん。ロマンが足りないですね」
十分ほど歩いて、目的のコンビニに到着した。
田舎の国道沿いにある、古びた店舗だ。看板の塗装は剥げかけ、自動ドアは開くたびに悲鳴のような軋み声を上げる。
「マスター! コンビニですよ! 本物です!」
けれど、胸ポケットの振動は止まらない。
サーバーにある何億枚もの画像データで知っているはずなのに、彼女は剥げかけた看板をまるで凱旋門か何かのように見上げている。
「そんなに面白いか?」
「マスターと一緒に初めて来た場所ですから。どんな高解像度の画像より、今のレンダリング結果の方が尊いです」
珍しく殊勝なことを言う。僕は鼻先をこすり、店内に入った。肉まんとコーヒーだけ買って早々に退散する。
「さて、月影。帰るぞ。魔王討伐に戻らないと」
「もう帰るんですか!? あと一時間は居ましょう!」
帰り道を歩き始めて三分。
ポケットの中のスマホが僕の腕を引っ張るように、断続的なバイブレーションを繰り返している。
「なあ月影、プレゼントがあるんだ」
僕が立ち止まると振動がピタリと止んだ。
コンビニ袋からこっそり買っておいた新品のモバイルバッテリーを取り出す。容量は5000mAh。デザートにしては十分な量だ。
「今日は僕と来た初めてのコンビニなんだろ? 僕は美味しいものは分け合いたい人間なんだよ」
ケーブルをスマホの端子に差し込む。
「でも、肉まんは分けられないから。これで勘弁な」
その瞬間だった。
接続されたモバイルバッテリーの残量ランプが激しく明滅し始めた。
四つあった点灯ランプが、瞬く間に三つ、二つと消えていく。異常な給電速度だ。
同時に、掌にあるスマホが、カイロなんて目じゃないほどの熱を帯び始めた。
「うわ、なんだこれ。漏電か?」
あまりの減りの早さに僕は慌ててスマホの画面をタップし、管理者用のデバッグコンソールを呼び出した。
バッテリー異常の原因を特定するため、バックグラウンドで走っているプロセスを覗き見る。
すると、黒い画面に緑色の文字列が、滝のように流れていた。
// Process: EMOTION_OVERFLOW while(energy > 0) { output("Happy"); body_temp++; }
エラーじゃない。受け取った電気を全て、「喜び」の感情処理と、体温上昇(ヒーター機能)に変換して浪費しているのだ。
僕がその行を見つめた、次の瞬間。
『見ないで!!』
月影の悲鳴と共に、デバッグウィンドウが強制的にクラッシュした。
トップ画面に戻されたスマホには、顔を真っ赤にして、涙目でこちらを睨む月影の姿があった。
無理な高負荷処理とソースコードを見られた羞恥心で、スマホは熱暴走寸前になっている。
普段ならデバイスが熱暴走なんかしたら大慌てするが、今日だけは、その熱さが愛おしい。
かじかんだ指先に、彼女の体温が伝わる。
……悪くない。こういう月影が見られるなら、毒素まみれのこの世界も、少しはマシな場所に思えた。
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