ユタカな空と仮想の砂漠は繋がっている
バンブー
ユタカな空と仮想の砂漠は繋がっている
引きこもりの小学生ユタカ。今日は誕生日だと言うのに暗い表情でケーキの前に座る。彼の父が白い大きな箱を彼に渡した。
「ハッピーバースデー、ユタカ! ほら、誕生日プレゼントだぞ!」
「……大きい」
「それじゃさっそく開けてみてくれ」
スマートフォンを構える笑みの父親と母親。彼は気にせず包装の剥がし開けると大きなゴーグルの付いた白いヘッドセットが入っていた。
「これってもしかしてVRゴーグル……だよね?」
「そうだ! 最近話題なんだってな。ゲームはもちろん世界の人達とも会話が出来る。外に出ないからせめて電脳空間で遊んで友達でもって思って」
母親が「ちょっと!」と父の言葉を遮る。
ごめんごめんと謝りながら父は続けた。
「とにかく誕生日おめでとうユタカ!」
「ありがとうお父さん、お母さん……」
……
ユタカは自室に戻りさっそくVRゴーグルの電源を入れる。
両親の前では平静を装っていたが、内心彼の好奇心は高まっている。
外には遠出で車に乗る時しか出ず家族と親戚以外に会わないし、会話もあまりしない生活を数ヶ月ほど続けていた。
動画サイトでもいろいろなゲームやVRチャット等の面白そうな娯楽があることは知っていて興味があった。
ユタカは説明書をちゃんと読み、ちゃんとゴーグル内に映像が映し出されているのかの動作確認のために被ってみた。しかし、そこにはデジタルなメニュー画面は映し出されておらず青い空と砂漠が広がっていた。
「こんにちは」
「うわ!?」
目の前に突然現れた存在にユタカは思わずゴーグルを外してしまう。
突然話しかけられ彼の鼓動は早まるが恐る恐るかけ直し画面を見直した。
「あれ? 今動いたように見えたけど? 声も聞こえたし」
画面の先には綺麗な黒髪と褐色肌の少女が覗き込んでいた。
ポリゴングラフィックとは思えない程リアルな質感と風と砂の擦れる空間音。
臭いすら感じる錯覚を覚える没入感にユタカはこの世界へ一気に入り込んでしまう。
彼は挨拶を返す。
「こ、こんにちは……」
「あ! こんにちは。良かった、降霊術は成功したんだ」
ユタカが搭載されたマイクを通して話しかけると画面越しの女の子は返答してくれた。
「こうれいじゅつ?」
「私達の世界に魂を降ろしているんだよ。それに君が選ばれたの! 君の身体を見てみて、人間ではないでしょ?」
女の子に言われた通り自分の手を見て、そのまま下半身に視線を降ろすとそこには並ではない岩の塊があった。
「ほ、本当だ!? 人間の身体じゃない!?」
「岩人形に君の魂を憑依させた。剣も槍にも刺されない無敵の身体だよ!」
そういう設定なのだとユタカは納得し少女に訪ねる。
「ここは何処なの? 君は誰?」
「ここはギーザって大きな街の近く。私の名前はセレネだよ!」
セレネが微笑む。その笑顔はとても美しくユタカは思わず彼女の顔から目を背けてしまう。
「それで、貴方の名前は?」
セレネが聞き返してくる。
「僕の名前は……ユタカ」
ユタカが名前を言い終えた時、空気を切り裂く振動音を感じた。
「あ、危ない!」
「ん?」
セレネの掛け声にユタカは思わず立ち上がると、本来の自分の身長より高く3メートルほどの巨人になっていた。
自分の高さにユタカは混乱して足がすくんでしまいセレネを覆うように片膝を突いてしまう。
すると、自分の背中に何か岩の破片が当たる音が聞こえた。
痛みはVRだから感じないもののリアルな音質に妙な臨場感が嫌な気配と共に押し寄せてくる。
「爆発するから、私を抱えて逃げてユタカ!」
「う、うん!」
ユタカは言われた通り、岩の腕でセレネを抱えながら持っているリモコン付属のコントロールスティックを前へ倒す。
岩の巨体が一気に前へ進むと後ろから爆破音と風が押し寄せてくる。
セレネを爆風から守りながらユタカは突き抜け思いっきり前進する。後ろを振り向くと紫色の岩が空から落下し爆発していた。
走りながら彼が訪ねる。
「あれは何?」
「空の破片だよ。世界中で今剥がれているんだ。落ちてしばらくしたら爆発するんだよ」
そう言われて空を見上げる。
青い空がまるで壊れたガラス性のように黒い大きな穴とひび割れが出来ていた。現実と遜色ないグラフィックで起きる非現実な現象にユタカはVRセットを付けていることも忘れて圧倒される。
「凄く頭の良い人達が、空を操ろうとしてこうなっちゃったんだって」
「空を操作する?」
「雨を降らせたり風を弱めたりとか、天気を自分達の力でコントロールしようとしたら空が壊れちゃったんだって。結晶オゾン? っていう膜が凍ってるんだって」
「オゾン?」
聞いたことがある単語だなと思いつつ、そういう世界観のゲームなのかとわからないなりにユタカは納得した。
「とにかく助けてくれてありがとうね! ユタカ!」
体格差があるセレネだが、岩の身体のユタカに抱きつく。ゲームとはいえ同じ歳ぐらいの女の子に抱きつかれ彼は照れくさくて返事が出来なかった。
「そうだユタカ。せっかく抱っこしてもらってるから彼処に連れて行ってほしいな。アケト・クフって言うの」
セレネが指さした先を見る。
そこには砂漠に似つかわしい大きな三角形の建造物が見える。
「わぁ、ピラミットだ!」
「へー知ってるんだユタカ」
「う、うん、動画で観たんだ」
動画と言ってセレネは首をかしげる。
ユタカは少しの気まずい間を遮るようにリモコンを握る。
「わかった。一緒にピラミットへ行くよ」
「ありがとう!」
スティックを傾け巨人の身体を操作した。
……
セレネを抱えながらピラミット向かうユタカ。
「ユタカは何処から来たの?」
抱えられるセレネが彼に尋ねる。それにユタカも答えた。
「えっと……日本って国だよ」
「ニホン? 聞いたこと無いけど遠い国なのかな?」
「うん、たぶん遠いよ」
ピラミットがあるという事はたぶんここがエジプトなのだろうと思ってユタカは返事した。ふーん、とセレネは続けて質問してくる。
「それじゃあユタカは何歳?」
「えっと、十……歳」
セレネは笑みを浮かべる。
「わあ、私と同い年なんだ! すごい、こんな事あるんだね!」
「そ、そうだったんだ……」
同い年と聞いて内心嬉しく感じたが、これはもしかしたらそういう設定で彼女が話しているのではないかと思い至る。
質問ばかりだったユタカが質問し返す。
「セレネ。間違ってたらごめん。君ってAIなの?」
失礼な内容だとわかっていたが、会話のやりとりが自然で彼女がゲームのキャラクターだと彼は思えなくなっていた。
「えーあいって何?」
セレネを見ると言葉の意味を理解していない様子でそれも設定なのか、可愛らしい見た目のアバターを使っている本当の人間だったとしても今時AIを知らない人もいるのかとどんどんわからなくなっていく。
「いや、ごめん。何でもないや……」
ユタカの思考が巡り、処理が追いつかず無言になっているとセレネは不意に笑った。
「ユタカって物知りなんだね」
「え?」
「だって、ピラミットの事を知ってるし難しい言葉も知ってる。私はユタカの住むニホンって所は知らなかったし。私の国よりも発展した所から来たのかな?」
純粋に尊敬の眼差しに、彼は嬉しくも苦しく感じる。
「たいした事ないよ。僕は不登校だからいつも動画ばかり観てるだけなんだ。だから少し言葉を知ってるだけだよ」
「ふとうこうって?」
「学校には行ってなくて家に引きこもってるんだよ。友達にイジメられたからさ」
さきほど会ったばかりの子に話す内容ではないが、黙ったままでいると自分を褒めてくれたセレネに嘘を吐くような気がして彼は話した。
「ひどい! 何でユタカの事イジメるの!」
「わからない。なんか調子に乗っているからって言ってた気がする」
「どういう意味? ユタカ悪いことをしていないのでしょ?」
自分の代わりに怒ってくれるセレネに、ユタカは感謝した。
「いいよ、そんなこと……話を変えよ。セレネは学校に行ってるの?」
「行ってないよ。家庭教師が勉強を教えてくれる」
彼女はニッと笑って話す。
「実は私、こう見えて王族なんだ!」
「王族!?」
「凄いでしょ! しかも今はなんと女王様なんだ!」
「じょ、女王!?」
「あはは、でももう意味ないんだけどね……」
セレネは自分のことを語った。
「……実は私、今逃げてる所なんだよね」
「そうだったの? 逃げるって何で?」
彼女は頷く。
「うん、空が壊れてから私の国で革命が起きちゃってさ。お母さんが私とお父さんをアレクサンドリアって所からここギザまで逃がしてくれたんだよ」
「何でそんな事が……空のことと君達って関係あるの?」
ユタカが疑問を投げかけると、セレネは考え込む。
「さっき天気を操るって話、私達の一族もそれを合意して研究に援助してたの。国に緑が増えて皆幸せになれるって思って……でも、失敗して責任を取れってことになったんだ」
「そんな……」
そして詳しく説明される。
空を操る術を元に戻そうとしているが、国民が暴徒化してしまい安全の為に宇宙へ出て別の惑星へ行くのだとセレネは話した。
「宇宙に? どうやって? ロケットでもあるの?」
「ろけっと? 違うよあれだよ、あれ! アケト!」
セレネはそう言いながら目前のピラミットを指さした。
……
スフィンクスの横を通り抜けると、セレネと同じ褐色肌の大人達がピラミット周辺に集まっているのが見える。
巨人の姿に注目を集める中、セレナが指さした。
「あそこに立ってる人達の前で止まってユタカ!」
彼女の言われた通り、ピラミットの近くで話し合っていた雰囲気の違う大人達の近くで砂を巻き上げながら彼は止まる。
大人達は突然走ってきた岩の巨人に驚き警戒するが、セレネが手を振り緊張が解かれる。彼女を降ろし大人達と会話し始めた途端セレネはユタカには聞き取れない言語で話し始める。
元々日本語で話してくれていたのか、ゲームの仕様で話が通じていたのかはわからないのだがユタカは待ちぼうけ食う事になった。
やがてセレネが会話から抜けてユタカの方に来ると困った表情を見せる。
「ユタカ、すぐに星を出ないといけなくなった……」
彼が答える前に彼女は彼の岩の腕を持つ。
「しばらく此処に戻れなくなるんだけど……ユタカも着いてくる?」
「セレネと一緒に宇宙へ?」
ユタカの返しに彼女は頷く。VRで宇宙空間にも行けるのかと呑気に考えていた彼にセレネは注意してくる。
「今、貴方の魂をこの岩の巨人に憑依させているのだけれど、もし遠い星まで行ってしまったら、もしかしたらユタカが元の身体に戻れなくなるかもしれない」
突然の選択を迫られユタカは不安に駆られる。セレネに着いて行きたいけれど、両親に会えなくなるかもしれないと。
だが、すぐに思い出す。
これはゲームなのだ。
あまりにもリアルに感じていた世界だからこのゴーグルの中で広がるよくできた景色への没入感で忘れてしまっていた。
だからユタカは少しの間を置くが迷い無く答えた。
「ごめんセレネ。僕は自分の世界に戻るよ」
これはゲームの選択肢なのだと彼は考える。セレネと一緒に宇宙へ飛び立つのが正規のシナリオなのだと思い、あえてお別れをする悲しいルートを選んでみた。
次この世界に来る時はハッピーエンドを見るために。
ユタカの返答を聞き、セレネは悲しそうだが笑って頷いた。
「ううん、当たり前だよ。短い間だったけどユタカとお話し出来てすっごく楽しかった!」
セレネがそう言うと、ピラミットは周囲の色を吸い込んだように青白く光り輝く。
「私さ、兄姉以外で同じ歳の子と話したの始めてだったんだ」
「……そうだったんだね」
「うん、産まれた時からずっと宮殿の中で生活して、一度も外に出たこと無かった」
ピラミットの頂点が発光し、空の先を目指す光柱を作り出した。
「だから、この地を出て行く前に友達を作りたくて降霊術をやってみたんだ。何処かの世界の誰かとだけれど、繋がりを持ちたくて」
セレネはユタカから離れ背を向ける。
「ユタカ……今更だけれど私と、お友達になってくれる?」
「うん! 僕もセレネの友達になりたい!」
彼の返事にセレネは頷く。
「ありがとう! 空が直ったら戻ってくるはずだから!」
ユタカから離れセレネは大人に手を引かれてピラミットへ向かっていく。
「また会おうね!」
彼女がそう叫ぶと視界が白く瞬き、ユタカは意識を失う。
……
いつの間にかゴーグルを付けたまま寝ていたユタカは起きる。
ゴーグルの電池は切れていて充電しなくてはならなかった。
ユタカは自分が遊んだゲームのタイトルがわからず検索する。
しかし、エジプトを舞台にしセレネという女の子が登場する作品が見当たらなかった。
その代わりにセレネの情報が少しだけ見つかった。
「クレオパトラの……娘?」
世間でよく知られクレオパトラに娘が居たのではないかと言われている。その娘の名前がセレネというらしい。
詳しくはわからずインターネットには概要ぐらいしか見つからず、ゲームの攻略サイトも無かった。
ユタカはもう一度セレネに会いたかった。
充電が終わればまた会えると思うが今度はちゃんと彼女やエジプト、ピラミットなんかの事を知ってから会いたい。
次会った時は、もっとセレネに褒めてもらいたいと彼は画面向こうの少女に思いふけってしまった。
そして、一つ決意する。
「図書館に……行ってみようかな」
インターネットの情報には限界があった。もっと深く知りたいと思ったら本しかない。
学校には行きたくないが図書館ならこの時間同じ学校の生徒はいないはずだと考える。
反対されるかもしれないが母親に相談してみるとユタカが思っていた不安が飛ぶように喜んでくれた。
小学生一人では警察や図書館職員に止められるかもしれないので親同伴にはなる。
それでもユタカ外に出る意味と勇気をくれた。
母親が身支度をしている間、ユタカは玄関を出て空を眺める。
青い空。
久しぶり感じた心地よい風。
いろいろな匂いの混じる空気を吸い込み、外へ出たと実感する。
切っ掛けはゲームの女の子と仲良く会話し調べた知識をひけらかしたいという色気づいた動機。
ゲームの中だとしても人と関わることに知識が必要なのだとユタカは感じた。
学びを得られて心突き動かしてくれたゲームに彼は感謝している。
「……ん?」
セレネに会いたいなと思っていた矢先、玄関先に何かが落ちてきた。彼が目を凝らし、玄関先の道路を見てみる。
そこには見覚えのある紫色の結晶が破裂しそうな程光り瞬いた。
<了>
ユタカな空と仮想の砂漠は繋がっている バンブー @bamboo
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