異世界スポット派遣の最強フリーター ~1時間だけSランクの力を手に入れますが、定時なので帰ります(帰れない)~

他力本願寺

第1話:Sランク1時間、剣聖


「助けてくれ!」


 悲鳴が鼓膜を裂いた。

 見上げれば、視界を覆い尽くすほどの巨体。

 エンシェントドラゴンが、その凶悪な爪を振り上げている。


 狙いは、盾を砕かれて、地面にへたり込んだ一人の女騎士。

 美しい銀髪が土に汚れ、絶望で瞳が見開かれている。


 死ぬ。

 誰がどう見ても、コンマ数秒後に彼女は肉塊になる。


 ――ピロン。


 その刹那、俺の脳内にだけ聞こえる、気の抜けた通知音が鳴った。

 目の前に半透明のウィンドウがポップアップする。


┏━━━【緊急求人】━━━┓

■案件:Sランク・エンシェントドラゴン討伐/依頼主(ジャンヌ)の保護

■推奨スキル:剣聖

■稼働上限:01:00:00(延長不可)

■報酬:ドラゴンの牙、金貨50枚、経験値(大)

┗━━━━━━━━━━━━┛


(依頼主の個人名まで自動表示か。便利だが、プライバシーはザルだな)


「……条件よし」


 俺は迷わず、空中に浮かぶ【応募】ボタンに親指を押し付けた。


 カチッ。


 瞬間、全身に電流のような全能感が走る。

 俺の身体は、現代日本のフリーター・タスクから、歴戦の英雄へと書き換えられた。


 スキル【スポット(Spot)】、発動。


 俺は地面を蹴った。

 いや、蹴ったという自覚すらない。気づけば、ドラゴンの懐にいた。


 手には、いつの間にか握られていた白銀の聖剣。

 重さを感じない。まるで自分の指先のように馴染む。


「ギ、ガァ……ッ!?」


 ドラゴンが反応するより速く、俺は剣を閃かせた。

 一閃。

 たった一振り。


 轟音と共に、巨大なドラゴンの首が宙を舞う。

 噴き上がる血しぶきを、俺は最小限の動きで回避した。


 ズドォォォォン……!


 地響きを立てて、伝説級の魔物が絶命する。

 所要時間、わずか3秒。


「……あ……」


 腰を抜かしたままの女騎士――依頼主のジャンヌが、呆然と口を開けていた。

 俺は剣についた血を振るい落とし、鞘(これもセットで出現していた)に納める。


 残り時間、59分57秒。

 余裕すぎる。


「怪我は?」


 俺はジャンヌに近づき、膝をついた。

 彼女は震える声で答える。


「あ、貴方は……? エンシェントドラゴンを、一撃で……」


「質問はあとで。出血してるな」


 俺は懐から止血帯とポーションを取り出した。

 これも「剣聖セット」に含まれている支給品だ。


 テキパキと彼女の腕の傷に応急処置を施す。

 本来の業務は「討伐」だが、求人内容に「保護」も含まれている。

 依頼主(クライアント)が死んだら報酬が支払われない可能性があるし、何より後味が悪い。


「止血した。あとは本隊と合流して治療を受けてくれ」


「ま、待ってください! その剣技、その立ち振る舞い……貴方は一体……」


 ジャンヌの瞳が、熱っぽい光を帯びて俺を見つめてくる。

 あ、これ面倒なやつだ。


 俺は脳内のタイマーを確認した。

 残りは、まだ五十分以上。


 だが――ここから先は「仕事」じゃなくて「面倒」だ。

 名乗った瞬間、囲まれる。質問攻め。英雄扱い。最悪、王城へ連行。


 俺はフリーターだ。深夜残業も、正社員のような組織の囲い込みも御免である。

 タスク(仕事)は終わった。なら、さっさと切り上げるに限る。


 俺は立ち上がり、衣服の埃を払った。


「――時間なんで、上がります」


「え?」


「業務終了です。お疲れっしたー」


 俺は背を向け、歩き出した。

 ジャンヌが慌てて手を伸ばしてくる。


「待て! 名を! せめて名前を名乗れ!」


 その声を聞き流し、俺は物陰に入った瞬間に、ウィンドウの【完了(早退)】ボタンに指をかけた。

 規定時間内でも、仕事が終われば早退できる。――それが【スポット】の旨味(メリット)だ。


 ポチッ。


 フッ、と体が軽くなる。

 聖剣も、英雄の筋肉も、光の粒子となって消えていく。


 同時に、脳内にあのウィンドウが表示された。


┏━━━【業務完了報告】━━━┓

■案件名:Sランク・エンシェントドラゴン討伐/依頼主保護

■稼働時間:00:02:10(残00:57:50)

■依頼主評価:★★★★★

■獲得報酬:

 ・ドラゴンの牙×1

 ・金貨×50

 ・経験値(大)

 ・ジャンヌの重すぎる愛×∞

┗━━━━━━━━━━━━━━┛


「……ん?」


 報酬欄の最後にある、不穏な文字列に眉をひそめる。

 まあいい、実害はないだろう。たぶん。


 俺ことタスクは、異世界に来てもあくまでフリーターだ。

 正社員のような責任も、しがらみも御免である。


 今日も定時退社(ミッションコンプリート)。

 さて、次のバイトを探すか。


「……いない? 消えた……?」


 背後で、ジャンヌが呆然と呟く声が聞こえた。

 俺は一般人の足取りで、その場をこっそりと立ち去った。


────────────────────


【あとがき】

本編のタスクさんは無事に★5評価をもらえました。


もし「続きが気になる!」「定時退社うらやましい!」と思っていただけたら、この作品にも★レビュー(求人評価)とフォロー(指名)をいただけると、タスクの次の仕事(更新)のモチベーションになります!

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