創造神の孫、最強国家を建国す ~いつかスローライフを送ってみせる~

グリゴリ

プロローグ:神界の記憶

 温かな光に包まれて、俺は目を覚ました。


 いや、正確には「目を覚ました」という表現は正しくない。俺はずっと、この場所にいたのだから。


 ここは神界。全ての神々が住まう、人間界とは次元の異なる世界。


 俺の名前はユート。創造神アルティメアの孫として、この神界で生きている。いや、生きていた、と言うべきか。


 周囲を見渡せば、そこには見たこともないような美しい光景が広がっている。純白の大理石で作られた宮殿。天井は遥か高くにあり、そこから降り注ぐ光は、この世のいかなる宝石よりも美しく輝いている。壁には複雑な魔法陣が幾重にも刻まれ、床には金糸で織られた絨毯が敷かれている。


 空気そのものが、神聖な魔力に満ちていた。一呼吸するだけで、体の芯まで力が満ちていくような感覚。これが、神界の空気だ。


 俺は今、祖父である創造神アルティメアの膝の上に座っている。幼い子供の姿で。


「ユートよ、今日はどんな夢を見た?」


 祖父の声は、全てを包み込むような温かさに満ちていた。


 アルティメアは、この宇宙を創造した神。全ての神々の始祖であり、最高神として君臨する存在。その力は計り知れず、一言で世界の理すら書き換えることができると言われている。


 だが、俺の前にいる祖父は、そんな畏怖すべき神ではなく、ただ優しい老人だった。


 腰まで届く白い髪には、金色の光が混ざっている。その瞳は、全ての色を内包しているかのように、見る角度によって色が変わる。顔には深い皺が刻まれているが、それが逆に彼の持つ慈愛を際立たせていた。


「えっとね、祖父様。俺、人間界に行く夢を見たんだ」


 幼い俺は、無邪気にそう答える。


「ほう、人間界に?」


「うん! 色んな人がいて、色んな冒険があって、すっごく楽しそうだった!」


 祖父は優しく微笑みながら、俺の頭を撫でてくれる。その手は大きく、そして温かい。


「ユートは好奇心旺盛だな。それは良いことだ」


「でもね、祖父様。夢の中で、俺はすごく弱くて、誰かに助けてもらってばかりだったんだ」


 俺は少し寂しそうに俯く。


「それが悔しくて…俺、もっと強くなりたいって思ったんだ」


 その言葉を聞いて、祖父は何か考え込むような表情を浮かべた。そして、ゆっくりと口を開く。


「ユートよ、強さとは何だと思う?」


「えっと…誰よりも強い力を持つこと?」


「それも一つだな。だが、真の強さとは、他者を守れる力のことを言うのだ」


 祖父の瞳が、優しく俺を見つめる。


「力だけでは、真の強者にはなれない。大切なのは、その力を何のために使うかだ」


「誰かを守るため…」


「そうだ。お前は優しい子だ。きっと、素晴らしい強者になれるだろう」


***


 宮殿の奥から、美しい女性が歩いてくる。


「あら、ユート。今日も祖父様に甘えているのね」


 桜色を帯びた柔らかなプラチナブロンドの髪を、床に届くほど長く伸ばした女性。その髪には、小さな花の飾りが幾つも絡まっている。優しいエメラルドグリーンの瞳は、見ているだけで心が安らぐような慈愛に満ちていた。


 慈愛の女神メルシア。俺の祖母だ。


「おばあ様!」


 俺は祖父の膝から降りて、祖母に駆け寄る。


「うふふ、よしよし」


 祖母は俺を優しく抱きしめてくれる。彼女の腕の中は、この世で最も安全で、温かい場所だった。


「ユート、今日のお勉強はもう終わったの?」


「うん! 魔法制御の訓練、ちゃんとやったよ!」


「偉いわね。では、ご褒美にクッキーを焼いてあげましょうか」


「やったー!」


 祖母の作るクッキーは、この世で一番美味しい。魔法で作られた特別なクッキーで、食べると体中に力が満ちてくる。


 だが、それ以上に嬉しいのは、祖母が俺のために作ってくれるということだった。


***


 宮殿の訓練場では、父と母が剣の稽古をしていた。


「はああああっ!」


 父グランディオスの気合の入った掛け声が、訓練場に響き渡る。


 戦神グランディオスは、全ての武を極めた神。その剣技は、神界でも五指に入ると言われている。身長は198センチメートルもあり、筋骨隆々とした体は、まさに戦士そのものだった。短く逆立てた深紅の髪は、燃える炎のよう。金色の瞳は、戦闘時には赤く輝くという。


「あなた、そんなに本気を出したら訓練場が壊れてしまいますわ」


 母エリディアが、呆れたような、それでいて愛情に満ちた声で言う。


 知恵の女神エリディアは、全知の力を持つ神。その美しさは神界でも随一で、腰まで届く神秘的な紫の髪は、光の加減で青や紺に見える。紫水晶色の瞳には、常に知恵の光が宿っていた。


「すまん、つい熱くなってしまった」


 父は照れくさそうに笑う。普段は厳格で強面の戦神も、母の前では素直になる。


「父上、母上!」


 俺が声をかけると、二人はこちらを向いて微笑んだ。


「おお、ユートか。今日の訓練はどうだった?」


「うん、すごく上手くいったよ!」


「そうか、よく頑張ったな」


 父は俺の頭を、大きな手で豪快に撫でる。少し痛いけど、それが嬉しい。


「ユート、今日は魔法理論の勉強をしましょうか」


 母が優しく提案する。


「うん!」


 母の魔法理論の授業は、いつも面白い。難しいことも、母が教えてくれれば、すぐに理解できる気がする。


***


 授業が終わり、俺は宮殿の庭で一人、魔法の練習をしていた。


 手のひらに魔力を集中させる。光の玉が、ゆっくりと形成されていく。


「もっと…もっと安定させて…」


 集中する。呼吸を整える。魔力の流れをコントロールする。


 母に教わった通りに、一つ一つの手順を丁寧に踏んでいく。


「できた…!」


 手のひらの上で、安定した光の玉が輝いている。


「すごい、ユート様!」


 背後から声がした。


 振り返ると、そこには銀髪の少女が立っていた。


 腰を超える長い銀白色のストレートヘア。深紅の瞳。そして、どこか凛々しい顔立ち。だが、今は可愛らしく微笑んでいる。


「アルティナ!」


 武の女神アルティナ。俺の世話係であり、幼馴染だ。


 彼女は俺よりも少し年上に見えるが、実際の年齢は数百歳は離れている。神々の年齢感覚は、人間とは大きく異なるのだ。


「今の魔法、とても綺麗でした」


「えへへ、ありがとう」


 アルティナは、いつも俺のことを褒めてくれる。そして、いつも心配そうに見守ってくれる。


「アルティナも、一緒に練習する?」


「いいんですか?」


「うん! 一緒の方が楽しいし」


 俺がそう言うと、アルティナは嬉しそうに微笑んだ。


「では、お言葉に甘えて」


 二人で並んで、魔法の練習を始める。


 アルティナの魔法は、俺とは違って戦闘的だ。光の剣を生成したり、魔力の弾を放ったり。さすがは武の女神だと思う。


 だが、彼女は俺に合わせて、優しい魔法を使ってくれる。


「ユート様は、本当に魔法の才能がありますね」


「そうかな? アルティナの方がすごいよ」


「いえ、私は戦闘の魔法しか使えませんから。ユート様のような、多彩な魔法は使えません」


 彼女は少し寂しそうに笑う。


「でも、戦闘の魔法もかっこいいよ。俺も、いつかアルティナみたいに強くなりたいな」


 その言葉を聞いて、アルティナの顔が少し赤くなる。


「ユート様…ありがとうございます」


 彼女の声は、いつもより小さかった。


***


 夜になり、俺は自室のベッドに横になっていた。


 天井には、無数の星が映し出されている。神界の魔法で作られた、本物のような星空だ。


 今日も、楽しい一日だった。


 優しい祖父母、厳しくも愛情深い父母、そして幼馴染のアルティナ。


 俺は、とても幸せだった。


 だが——


 胸の奥に、何か引っかかるものがあった。


 この幸せは、永遠に続くのだろうか。


 いや、続かない。


 俺には、分かっていた。


 夢で見た人間界。あの世界には、苦しみも悲しみもあった。だが、それでも人々は必死に生きていた。


 俺は、その世界を見てみたい。


 神界の安全な場所で守られているだけじゃなく、自分の力で生きてみたい。


 そして——


 本当の強さを、手に入れたい。


***


 翌日、俺は決意して、祖父の部屋を訪れた。


 ノックをすると、中から祖父の声がする。


「入りなさい、ユート」


 扉を開けると、祖父は書斎の椅子に座って、何か古い書物を読んでいた。


「祖父様、お話があります」


「ああ、座りなさい」


 俺は祖父の前に座る。深呼吸をして、勇気を振り絞る。


「祖父様…俺、人間界に行きたいんです」


 その言葉を聞いて、祖父は書物から目を離し、俺を見つめた。


 その瞳には、驚きはなかった。まるで、全てを予見していたかのような、穏やかな表情。


「…そうか」


「はい。俺、人間界で、本当の強さを学びたいんです」


「本当の強さ、か」


 祖父は立ち上がり、窓辺へと歩いていく。そこから見える景色は、神界の美しい庭園だった。


「ユートよ、人間界は神界とは違う。そこには、苦しみも悲しみもある。お前が想像する以上に、厳しい世界だ」


「分かっています。でも…だからこそ、行きたいんです」


 祖父は振り返り、俺を見つめる。


「なぜだ? ここには、お前を愛する家族がいる。安全で、幸せな場所だ」


「それは、分かっています。でも…」


 俺は拳を握りしめる。


「誰かに守られるだけじゃなく、誰かを守れる強さが欲しいんです。自分の力で、困っている人を助けたいんです」


 祖父は、長い沈黙の後、深く頷いた。


「…お前は、本当に優しい子だな」


「祖父様…」


「分かった。お前の願いを叶えよう」


「本当ですか!」


 俺は立ち上がって、喜びを露わにする。


 だが、祖父の表情は、どこか寂しげだった。


「ただし、試練は厳しいぞ。人間界での生活は、決して楽ではない。それでも行くか?」


「はい! 必ず、乗り越えてみせます!」


 祖父は優しく微笑む。


「そうか…では、準備をしなさい。転生の儀式は、明日行う」


***


 その夜、俺は家族全員に、人間界へ行くことを伝えた。


「ユート、本当に行くのか?」


 父グランディオスは、厳しい表情で問いかけてくる。


「はい、父上」


「…そうか」


 父は少し考え込んだ後、俺の肩に手を置いた。


「なら、一つだけ約束しろ」


「はい」


「強さとは、他者を守るためにある。それを忘れるな」


「忘れません」


 父は力強く頷く。


「お前なら、必ず立派な強者になれるだろう」


 母エリディアは、俺を優しく抱きしめた。


「ユート…寂しくなりますわ」


「母上…」


「でも、あなたの決意は固いのですね」


「はい」


 母は涙を堪えながら、微笑む。


「なら、母として応援しますわ。どんな時も、あなたのことを見守っています」


 祖母メルシアは、俺の頭を優しく撫でながら言った。


「ユート、辛いことがあったら、いつでもおばあ様のことを思い出してね」


「うん…」


「あなたは一人じゃない。いつも、家族が見守っているのよ」


 祖母の温かさに、涙が溢れそうになる。


***


 最後に、アルティナに会いに行った。


 彼女は庭園で、一人佇んでいた。


「アルティナ」


 俺が声をかけると、彼女はゆっくりと振り返る。


 その瞳には、涙が浮かんでいた。


「ユート様…本当に、行ってしまわれるのですね」


「…ああ」


「寂しいです…」


 アルティナは俯く。


「ずっと、ずっと一緒にいられると思っていました。でも…」


「アルティナ…」


「でも、ユート様の決意を、私は止められません。それが、ユート様のためになるのなら」


 彼女は涙を拭い、俺を見つめる。


「だから、約束してください」


「約束?」


「必ず、戻ってきてください。私、ずっと待っています」


 彼女の声は震えていた。


「何千年でも、何万年でも…ユート様を待っています」


 俺は彼女の手を握る。


「約束する。必ず、帰ってくる」


「ユート様…」


 アルティナは俺を抱きしめた。


 その腕は震えていて、涙で俺の服が濡れる。


「大好きです…ユート様…」


 小さな、小さな声。


 だが、その言葉は確かに、俺の耳に届いた。


***


 翌日、転生の儀式が執り行われた。


 神界の中央、創造の祭壇。


 そこには、祖父アルティメア、祖母メルシア、父グランディオス、母エリディア、そして多くの神々が集まっていた。


 俺は祭壇の中央に立つ。


「ユートよ、準備はいいか?」


 祖父が問いかける。


「はい」


「では、始めよう」


 祖父が手を掲げると、祭壇全体が光に包まれる。


 神々が詠唱を始める。古代神代語による、転生の儀式。


 光がどんどん強くなっていく。


 体が浮き上がる感覚。


 魂が、肉体から離れていく。


 その時——


「待て!」


 突然、邪悪な気配が祭壇を包んだ。


 光が歪む。


 闇が、空間を切り裂いて現れる。


「暗黒神!」


 祖父が叫ぶ。


 闇の中から、一人の神が姿を現した。


 漆黒のローブを纏い、顔は闇に覆われて見えない。だが、その存在感は、圧倒的な邪悪さに満ちていた。


 暗黒神ニクス。


 創造神アルティメアの双子の弟にして、全ての闇を司る神。


「ニクス、何のつもりだ!」


 祖父が一歩前に出る。


「フフフ…何のつもりもないさ、兄上」


 ニクスの声は、憎悪に満ちていた。


「ただ、創造神の血を引く者が人間界に行くと聞いて、祝福に来ただけだ」


「祝福? 嘘を言うな!」


「嘘ではない。私からの、心からの祝福だ」


 ニクスは俺を指差す。


「創造神の孫よ、お前に我が呪いを与えよう!」


「やめろ、ニクス!」


 祖父が制止しようとするが、遅かった。


 ニクスの手から、漆黒の光が放たれる。


 それが、俺の魂に直撃する。


「がっ…!」


 体中に、激痛が走る。


 魂が、闇に蝕まれていく。


「我が呪いを受けよ! 貴様は人間界で、決して認められることなく、虐げられ続けるだろう!」


「その力は封じられ、誰からも愛されず、孤独に生きるのだ!」


「そして最期は、絶望の中で死ぬがいい!」


 ニクスの高笑いが響き渡る。


「ユート!」


 家族の声が聞こえる。


 だが、もう意識が遠のいていく。


 最後に見えたのは、祖父の悲痛な表情と、アルティナの涙に濡れた顔だった。


***


 そして——


 俺は、闇の中に落ちていった。


 永遠にも思える時間。


 体も、心も、全てが闇に包まれる。


 だが、その闇の中で、俺は誓った。


(この呪い…必ず、乗り越えてみせる)


(俺は負けない)


(絶対に…!)


 そして、一筋の光が見えた。


 遠く、遠く。


 だが、確かにそこにある光。


 俺は、その光に向かって手を伸ばした。


***


 気づけば、俺は暖かいものに包まれていた。


 誰かの腕の中。


 目を開けると、美しい女性の顔が見える。


「おめでとうございます、奥様。元気な男の子です」


 誰かの声。


 そうか。


 俺は、生まれたのか。


 人間界に。


 だが、すぐに気づいた。


 体の中に、黒い何かが蠢いている。


 暗黒神の呪い。


 確かに、俺の魂に刻まれている。


 この呪いは、俺の人生を地獄に変えるだろう。


 だが——


(俺は負けない)


 幼い体で、拳を握りしめる。


(必ず、この呪いを乗り越える)


(そして、約束を果たす)


 アルティナとの約束。


 家族との約束。


 そして、自分自身との約束。


(待っててくれ、みんな)


(俺は必ず、強くなる)


 こうして、俺——ユート・ウォーカーは、人間界での生活を始めた。


 だが、待っていたのは、想像を絶する地獄だった。


 暗黒神の呪いは、俺を徹底的に不幸にした。


 家族から愛されず、虐げられ、そして——


 12歳の誕生日に、追放される。


 だが、それでも俺は諦めなかった。


 なぜなら、俺は知っているから。


 この試練の先に、本当の強さが待っていることを。


 そして、いつか必ず——


 家族の元に帰れることを。


***


 遠い神界では、アルティナが毎日、水晶球を覗き込んでいた。


 そこに映るのは、人間界で苦しむユートの姿。


 虐げられ、傷つけられ、それでも必死に生きる姿。


「ユート様…」


 涙が溢れる。


 だが、彼女は見るのをやめない。


 どんなに辛くても、ユートを見守り続ける。


「必ず…必ず、お待ちしています」


 その声は、誰にも届かない。


 だが、確かに彼女の心には、強い決意があった。


 何千年でも、何万年でも。


 愛する人を、待ち続けると。

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