第1話
魔女殲滅部隊。
その名の通り、魔女を殺すために編成された部隊。
任務対象に指定された存在を確認し、殺す。ただそれだけだ。
別任務でも魔女が確認された場合即座に抹殺することが定められている。
王国軍の中でも異物扱いされる理由は単純で、魔女殲滅部隊は少数精鋭を前提としているからだ。魔女との戦闘に数は意味を持たない。
部隊は皆何かしらの特異な力を有しているため、雑兵が増えれば増えるほど、足手纏い。部隊は最大でも5人。それ以上人員は特例だ。
魔女殲滅部隊は第八まで存在し、俺はその第八殲滅部隊所属。
実際にやっていることは、前線に放り出され、後始末と尻拭いを任される役目。
魔女を狩るだけでなく、歪獣も狩る。
人も獣も魔女も、神すらも、任務であれば誰でも殺しにいく便利な掃除屋。それが俺達だ。
今回の魔女との遭遇時も王国軍の先行部隊護衛として配置されただけ。
現実は俺を除いて全滅したわけだが。
肩書ほど、楽な仕事じゃない。
――でもだからこそ、生き残っている奴は全員何処かイカレてる。
◇
まだ焦げ臭い。
瓦礫の隙間を踏み越えながら、無意識に鼻で空気を確かめていた。焼けた肉と血液が混ざった、嫌になるほど覚えのある匂いだ。
(ここを灰冠の魔女が通ったのか…?)
匂いに顔を顰めていると、背後から歪獣の咆哮が聞こえてくる。
音の大きさからしてここから数分の場所。
(……この地点まで歪獣が進行している、想定よりも早い)
歩調を落として、導器を持つ右腕を少し下げる。指先に残る微かな痺れ。さっきまで全力で魔力を流していた反動だ。
深呼吸を一つ。
胸の奥で、心拍がまだ早いまま跳ねている。
適度の緊張を保てない者から体力が削られる、そうだと分かっていても魔女との戦闘の余韻が抜けなかった。
(……クソ)
逃げられた、殺し切れなかった。
あの状況、二度もあんな幸運はない。次に会った時は、上空からの一方的な炎球で死ぬ。灰冠の魔女の火力は異常だ、あの火力が一方的に空から雨のように降ったらと思うと寒気がする。
警戒されて、同じ手はもう取れないだろう。
その事実が、じわじわと遅れて重くなっていった。
仲間との合流地点は、半壊した旧監視塔。
冷えた空気と、人工的に抑え込まれた魔力の気配が広がる。ここまで近づけば分かるが遠くからの魔力探知には引っかからない魔女部隊の仲間が作ったお手製の結界導器。兵士が監視塔から周囲を警戒し、下で態勢を整えているはずだ。
(本隊は、もう張ってるいるな)
魔女殲滅部隊の結界導器は、やはり無駄がない。
魔力の流れを最小限に抑え、外からは何もない空間に見えるよう作られている。
天幕の入口付近に立っていた兵士が、俺を視認した瞬間に槍の切っ先をこちらへ向けてくる。
「所属を明かせ」
「……第八だ」
それだけで通じる。
ここにいる第八魔女殲滅部隊は三人。
一人は敵の偵察へ、もう一人はここで指揮と怪我人の治療。
魔女殲滅部隊の証である彫を兵士に見せると安堵の息を吐いてから俺を通してくれる。扉を開けると簡易照明に照らされた空間が広がっていた。
地図、補給箱。負傷者はいないが全員がどこか張り詰めた顔をしている。
それもそうだ、魔女部隊にとっては慣れたことだが歪獣王種の討伐。それと同時に魔女を見つけ次第狩るという任務。
緊張がない方がおかしい。
「お、グリムじゃ~ん」
この場に似つかわしくない、能天気な声がした。
振り向くと、そこにいたのはベルだった。ベル、第八魔女殲滅部隊所属の男。
指揮系統はこいつが握っているが如何せん信用出来なそうな印象を持たれる男。その能力は確かなのだが、魔女部隊以外の連中からはいまいち信頼されていないかわいそうな奴だ。
こいつの性格を見れば自業自得だが。
「なんだ、生きてるじゃ~ん」
「……生きてちゃ悪いか?」
ベルムは肩をすくめながら呑気に携帯食を頬張っている。
「そんなわけないじゃ~ん! 僕は君が生きていてくれて嬉しいよグリム、戦友を亡くすなんて僕には耐えられない」
「……」
わざとらしく泣く真似をするベル。
「……で、本音は?」
「君が死んだら誰が僕を守るんだい?」
暇があったらふざける、それがこの男のやり方だ。
ほら周りの連中の顔を見て見ろよ、呆れを通り越した顔でお前のこと見てるぞ。
俺は呆れのため息を一つ吐き、話を切り出す。
「……状況を話すぞ」
最初から順を追って説明した。
灰冠の魔女との遭遇、先行部隊の全滅。逃走、殺し合い。
首を落としかけた瞬間の、歪獣大型種の乱入。
話しながら、頭の中で光景が再生される。
――怯んだ魔女の瞳。
――魔女の首を断とうする時の剣の感触。
――そして、遮るように割り込んできた歪獣。
「……それマジ?」
「ああ、導器の一撃でな」
ベルの眉が、わずかに動いた。
今度はベルが俺に呆れた顔を向けている。
「いやそっちじゃなくて魔女の方。頭おかしいんじゃない、君? 普通死ぬよ? ……それで、魔女は?」
「その隙に逃げた。大型種の衝撃で視界が潰れたのを上手く使われた」
沈黙。
ベルは地図に視線を落とし、指で一箇所をなぞった。
「灰冠の魔女ねぇ……」
小さく、吐息のように言う。
「記録は九年前、災厄じみた魔力反応を残して全てを灰にした魔女。潜伏の可能性があるって報告はあったけどまさか本当にいるなんてね」
「同感だ、歪獣王種の発生地点潜伏するという考えがぶっ飛んでる」
そう言い、無意識に自分の首元に触れた。さっきまで、魔女に刃が走るはずだった箇所。
「けれど、魔女は逃げた。深追いはまずい、ここは王種の方を優先して殺すか?」
「……いや」
ベルは、逡巡ののち言う。
「恐怖を覚えた魔女は、手段を選ばなくなるか……恐怖に支配されて、戦う気力がなくなるかのどちらかさ。それが格を得てる存在なら、なおさらね」
一瞬、静寂が落ちる。
ベルは軽く地図を叩き、ある地点を指さす。
「次の任務だよ、グリム。第一任務目標は変更なし。歪獣の王格個体」
地図に記された名。
「――
重く、短い呼称。それだけで、場の空気が締まる。
先程まで呆れた顔をしていた兵士も歪王の名を出されると緊張するしかない。己の命がかかっているのだから。
「君は、灰冠の魔女を追ってくれ」
「……了解」
「歪王の件は、僕達が削る。けど、君が片付けられる状況になったら躊躇しないでくれよ?その分、僕らの苦労が減るんだから」
グリムは一瞬だけ考え、頷く。
「魔女を殺し、その後に王を喰う」
ベルは、わずかに口角を上げて笑う。
「そゆこと!後でシェディの方にも伝えておいてくれ。もう帰ってきてるはずさ――僕達は、何度もこうしてきた」
その後も詳しい連絡事項と魔女捜索の前にやって欲しいことを言われて天幕を出ると、冷たい夜風が頬を撫でた。
補給兵から食料をもらい、椅子に座って一息つく。
水を呷りながら空を見上げる。
星は光を放っていない、見えるのは血のように赤い空だけ。昼も夜もここでは区別がつかない。
どこまでも濁った赤。
雲は低く垂れ込み、風は吹いているのに、空気だけが澱んでいる。足元には踏み固められた土。所々に黒い染み、乾ききらなかった血らしきものがある。
さっきまでここにいた兵たちは、すでに配置についているか、あるいは戻ってこないかのどちらかだろう。
遠くで何かが軋むような音がした。
木か、地面か、それとも別のものかは分からない。
だが、この音を自然現象だと思えるほど、俺は楽観的じゃなかった。
背後で、天幕の布がわずかに揺れた。誰かが出てくる気配はない。
それでも、気配だけは確かにある。
無意識に、剣へ手をかけていた。
腰かけていた椅子から自然な動きで立ち上がり周囲を警戒する。この場所とはいえ魔女部隊が張った隠蔽が施されている、少なくともまだ安全なはずだ。けれど物事に絶対はない。
(……俺の読みが正しければ、)
その時だった。考えるより先に体が動く。
半歩踏み込み、剣を抜く。
カン、と短い金属音。弾かれた短剣が空を回り、地面に突き立った。
刃は細身。余計な装飾はなく、闇に溶け込みやすいように色は黒く統一されている。
見覚えがある得物。
「……相変わらず反応だけはいいわね」
赤い空を背に、影が一つ、形を成す。
天幕の陰から、ぬるりと現れるように。
……シェディ。第八魔女殲滅部隊所属の、魔女狩り。この場にいる魔女部隊の最後の一人。
細身の体に軽装鎧を纏い、その上から黒い外套を羽織っている。
腰や太腿をはじめ、体の至るところに短剣を散らすように帯びていた。
いつも思うが歩き方が静かすぎる。足音がない、彼女に気付けたのは似た気配を俺が覚えていたからだろう。余りにも、彼女がいる場所だけが何もなさ過ぎた。
剣を鞘に納めながら、少し顔を顰めて不満を顔に出す。
「殺す気か、シェディ」
「ただの確認よ、確認」
シェディは肩をすくめ、「別にアンタなら大丈夫だったでしょ?」とでも言いそうな顔だ。手に持っていた短剣を手で遊ばせながらこちらに近づいてくる。
「敵だったら、あの位置から首を狙ってたし、背後から殺してたわ。アンタなら、弾くと思っただけ」
「信用されてるのか、舐められてるのか分からないな」
「両方」
即答だった。
小さく鼻を鳴らし首尾を問う。
「偵察は?」
「終わったわ」
それだけ言って、シェディは空を見上げた。
赤い雲を、嫌そうに眺める。
「ベルの読み通り。あの王種、動いてるわね。速度は遅いけど、進路は一直線」
「奴の護衛は?」
「歪獣混成。数は多いけど、統率は雑。……でも、嫌な感じよ。間違いなくアレは知性があるわ。真っ直ぐ王国に向かってるもの」
シェディがそう言うときは、大抵当たる。
彼女は感覚派だ。理屈より先に、危険を嗅ぎ取る。シェディの勘で危険を避けられた瞬間は幾つもある。
「魔女はどうだった」
「いなかったわ。少なくとも、その周囲には」
少しだけ会話の間が空く。
「……何、魔女に遭遇したの?」
シェディが、何気ない調子で言った。
「ああ」
「……成程ね、それで? だとしても何でそんな顔してるわけ?」
シェディから視線を逸らす。それだけで気付いたらしい。
真面目な顔から瞬時にこちらをからかう顔になり、煽ってくる。
「……あぁ~!逃がしたんだぁ~?」
「五月蠅い」
「アッハハハ、アンタが逃がすなんて珍しい~!!」
シェディはそれ以上何も聞かなかった。
ひとしきり笑い、短剣を弄びながら代わりにこう言った。
「まあ、アンタらしいわ」
「どういう意味だ」
「詰めきらないところよ」
言い方は軽いが、棘はある。
それでも、責める調子ではなかった。
「……で?」
シェディはグリムを見る。
「今回はどっちを先に殺すの?」
「魔女だ」
「即答ね」
「迷う理由がない」
王種を放置すれば、戦線そのものが崩れる。そして確実に国を滅ぼす。
だが歪獣と違い、魔女は逃げる。
王種はベルに任せ、今度こそあの魔女を狩る。それが今の優先順位。
「二人で行く?」
「他に選択肢があるか」
シェディは「ないわね」と小さく笑った。
「それで、魔女は異名持ち?無名? まさか情報にあった
からかう顔のまま、聞いてくるシェディに沈黙を返す。
俺の沈黙で状況を悟ったのだろう、少し呆けた顔をして固まる。
「……嘘でしょ、まさか本当にいたの? 王種が出現したこの地域に?」
「ああ、それで俺が護衛についていた先行部隊が全滅した」
資料に書かれていた特徴と一致するから間違いないと、付け足す。
それを聞いて頭を抱えるシェディ。
「ガルガスの災厄、あれを起こした魔女がここにいるですって? それならまともに殺り合えるのアンタしかいないじゃない。……まぁ、私も工夫によっては戦えるけど……」
「ちなみに、報告にない飛行系統の魔法を使用していた」
「……じゃあ、私は戦力外ね。空中で斬り返せるアンタはともかく私は足場がないと無理。あ~あ、やだやだ。また私はアンタの補助かぁ」
彼女が一歩前に出る。
気が付いた時には、既に森の入口に彼女は立っていた。
――加速の魔紋。
シェディに発現した力。
己の体と、接触している物体に加速を付与する魔紋。彼女曰く、まだ本気の速度は出したことがないという。加速の応用がよく効くらしく、瞬時に止まれたり加速の力を調整することも出来るらしい。
刻まれているのは一つだけ。だが、その一つが極端だ。
常人なら、肉体が先に壊れる速度。体の強さでいえば彼女より強い生物を俺は知らない。灰冠の魔女でさえ、彼女を倒すのは難しいだろう。彼女は、壊れない。
出自が特殊な彼女は常人より遥かに体が強い。それこそ異常な速度の中で肉体が壊れない程に。
(……まぁ、境遇が特殊じゃない方が魔女部隊に少ない)
「……ねえ、グリム」
シェディが空を見上げていた。
沈黙を保ったまま顔だけ彼女へ向ける。
「今回も生きて帰れると思う?」
「…………さぁな」
「即答しないんだ」
「考えるだけ無駄だろ」
彼女は、くすりと笑った。
「確かに」
仲がいいのか悪いのか、本人たちにも分からない。
ただ、背中を預けることに躊躇はない。既にいくつも共に死線を越えている、戦友だ。
「準備は?」
「もちろん、出来ている」
「嘘」
全てが万全でないことを見抜かれて体が少し強張ったがそれも当然か、自分でも気が付かない細かい所もよく見ているのが彼女だ。
「……魔力がまだ回復してない、だが戦闘は可能だ」
「正直でよろしい」
微かな風が抜け、シェディの銀色の髪が静かに揺れた。
天幕の隙間から漏れる薄暗い光を受けて、淡く反射するその髪は血と煤の匂いが残るこの場所には、ひどく不釣り合いだった。
シェディは短剣を一度だけ確かめるように見つめ、刃を返して逆手に持ち替えると、滑らかな所作で鞘へと収める。金属が擦れる、乾いた音が短く響いた。
「じゃ、行きましょ」
天幕を離れ、二人で歩き出す。
足元にはやはり乾ききった血の痕跡が広がっていた。
「あ、そういえばアンタが弾いた短剣回収しといて」
……本当に背中を預けて大丈夫か?これ。
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