第8話 だけどテンプレのトラブルは避けられない

案の定だった。


ギルドの重厚な扉を開けた瞬間、酒の匂いと男たちの怒号が俺を包んだ。

カウンターへ向かおうとした俺の肩に、わざとらしい衝撃が走る。


「おい、てめえ。どこ見て歩いてんだ?」


振り返ると、そこには酒臭い息を吐き散らす大男が立っていた。

俺の肩にわざとぶつかっておいて、手にしたエールを自分の服に少しだけこぼしている。

絵に描いたような、あまりにも古典的な因縁のつけ方だ。


「あーあ、お気に入りの服が台無しだ。どう落とし前つけてくれるんだ、あぁ?」


テンプレだ。

あまりにも完成された、様式美すら感じる絡まれ方だ。予想通りの展開に少し皮肉な笑みが出てしまった。


「何をニヤついてんだ、この野郎!」

男は大きく振りかぶって俺に殴りかかった。


いわゆるテレフォンパンチってやつだ。俺は余裕を持って避ける…つもりだった。

しかし足を踏み出した場所が、よりによってさっきこの酔っぱらいが酒をこぼした場所だった。

俺がバランスを崩したところに、酔っぱらいのパンチがヒットした。


頬に衝撃が走り、視界が回転した。


続いて肩に衝撃が走った。どうやら倒されたらしい。

口の中に鉄の味が広がった。


しかしあんな大ぶりのパンチを喰らったにしては、意識ははっきりしている。予めバランスが崩れていたので、パンチの力を受け流す事になったからだろう。

俺の視界には、パンチを放った男が勢い余って、近くのテーブルに突っ込んで行くのが映った。


バキバキ

ガシャーン


テーブルは足が折れてひっくり返り、その上にあったジョッキや皿が、床に落ちて割れた。


「てめえ! 何しやがる」

「この、クソ酔っぱらいがあ!」

これは、そのテーブルで酒を飲んでいた男達のセリフ。


そのうちの一人が、床に倒れて起きあがろうとしていた酔っぱらいの胸ぐらを掴み、引き起こそうとする。


「うるせえ!」


しかし酔っぱらいは、起きようとして自分の体重を支えていた両手を使って、胸ぐらをつかんでいた男の腕を掴んだ。当然男の上半身は再び床に倒れ込む。

そして胸ぐらを掴んでいた男もそれに引きずられるようにバランスを崩す。勢いが良かったのか、酔っぱらいが、自分の胸ぐらを掴んだ男を後ろに投げ飛ばす事になった。


「巴投げ!?」


俺は床に倒れたまま、それを見物していた。

うん、この世界に巴投げがある事は想定できなかった。この世界の認識を修正しておこう。


投げられた男は、別のテーブルをひっくり返し、そこで呑気に観戦していた冒険者達を激昂させただけでなく、その時に飛ばされたジョッキの中身が、また別のテーブルの料理を台無しにした。


見事なピタゴラスイッチ。


俺は自分のシミュレーションの甘さを反省した。この世界は俺のダイフコウクオリティーとはまた違った不運の連鎖システムがあるに違いない。もっと大胆に、ご都合主義を恐れずにシミュレーションしなければならない。


そんな風に考えているうちに、事態は悪化し、10人くらいの冒険者達が取っ組み合い殴り合う修羅場へと変化した。


何故か発端となった俺のところに来るものはいない。とはいえいつまでも寝転んでいるわけにはいかない。この隙に、依頼を見に行こう。

そう考えて上半身を起こした俺のところに、何かが飛んできた。それは、壁に当たって跳ね返り、俺の目の前で止まった。


いや、回転していた。

金色のものが。


それはまさしく俺が先ほどイメージした風景だった。

木の床の上で回転するコイン。


何となく、回転が止まったら目の前の風景が消えてしまうような気がして、俺は慌ててそれを掴んだ。

掌を広げて改めて確認すると、それは知らない人の横顔が描かれた金貨だった。


「やったわね。コウくん! ビジュアライゼーションからの引き寄せ、大成功じゃない! これは結構な経験値になるわよ」


「……」


驚きが大きかったせいか、俺はサティアの戯言への反論をすぐには思いつかなかった。


「さあ、お金も手に入ったし、宿を探しに行きましょう」


「いやいや、拾ったものは届けないと…」

「この世界には交番もなければ、落とし主を探してくれる親切な人もいないわよ。落とし主がわからないもの、特定しようのないものは拾った人のものよ」

「落としたのはあそこで暴れている人の誰かだろ」

「そうね。誰か金貨を落としませんでしたか〜って叫んでみれば? ここにいる冒険者全員に囲まれる事になるわよ」


「しかし……」

「コウくん、郷に入っては郷に従え、よ。この世界のルールとして、落とし主がわからないものは拾った人のもの、なの」


そうか。この世界には、遺失物等横領罪がないのか。そもそも警察もいない可能性すらありそうだ。


俺が自分で落とし主を見つけるシミュレーションをしてみよう。

誰か金貨を落としませんでしたか〜? って叫んだとする。そしたらサティアの言うように、複数の人間が、自分が落としたと、いってくるだろう。

複数の人間が手を上げれば俺は誰かを選ばなければならない。


どうやって選ぶ?

…無理だ。誰かを適当に選んで他の奴らの恨みを買うという終わりしか想像できない。あとは奪い合いの喧嘩が始まるか?


じゃあ、ここに置いておく?

ギルドの職員に預ける?

…どちらにせよ、落とし主に戻る事はないだろう。


そうか、落とし主が損をする事はもう確定済みという事なんだ。未確定なのは誰が得をするかという事だけ。


……ここはサティアに唆されるままに行動するか。


俺は、犯罪に手を染めたような気になって ーーサティアを信じるならこの世界では犯罪じゃないらしいがーー 金貨を握りしめたまま、冒険者ギルドを後にした。

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