第2話 異世界転生のお楽しみ特典
白い空間。
上も下も、右も左もない。
まるでペイントアプリで「塗りつぶし」を選択して、画面全体を真っ白にしたような世界だ。
そこに、ぽつんと俺が座っている。
手には、綺麗に肉をこそぎ落としたカエルの骨。
口の中には、まだ少しだけ焦げた醤油と塩の味が残っている。
その向かいには白いドレスの女性。
「……で、あなたは誰なんですか?」
俺は目の前の女性に、努めて冷静に問いかけた。
彼女は白いドレスのような、あるいは古代の民族衣装のような布を身にまとい、宙に少しだけ浮いているように見える。
顔立ちは整っていて常人離れした美しさだが、その瞳の奥には、喜びとともに、母親が迷子の子供を見つけた時のような、安心した雰囲気を感じる光があった。
その表情は、何故か俺にも懐かしいような感覚をあたえていた。
「私の名前は……」
彼女は何か言いかけてやめ、視線を外して考えているような表情をした。
「…サティア…あなたのガイド役よ、コウ君」
彼女は鈴を転がすような声で名乗った。
絶対に偽名だと思ったが、それをツッコむよりも他に気になったことがあった。
「……は? コウ君?」
俺は眉をひそめた。
おかしいだろ。俺はまだ名乗っていない。
なんで俺の名前を知ってるんだ?
それに、「君付け」って。
個人情報保護法なんて概念がなさそうな場所だが、初対面の相手にいきなり名前を呼ばれ、あまつさえ君付けされるのは妙に居心地が悪い。距離感の詰め方が、親戚の法事でしか会わないおばさんみたいに強引だ。
「どうして俺の名前を知ってるんですか? それに、ずいぶんフレンドリーですね」
警戒しつつも、俺は敬語を崩さない。
相手が何者かわからない以上、下手に刺激して不運を呼び込むのは避けるべきだ。これは俺が前世で培った、悲しい処世術である。
「ここがどこか、なんとなく分かってるんでしょ?」
サティアと名乗った美女は、俺の質問には答えず、ふわりと宙を舞った。
いい匂いがする。線香とかじゃなくて、もっと爽やかな、柑橘系のような香りだ。
「……まあ、なんとなくは」
俺はため息をつく。会話の主導権を握らせてくれないタイプか。
腹の底に響くような雷鳴。全身を駆け抜けた衝撃。そして、目が覚めたら森の中。
状況証拠を積み上げれば、結論は一つしかない。
「俺は死んだんですよね。あの崖の上で、雷に打たれて」
「正解。見事な直撃だったわよ。お母さんたちが『エネルギーが来た!』って叫んだ瞬間にドカンだもん。ある意味、願いは通じたのかもね」
「笑い事じゃないですよ……」
やはり、あのバカ騒ぎに巻き込まれて死んだのか。
俺の人生、最初から最後まで親の趣味に振り回されっぱなしだったな。
「で、ここはどこなんですか? 天国とか?」
「ううん。ここはコウくんの意識と私の意識をつなげた場所。二人で一緒の夢を見ているようなものね」
サティアは、ふわりと俺の周りを回り始めた。
「単刀直入に聞きますけど、俺は転生したんですか?」
「ええ、そうよ。さっきの森は、地球とは別の惑星。いわゆる『異世界』ってやつね」
きた。
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で沈んでいたテンションが、垂直跳びで急上昇した。
異世界。
それは、理不尽な現実から逃避するための、オタクたちの最後の聖域。
剣と魔法。エルフにドラゴン。
前世で読み漁ったラノベの設定が、現実のものになったのだ。
「やっぱり! あのゴブリンを見たときからそうだと思ってましたよ!」
俺はカエルの骨を投げ捨てて、ガッツポーズをした。
死んだのは悲しいが、あの「大不幸」な人生とおさらばできるなら、むしろプラスだ。
新しい世界。新しい自分。
そして、異世界転生といえば、忘れてはならない「アレ」があるはずだ。
「あの、サティアさん。転生したってことは、あるんですよね? 特典が」
「特典?」
「チート能力ですよ! 魔力が無限だとか、全属性の魔法が使えるとか、スキルを強奪できるとか! 前世であんだけ酷い目に遭ったんだから、神様的なバランス調整で、今度は最強になれるはずですよね!?」
俺は身を乗り出して訴えた。
質量保存の法則があるなら、幸運の総量保存の法則だってあるはずだ。
マイナスに振り切れた俺の人生グラフは、今ここでプラス方向にV字回復しなきゃ計算が合わない。
サティアは、きょとんとした顔をした後、花が咲くように微笑んだ。
「もちろんよ、コウ君。あなたには、この世界で誰も持っていない、最高にユニークで強力なギフトを用意したわ」
「よっしゃあああああ!」
俺は心の中で勝利のファンファーレを鳴らした。
聞いたか、母さん、姉さん。俺はついに「持ってる」男になったんだ。
さあ、こい。どんな能力だ?
時空操作か? 概念干渉か?
それとも、シンプルに身体能力がカンストしているとか?
俺の期待に満ちた視線を受け止め、サティアは勿体ぶるように人差し指を立てた。
そして、高らかに宣言した。
「あなたの能力は……『スピリチュアル』よ!」
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