『引き寄せ』で無双? 理系脳には無理ゲーです ~「ダイフコウ」な俺は、ゴミ能力(スピリチュアル)で理不尽な異世界をハックする~

玉河(たまがわ)

第1話 落雷で死ぬ事を震死という

名前は大府幸。だいふ・こう、と読む。


親が再婚したせいで俺の 名字は「大府」になった。

この 名字に「幸」という名前。「大不幸」というあだ名が定着したのは、もはや必然と言っていい。

だが、俺の人生はあだ名負けしていなかった。

名前の通り、あるいは名前以上に、俺の毎日はアンラッキーの詰め合わせセットだった。


歩けば犬の糞を踏み、買ったばかりの傘は突風で折れ、懸賞で一等が当たったと思ったら発送前に会社が倒産していた。そんなのは序の口だ。俺の人生は、常に不運という名の向かい風が吹き荒れている。生まれた瞬間からデバフ状態、それが俺という人間だった。


昨日の夜のことを思い出してみる。


仕事帰りに奮発して頼んだデリバリーのピザは、配達員が店の出口で派手に転んで、俺の元に届く前に「ピザだったもの」に成り果てた。

自炊しようと冷蔵庫を開ければ、なぜかこのタイミングでコンプレッサーが沈黙。中に入っていた食材は、全滅。


絶望しながら空腹のまま眠りについた俺を待っていたのは、早朝の不法侵入……もとい、合鍵を持った身内による襲撃だった。


「幸! 起きなさい! 今日は最高のエネルギーが降り注ぐ日なのよ!」

「早く起きてコウ君! 山に登って、内なる宇宙とシンクロするわよ!」


枕元で絶叫するのは、スピリチュアルに人生のすべてを捧げた母と姉だ。

胃袋が空っぽで、内なる宇宙どころか内臓が悲鳴を上げている俺の意見は、当然のように無視された。

朝飯抜きのまま、俺は車の後部座席に放り込まれ、パワースポットとして名高い山の頂上へと連行されることになった。


麓からケーブルカーに揺られている間も、母と姉の「高い波動を感じるわ!」というハイテンションな会話が耳に痛い。ケーブルカーを降りてからは、中腹から頂上まで急な坂道を徒歩だ。


「はぁ……はぁ……、もう無理……。腹が減って一歩も動けない……」

「甘えないで幸! 空腹は宇宙からのギフトよ!」


どんなブラック企業の研修だよ。俺の腹の虫は、もはや怒鳴り声に近い咆哮を上げている。胃酸が自分の胃を溶かし始めているんじゃないかと思うほど、内側からキリキリと痛んだ。


「ねえ幸、そんなに暗い顔をしてちゃダメ。波動が足りないから、お腹が空いたなんて低次元な感覚に囚われるのよ」

「そうよ。宇宙の愛を受け取れば、空腹なんて一瞬で消えちゃうんだから」


運転席と助手席から飛んでくる、ふわふわした理論の波。

いや、腹が減ってるのは波動のせいじゃない。昨日から何も食えてないからだ。

俺がこれほど不幸なのは、前世のカルマでもオーラの汚れでもなく、単純にこの名前のせいなんじゃないか。

そんな毒にも薬にもならない愚痴を飲み込みながら、俺は崖の先端で手を合わせる母と姉の隣に立たされた。


「さあ、強く願って! あなたの望む未来をビジュアライズするの!」


母の声に、俺は半ば投げやりに目を閉じた。

願うだけで救われるなら、俺のピザは無事に届いていたはずだ。


昔、姉に無理やり読まされた本に「願えば叶う」なんて書いてあったから、試しに「明日のテストが中止になりますように」と一晩中念じたことがあった。結果はどうだったか。テスト用紙が配られた瞬間に激しい腹痛に襲われて保健室送り。テストは後日、俺一人だけ別室で受ける羽目になった。引き寄せたのは「中止」じゃなくて「孤独な追試」だ。それ以来、俺はスピリチュアルなんて言葉は、詐欺師の挨拶程度にしか思っていない。


だが、あまりの空腹に意識が朦朧としていたせいか、俺の脳裏には一つの切実な願いが浮かんでしまった。


(ああ、なんか食べたい。……できれば、揚げたての鶏の唐揚げがいい……)


そう、高校の帰りに学校の近くの商店街で食べたあの唐揚げがいい。

ジュワッという油の音。醤油とニンニクの香ばしい匂い。

サクッとした衣を噛み切れば、中から溢れ出す熱々の肉汁。

俺の全精神が、唐揚げという小宇宙に集中した、その瞬間だった。


視界が真っ白に染まった。


鼓膜を突き破るような轟音。

体に走る、言葉にできないほどの衝撃。

「エネルギーが来たわ!」という母の絶叫が聞こえた気がしたが、それは間違いなく宇宙の愛などではなく、物理的な落雷だった。


結局、最後まで俺の人生は「大不幸」だったわけだ。

せめて死ぬ前に、一口だけでも唐揚げを食いたかった。

そんな無念とともに、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。



次に目を開けたとき、俺は湿った土の匂いの中にいた。


「……生きてる、のか?」


体を起こすと、そこは見覚えのない深い森の中だった。

背の高い、見たこともない形状の樹木が立ち並び、空気はどこかピリピリとした妙な感覚に満ちている。

だが、状況を把握するよりも先に、俺の体がある事実を突きつけてきた。


ぐぅぅぅぅぅ、と。地響きのような腹の虫だ。

死んではいないようだ。死んでも空腹だなんてそんな不運は「あ・り・え・な・い」。

少しだけ「餓鬼」という言葉が浮かびかけたが、その前に持ち前の運の悪さが発動した。


「ギギャッ、ギギィ!」

茂みから這い出てきたのは、緑色の肌をした、醜悪な顔の小人だった。

腰布一枚に、手にはトゲのついた汚い棍棒。


「え……これ、マジのゴブリン? CGじゃないよな?」


異世界転生。そんなファンタジーな単語が脳をよぎるが、感動している余裕なんて一ミリもない。ゴブリンは汚い涎を垂らしながら、明らかに俺を「エサ」として認識している。


「こ、こっちに来るな! 俺は美味くないぞ! 不運が伝染るぞ!」


3匹のゴブリン(?)に囲まれそうだった俺は振り向きざま駆け出した。空腹で回らないはずの足が、生存本能だけで動く。後ろからはギャイギャイいう耳障りな音が追いかけてきた。


必死に森を駆け抜け、なんとか追っ手の気配を振り切る。

「はぁ……、はぁ……、死ぬかと思った……」

どれくらい走っただろうか。心臓が口から飛び出しそうだ。大きな広葉樹の根元に、崩れ落ちるように座り込む。

恐怖が去り、呼吸が元に戻った後に感じたのは、やっぱり空腹だ。


絶体絶命だ。腹は減るし、化け物には狙われるし、転生特典のチート武器なんてどこにも見当たらない。

俺は極限の空腹感の中で、もう一度強くイメージした。今度はさっきよりも鮮明だ。


黄金色に輝く衣。立ち上る湯気。レモンを絞った瞬間の瑞々しい香り。あの唐揚げの味を、この口の中に。空腹による食べ物への執念が、俺の脳内に唐揚げを完璧に再構築した。


そのとき。頭上で「ガァッ!」という甲高い鳴き声が響いた。


声のした上方を見上げると鳥がいた。唐揚げになっていない、生身の鳥だ。

その鳥から何かが風を切って落ちてくる。それは、俺の目の前に、ボトッ、と音を立てて転がった。


「な、なんだ……!?」


俺は地面に落ちた「それ」を凝視した。

そこに転がっていたのは、唐揚げではなかった。


「……カエル?」


しかも、ただのカエルじゃない。

太い串に刺さって、こんがりと、実にていねいに塩焼きにされたカエルだった。


ツッコミの言葉が次々に思い浮かぶ。

だが、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

背に腹は変えられない。俺は震える手でその串を掴み、カエルの足に食らいついた。


「……う、うまい」


涙が出てきた。

淡白な鶏肉のような味わいに、絶妙な塩加減。

夢中でカエルを貪り食う俺の頭の中に、唐突に女の声が響いた。


「カエル、美味しい? 残念ながら唐揚げじゃなかったけどね。うふふ」


「……誰……?」


俺が串を口にくわえたまま周囲を見渡すと、いつの間にか辺りの景色が真っ白な空間に変わっていた。

目の前には、白いドレスの女性が立っていた。









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

拙作をお読みいただきありがとうございます。


トラブルに愛されし男「コウ」をよろしくお願い致します。


コウは理系男子ですが、彼が語る理系知識や物理学については、彼の理解に基づいています。

合っていることもあるし、単なる屁理屈のこともあります。

上から目線で見守ってください。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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