太陽がなくなる日
鳩のまーりぃ
第1話 異星人
都内にありながら家賃5万円の、1Kのアパート。仕事に疲れて帰った僕は秋も深くなり寒い空の下、アパートの外側にある階段を3階分上り、更に疲れてちょっと息切れをしながら部屋に入った。
彼女も妻もいない僕には出迎えてくれる人などおらず、もちろんすでに出来上がった温かい料理もない。ひとり寂しく、スーパーで割引シールが貼られた弁当を温め、食べる。
──はずだった。
「お帰りなさい。お仕事お疲れ様です。ご飯が出来上がっていますよ」
見知ったアパート、見知った扉、見知った僕の部屋。そこには、見知らぬ美しい女性がいた。
年齢は若そうだ。20代前半。いや、もしかしたらまだ10代か?
細かな光が舞う長い銀色の髪。シミもしわも無縁の、陶器のように白い肌。整った顔立ちに、落ち着いた表情。その声色は慈悲深い聖女のようで、よく耳に通る声だった。
体は全体的に華奢で細長く、それに合う体の線が出るドレスのような服。服も髪色と同じ美しい銀色だが、胸元から裾にかけて縦に走る無数の線があり、その線は時々上から下に光が走っている。
一見派手だが、極めて無機質。そんな不思議な見た目の女性が、料理が並べられた居間のテーブルの横に座り、ニコリと僕に微笑んでいた。
「うおぉ! だれ!? 泥棒!?」
僕は驚き、仕事着のスーツのまま尻餅をついてしまった。声も裏返ってしまっている。女性は落ち着いた様子で、しかし少し困り顔で口を開いた。
「あらごめんなさい。私は泥棒ではありません。使いの者です。地球の男性は、女性がこのような行為をするのを好むと認識していましたが……誤った情報だったのでしょうか」
「このような行為……と言いますと?」
「家に帰るまでに、食べられる状態の糧食──ご飯と共に、男性の帰りを待つ女性がいる事です」
「そんなの誰でも嬉しいに決まってます。けども……知らない人にやられても怖いだけ、です」
「そうでしたか。本部と共有しておきますね」
そう言うと、女性は天井に向かって無数の線と光が走る手を掲げた。指先に光が集まり、飛び出し、そして吸い込まれるように天井に消えていく。
あの光はなんだ? 本部ってなんだ? そもそもなぜここに? 警察を呼ぶべきか?
様々な疑問が湧き上がり、頭の中は疑問符でいっぱいになってしまう。
「とりあえず……ご飯にしませんか?」
そんな女性の言葉になぜか逆らう気になれず、僕はこくこくと頷いてしまうのだった。
***
テーブルに用意された料理は、全て女性の手作りだという。油淋鶏、カプレーゼ、トルティーヤ、味噌汁、ナシゴレン……料理で万博でも開くつもりなのだろうか。
国籍がバラバラすぎるのは置いておくとして、どれも非常に美味であり、一口食べただけで胃袋を鷲掴みにされるほどだった。
料理を食べていると、女性は自己紹介を始めた。自分の胸に手を当て、「私の名前は──」そこから聞き慣れない短い発音を何度か連続させた後に、「──です」と終わり、まったく聞き取ることができなかった。
そんな僕の様子を見て少し考えるように唇に指をを当てた後、女性は立ち上がり、歩いて窓辺に座った。そしてそのままカーテンを開け、窓の外に一際輝く星をその細い指で指差した。
「そうですね。今見えているあの強く輝く星。あなたの言語で言うと……
「……じゃあ、
刺して考えることもなく答えると、明星さんは少し驚いた顔をした後に、少し嬉しそうにフッと笑った。
「まあ、なんて安直。そして素敵な名前。くっ、ふふふ……っ、本当に、すごく安直、ふふっ……っ」
安直すぎたのがツボに入ったようで、明星さんはしばらくそうして、窓際で声を押し殺して少し涙を浮かべながら笑っていた。
その間に、僕は目の前の料理に舌鼓を打つ。食べる前は作りすぎだろうと思っていたが、美味しすぎてあっという間に食べ終わってしまった。
空き皿を重ねてチラリと明星さんを見ると、笑いをおさめてこちらを静かに見つめている。
「……ごちそうさまでした。すごく美味しかったです。あの、僕も自己紹介とか、した方がいいですか?」
「お粗末さまでした。いいえ、結構です。中野正吾さん、24歳、独身、サラリーマン、異性の経験人数は──」
「わ、分かりましたもう結構です!」
慌てて止めると、明星さんはまた、ニコリと微笑んで改めて自己紹介を始めた。
「私は、秋夜明星。この星より845億光年離れた星に住む、異星人です。正吾さんにお伝えしたいことがあって来ました」
「なんでしょうか」
「太陽は1週間後に消費されます。それに伴い地球も蒸発します。人類が他惑星に移住するか、地球と共に死滅するか。さもなければ、この地球文明が有益であると、我々に証明して見せてください」
科学者でも政治家でも無い、ごく普通の一般人である僕は、唐突にとんでもなく重い選択を迫られた。
これが、彼女。秋夜明星との、出会いだった。
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