第19話 月影の堕天使

「どうしたの父さん! 鈍ったんじゃない!?」


「成長したようだな! だがまだまだ!」


 訓練場では二振りの"黒麒麟"が交差する。ふたりには背負うものや使命はなく、心軽やかに刀を振るっていた。


「"黒麒麟"はこう使うのだ!」


 彼が刀を振り抜くと、斬撃が風を纏って飛んでいく。炎を切り裂きながら部屋の壁を破壊した。


「それはもう見たよっ!」


 お返しとばかりに、ミツキは同じように斬撃を放つ。しかしラセツは軽々と弾き飛ばす。


「練度が甘い、もっと腰を入れろ。"魔神器"の力だけに頼るな!」


「だったら!」


 "黒麒麟"を鞘に納め、抜刀の構えをする。相手の動きに合わせるように、一歩も動かなくなった。


「愚か者め、この状況下で攻めを放棄するな! 炎に囲まれているのだぞ!」


「私が焼かれるのが先か、父さんが消えるのが先か、どっちかな?」


「……ならば終わりにしよう!」


 ラセツも同じ様に納刀する。


「──悔いはないか?」


「それはこっちの台詞、娘に負けたからって化けて出ないでね」


「ふっ……そうだな」


 燃え盛る訓練場に沈黙が訪れる。この瞬間はただの稽古ではなく、死合の間になっていた。


「──ゆくぞ」


「負けないよ!」


 同時に抜刀し、"黒麒麟"がぶつかり合う。衝撃で黒い風が発生し、二人を中心に吹き荒れる。風は炎と壁を鋭く切り裂き、外壁を崩落させた。


「どうした、この程度か!」


「ぐぬ、ぬぅ……!」


 鍔迫り合いでは力量の差がはっきりと出る。経験の差、男女の筋肉の差……全てにおいて、ミツキは劣っている。だからこそ、ダルシアン戦時のように別の行動を取るべきだ。それでも────。


「……"黒麒麟"! 私の全てを使って! 堕天使の力はまだ残ってるでしょ!?」


「もう諦めろ、これ以上は怪我ではすまないぞ」


「だからこそ! 父さんに負けて終わりだなんて! 勝ち逃げは、許さないんだから!」


「なぜそこまで勝ちにこだわる!」


「あなたの教えでしょ! 『負ける前に負けることを考えるな』! 私はまだ負けていない!!」


「ミツキ……」


 ミツキの瞳が赤く輝き、共鳴するように"黒麒麟"が黒く発光する。


「その力は……!」


「絶対! 絶対負けない! ここで引いたら一生後悔するから!」


「────ふっ、そうか」


 ラセツの"黒麒麟"が弾かれ、窓付近のへと飛んでいく。壁へ突き刺さると同時に、一面の壁は音を立てながら崩落した。


「やった──」


「まだだ!」


 ラセツは蹴りで、ミツキの"黒麒麟"を蹴飛ばす。天井に突き刺さり、こちらもガラスが割れるように崩壊した。


「"魔神器"がなくとも、戦えるようになるんだ!」


 彼が手を掲げると、足元から黒い風が舞い、上から落ちてくる木片を吹き飛ばしていく。


「このような雪崩、ミツキなら突破できるだろう!」


「当然!」


 見様見真似で、風を発生させる。ラセツと比べると規模は小さいが、細かい欠片は吹き飛ばす力はある。落ちてくる大きい木片は蹴りで砕いていく。


「そうだ! そしてこの間も戦いなんだ! 敵から目を離すな!」


 ラセツが徒手空拳で突っ込み、なんとか受け流しながら対応する。落ちてくる木片、そしてラセツ……二つに反応するのは至難の技だ。


「どうした! わしばかりに気を取られてどうする! 押し潰されるぞ!」


「しまっ──」


 見上げると"黒麒麟"が落ちてきた。突き刺した天井の板を粉々に砕き、むき出しのままの状態だった。手を伸ばせば届く距離だ。これを手に取れば勝てる。ミツキは──。


「──届いて!」


「遅い!」


 "黒麒麟"を手に取ったのはラセツ。身長差は明確であった。……しかし、腕を伸ばしたまま、動かなくなった。


「……ミツキ」


「私の、勝ちだね」


 ミツキの腰の刀──刀身の折れた刃でラセツの鬼面を突いていた。


「いい刀、でしょ?」


「ふっ……見事だ」


 刀を引くと、鬼の面の一部が半壊し、崩れていく。ラセツの左目が露わになった。堕天使の象徴、赤い瞳がミツキを覗く。彼は右手の"黒麒麟"を差し出した。


「受け取れ、ミツキの"黒麒麟"だ」


「父さん……」


 ミツキはしっかりと受け取り、頭を下げた。


「稽古、ありがとうございました……!」


「ああ、もう悔いはない。最期にいい経験ができた」


 彼の姿が朧気になっていく。


「その瞳……母さんにそっくりだな」


「母さんに? ……でも、もう、父さんと同じ色だよ」


「ふっ……確かに、炎に照らされると赤く見えるな」


「えっ……?」


「先程の輝き……あれで"黒麒麟"に力を注ぎすぎたのであろう。平時であれば赤く染まることはない」


「"魔神器"にそんな機能があったなんて……」


 父はミツキの背後に輝く月を眩しく見つめる。月光と炎の逆光に照らされた彼女の瞳は、紫色にも赤色にも見える。


「ミツキ……この月のように、美しい娘だ。ミツキよ、その瞳を濁らせるな、ミツキにしか持たぬ輝きなのだ。色が全てではない、おぬしの心が大切なのだ」


「うん……うん!」


「"黒麒麟"を頼むぞ」


 月明かりに溶けるように消えていく。残ったのはパチパチ燃える音だけだ。


「さようなら、父さん……会えて嬉しかったよ」

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