第2話 暴力
広場の中央には大きな池が静かに水面を揺らし、周囲の石提灯が苔むして佇む。池を囲む石畳の道は町の家屋へと放射状に伸び、普段は町の憩いの場になる場所だ。
だが今は、町民たちが貴族を一目見ようと埋め尽くされる。中央には馬車が停まり、十数人の武装した男たちがぶっきらぼうに立ち、その中央で高級な外套を着た男が懐中時計を睨む。
「わっ、こんなに人が集まるなんてすごいわね」
ヒナタがミツキに呼びかける。小さな町なので噂は広まりやすいようだ。ミツキは何故こんなに人が集まっているのかを思い出しながら呟く。
「『アサヒミナの町民よ。ここには神子に匹敵する魔力を持った民が隠れている。その力を我がカマンセーヌ家の為に奮ってほしい』だっけ? こんな田舎町に王国の貴族が来るだけでも珍しいのに、さらに訳の分からないことを言ってくるなんてね」
「……そうね、ほんとに」
小さな声でヒナタは返事をした。
「神子って伝承の英雄でしょ? そんな凄い人アサヒミナにはいないよね」
「ええ、そもそも魔法だなんて、田舎者のあたし達には縁がないわ。魔力もないし、あったとしても使い方が分からないもの……。サクヤちゃんはどこかしら」
群衆の外れから友人のサクヤを探しながら歩く二人。しかしそれもすぐ終わる。
「あっ、サクヤちゃーん!お待たせ!」
「ヒナねぇ! 待ってたよ」
「ごめんサクヤ、待たせたね」
「……ミィはいっつも遅いよね」
サクヤ・ハルカゼは頬を膨らませ、自身のおさげを弄りながら不機嫌そうに呟く。ミツキは団子を顔の前に差し出す。
「ごめんね。ほら、これ。好きでしょ」
「! ミィはもっとしっかりしてよね! もうっ!」
サクヤは冷静を装っているつもりだが、嬉しそうに団子を受け取る。
サクヤは二人よりも三つ年が離れているが、幼い頃から仲が良い。いつも三人でいることが多く、姉妹のような関係だ。
「ねぇサクヤ、なにか変わった様子とかあった?」
「結構前に『あと一刻ほど待つ』って言ってたよ。多分そろそろだよ」
サクヤは団子を幸せそうに頬張りながら喋る。
外套を着た男は懐中時計を閉じると、勢いよく立ち上がり群衆を見回した。
「時間だ! まったく、名乗り出ないとは不名誉なヤツだな!」
不満そうに男は叫ぶ。ため息を吐きながら首を横に振り、宣言するように口を開く。
「改めて名乗ろう、アサヒミナの町民よ。ボクはシュナウザー=フォン=カマンセーヌ。ここより北方にあるアズガルド王国の重鎮、カマンセーヌ男爵の息子だ。つい先日、この町に使者を送ったのは知っているな。キミ達の中に神子に匹敵する力を持った人間がいる!」
カマンセーヌは強く宣言する。しかし町民はなんのことかよく分かっていない様子だ。
「なぁ、やっぱりそんなやついないよな」「そもそも俺たちは魔法は使えないもんな」「魔法学校だってここにはないしなぁ」
広場はざわざわと騒然とする。
「キミ達の知り合いに魔法を使える者や、魔力を持った者はいないのか? 魔力は感情が昂った時など、力が湧いてくるものだ。性質も感情次第だが、身を守るための術にもなれば、癒しの力にすらなるもので──」
貴族は民衆に向かい魔法の講義を始める。ミツキは退屈に感じ、首飾りをいじる。
「魔法、か……」
父親は堕天使だが、魔法は使えなかった。きっと自分でも扱えないだろうと思う。隣にいるヒナタやサクヤも使っているところを見たことがない。
──ヒナタを見ると、一瞬目を伏せた気がした。
「ヒナ? どうしたの?」
問いかけると、顔をゆっくりと横に振った。
「……いいえ。ただ少し……嫌な予感がするの」
「……? そう……?」
一向に神子を名乗り出ない様子にカマンセーヌは大きくため息をついた。
「──やれやれ、時間をムダにさせないでほしいな。せっかくの出世チャンスを逃すなんてバカなヤツだよ。手荒なマネはしたくなかったんだが、致し方ないね。ダルシアン、仕事の時間だ」
カマンセーヌは横にいる大柄の男、ダルシアンに合図を送る。ダルシアンは少し目を閉じた後、周りの武装した男たちを見回し静かに告げる。
「……手筈通りにな」
その合図ととも鬨の声が響き渡り、男たちは一斉に民衆に襲いかかる。
ただの見世物を見ていただけの民衆は襲われるとは思っておらず、広場は混沌とする。
「はははっ! 神子が隠れているなら、早く名乗り出た方がいいよ! こんな小さな町なんか、すぐに壊滅させるからね!」
カマンセーヌは馬車のキャビンに腰掛け、上機嫌に周りを見回す。馬車付近にダルシアンを置いているのは万が一を警戒しているからか。
傭兵たちは武器こそ使わないが、力を持たない町民たちにとっては抵抗は無意味で、あっという間に無力化させられていく。
「ヒナねぇ逃げよう! ミィも!」
サクヤはヒナタの腕を掴み、焦りながら話す。ヒナタが唇を噛み、立ち尽くす。傭兵が迫るが、ミツキが一瞬で前に飛び出し、腰の刀を抜いた。
「ヒナ、時間を稼ぐからサクヤを連れて逃げて」
迫りくる傭兵を一息に叩き伏せる。
「なっ、なんだァあいつ!」「ただもんじゃあねェな!」
傭兵たちはミツキに注目する。ただの町民と油断していたとはいえ、腕が立つ様子に動揺が走る。
「これ以上はやらせないよ! 私が相手だ!」
ミツキは強く宣言する。傭兵たちは一瞬臆するも、すぐに平静に戻る。
「へっ、カッコいいねー」「女ひとりで何ができる」
傭兵たちは素手でミツキに襲いかかる。しかし拳を躱し、すれ違いざまに斬りつけていく。
バタバタ倒れていく仲間たちに傭兵はたじろいでいく。
「た、隊長! こいつ強いですぜ!」「隊長! 許可を!」
彼らは隊長──ダルシアンに向かって叫ぶ。それぞれ得物を手にしようとしている。どうやら武器を使用することは禁止されていたみたいだ。
「……待て。俺がやろう」
ダルシアンはゆっくりとミツキへ近付く。
背中に身の丈ほどある大剣を背負う姿は歴戦の傭兵。隊長だけあって実力がありそうだ。
「こいつらをあっさりやるとは、少しは腕に覚えがあるようだな」
ダルシアンはミツキの間合いの一歩外で止まり、腕を組む。自慢の大剣は使わない様子。
「まあね。でもこれ以上町を荒らさないでほしいな、帰ってくれると嬉しいんだけど」
問いかけに応えるミツキ。大男のプレッシャーに臆するがそれを見せず、一瞬の隙を狙う。
「それはあの旦那に言いな。俺たちは仕事でやってるんでね」
「そう。だったら隊長さんを倒せば帰ってくれるかな?」
「そうかもな」
彼が言い切る前にミツキは石畳を蹴り、刀を月光の如く閃かせてダルシアンに斬りかかる。だが彼は影のように身を翻し、掌底を脇腹に叩き込む。ミツキはよろめき、石畳に爪先を引っ掛け、歯を食いしばる。
「くっ……!」
ミツキは汗を拭い、刀を握り直す。
「まだだ!」
瓦礫を飛び越え、ダルシアンの懐に斬り込む。
だが動きを読まれているのか、一歩後退し回避され、ミツキは腕を掴まれ宙を舞った。
「……っ!」
慌てて体勢を立て直し、刀を構える。呼吸を整えながらダルシアンとの距離を離す。
「まだまだこんなもんじゃあないだろ、お嬢さん」
余裕の様子で口を開くダルシアン。
「はぁ……はぁ……まぁ、ね」
強い……!ミツキは父親に軽く稽古をつけられた程度で、実戦は初めてのようなものである。
そんなミツキでも、今の実力ではまともに戦って勝てる相手ではないことは理解できた。こうなれば町の皆が逃げるくらいは時間を稼がなければ──。
背後では群衆が悲鳴を上げ、逃げ惑う足音が響く。……ヒナタとサクヤは無事だろうか。なぜだか嫌な予感がする。そういえばあの貴族、カマンセーヌは今どうしているだろう。
ちょうど視界がダルシアンとの直線上に馬車があるため、視線を向ける。キャビンに座りながら喋るカマンセーヌと、その横にはヒナタがいた。
「! ヒナ!?」
一瞬動揺し、一目散に駆け出すも、ダルシアンに阻まれてしまう。
「ここは抜かせねえよ」
「どいて! ヒナを!」
「どかしてみな」
「言われなくてもっ!」
石畳を蹴り、再び斬りかかる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます