いのりと 月影の堕天使 ミツキと贖罪の太陽
霧川 紗雪
第1話 アサヒミナの少女たち
────炎が全てを焼き尽くそうとしていた。
崩れゆく櫓の最上階。
木は悲鳴を上げ、天井は今にも落ちてきそうだ。
赤く染まった瞳の少女と、鬼面を被った甲冑の男。
二人は同じ黒い刀を構え、静かに向き合う。
「……最後なんでしょ?」
少女は涙を振り払い、真っ直ぐに男を見つめる。
「なら、一騎討ちを申し込む」
男は小さく笑った。
「ふっ────手加減はしない」
刀が交差する。
父と娘。
師と弟子。
最後の稽古。
火花が散り、黒い風が舞う────
これは、堕天使の少女が自身と向き合うまでのお話。
***
「ごめん、待った?」
「もうっ、遅いよ」
夕暮れの町角で、2人の少女が集まる。遅れてきたミツキ・フユウミは後頭部に手を乗せ軽く謝る。
「ごめんごめん、鍛錬に夢中になってて。それでどこだったっけ?」
「広場の池のところよ。サクヤちゃんが待っているから早く行こう?」
ヒナタ・ナツゾラは笑みを浮かべ、二人は石畳の道を歩き始めた。瓦屋根の民家に挟まれ、提灯の柔らかな光が揺れている。遠くの竹林から聞こえる風の音が、町の静けさを感じさせる。
団子屋の前まで進むとミツキが一言。
「サクヤはここの団子、好きだよね」
「ミーツーキー? サクヤちゃん待っているのよ、早く行きましょう」
「待っているからこそ、お詫びを兼ねて、ね?」
まったくもう、とヒナタは息を吐く。ミツキは軽い足取りで店先まで向かう。焼き立ての団子が甘じょっぱい香りが鼻をくすぐり、思わず口がほころぶ。
「おばさん、蜜団子を3本ちょうだい」
「あらミツキちゃん! 待っててね、用意するから」
いつもここでお茶をしているミツキは顔見知りである。しかし店内の客達からは居心地悪そうな視線で見つめる。
「なぁ、あの子の父親、堕天使なんだろ……?」「大戦引き起こした種族か……」「あの目だっていつ血に染まるやら……」「やめとけって、呪われるぞ……」
腫れ物に触れるような囁きが聞こえる。
「……」
ミツキは黙り込む。無意識に父親の形見の首飾りに触れる。
こうして触れると父との記憶が蘇る。
『ミツキ? どうした?』
「ミツキ? どうしたの?」
離れていたヒナタが異変を感じ、声をかける。
「あっ……ううん、待ってて、いま買ってるから」
「そう……?」
ヒナタを心配させまいと笑顔を見せるが、かえって不自然になってしまった。そんなミツキに向かってヒナタは微笑みかける。
「あたしはミツキの目、好きよ」
「えっ? いきなりなに?」
「ふふっ、綺麗じゃない、灰色の髪に紫の瞳がよく似合ってるわ。それにその首飾りだって黒くて素敵よ、おじさまの大切な形見、だものね」
「……ヒナ」
ミツキは自然と笑みを浮かべる。ヒナタの明るさにはいつも救われる。
「はーいお待たせ! いつもありがとうねぇ」
「! ありがとうおばさん、はいお金」
「ふたりとも広場に行くの? うふふっ、おばさんもあとから見に行こうかしら」
「おばさんも? そんな面白いものじゃないんじゃないの?」
「こんな町に隣国の貴族様が来るなんて一大お祭りじゃないの! どんな人なのかしらねえ」
ミツキは代金を支払い、団子を携え、サクヤの待つ広場へ急ぐ。──これから待ち受けることが、どんなことか知らないまま。
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