選択の星 ②
店を出て、まだ若干暑い夜、タバコを吸い終えて帰路に着くところだった。
思ったより渋い話をしてきたご婦人の話が頭の中で自動的に反芻し始め、嫌になってきたところで、ウィスキーが効いてきた。
公園にあったベンチに座り、酔いが覚めるのを待った。
「もし、大丈夫ですか」
と女性の声がした。
目をやると女性がこちらを覗き込むような姿勢をとっていた。
口調的に、お嬢様か、身体を弄ったご年配の方だろう。
「お構いなく、少し飲み過ぎただけです」
「左様ですか、ではこのお水を差し上げます」
「ご親切に、ありがとうございます。すみませんが、質問させてください。近くにお住まいの方ですか?ホテルBまでの近道があったらお伺いしたいのですが」
女性は間を置き、狼狽え、喋った。
「私はこの星の人間ではありません。来たばかりなので何もわからないのです」
「ああ、それなら私と同じだ、旅人ですね。目的地はどちらなんですか」
話していないと気が途切れそうになったので会話を続けようとした。
「私は、ここが目的地です、あなたは?」
「おや、ここがゴールなんですね、私は木星に行って、薬漬けになった脳を洗浄して、脳の悪く作用するところを切除するんです」
女性は少しギョッとした顔をしたが、すぐに表情を元に戻し、そうですか、とだけ呟いた。
「この星で、何か選択をされましたか?」
「ええ、選ばされましたよ。ほとんどが二択で、特に感動もない。赤信号なのに車が突っ込んで来たこともありましたね、すごい選択をする人ばかりです」
女性は俯き、また、そうですか、とだけ呟いた。
「木星に、行かれるのですね」
「ええ、平凡な私に戻ろうと思って、高いお金を払って、地球からやってきました」
「地球といえば、海ですよね、本当に水が満ちたり引いたりするんですか?」
「ええ、それはもう、うんざりするほどです」
「そんな風景を私は見てみたかったんです、そんな風に蔑まないでください」
気丈に、かつ毅然とした態度をとった。
「まだ見れない訳ではないでしょう。地球行きなんて、かなり格安なお値段で行けるのではないですか」
「いえ、もういいのです。私にとってこの選択の星はゴールなのです」
「なぜそんな投げやりに」
「長寿にしてもらって、身体を弄って20代の頃の姿にしてもらって。もう100年も生きました。安寧の地として、ここに来たのです」
女性は私の横に座り、虚な目で俯きながら言葉を紡いだ。
「100年も生きたい、なんて言うのは贅沢だったんです。色々な道を選べる。人生が5回あったかのような感覚でした。それもたった今着いて、この星のことをまだわからないままです。選んだ選択が正しく評されるのであれば私はそれでいいんです」
なんだかわからない話になってきたな、と思い、もらった水を口に含み、飲んだ。
「ご婦人、夜も遅い、タクシーで帰るといいですよ」
タクシー代を渡そうとすると、断られ、スタスタと遠ざかって行った。
不思議なことを言う人だったな、と帰路を歩いた。
───翌日、ホテルで朝食をとり、少し時間があったので昨晩の公園に向かってみると、拍手が鳴り響いていた。
昨日話した女性が───木に縄を括りつけ、首を吊っていた。
「死ぬ選択を選ぶなんてすごいな」
「これが彼女の正しい結末だったのだ」
と、拍手喝采で誰も彼女のことを心配していなかった。
顔は鬱血し、真っ青で、とてもではないが見ていられるものではなかったし、拍手喝采のこの野次馬たちに恐怖を感じた。
死にたい、と思う私に、このような機会が訪れるとは思わなかった。
「選んだ選択が正しく評されるのであれば私はそれでいいんです」
これは果たして、正しく評価されているのか、疑問だった。
見ていて気分が悪くなったので、ホテルに戻り、四木を待った。
すると、予定よりも5分早くやってきた。
「どうでした、選ばされる星」
「うんざりだよ、決めるのがイージーなものだと思っていたら、実はもう何もかもが決められていたのかもしれない」
「何か決められることはできましたか」
「わからない」
四木は続けた。
「決められない人って、暇があるかないかの差で、案外少ないんすよ。
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