静寂の星
車内で、珍しく集中できた時間帯があった。
昔ならきっとキーボードの打ち込み音がしただろうが、現代ではキーボードを必要としない。
仕事を終えて、一呼吸おいた。
そうして、違和感に気がついた。
エンジン音が、いつの間にか消えていた。
四木が音楽を止めたのかと思ったが、違う。
レゲエは流れ続けているはずなのに聞こえない。
「……ここ、どこですか」
四木はフロントガラスの向こうを見たまま言った。
「静寂の星っす」
四木の声は発されたかと思えばすぐに消えて行った。
音もなく、静寂の星に入り、気づけばホテルのロビーにいた。
顔認証システムで、スムーズにチェックインできた。
ルームキーもなく、全て顔認証で通された。
部屋は簡素で、地球で何度も見たようなビジネスホテルだった。
ルームサービスはタブレットで、シャワーやトイレなどの水を流す音も、無音だった。
まだ夕飯には少し早い時間だったので、ベッドの上でくつろいでいた。
そう、くつろいでいたのだ。
ここまでの旅路は騒がしく、かつ宇宙色に染められていた。
私一人が簡素な部屋で、リラックスしていたのだ。
これまで何度も希死念慮に襲われたが、この部屋では一切死にたい、生きたいと思わなかった。
凪いでいたのだ。
心が凪ぐ感覚を久しぶりに味わった。
熱いサウナと冷たい水風呂を終え、外気浴で、心地よくなっているかのような感覚だった。
誰かがいるような気配はない、ドアが開く音もしない、耳鳴りもしない、心音も聞こえない。
一度入院した時ですら、夜中トイレへ向かう時、夜勤している看護師の気配を感じ取ることができたが、ここは違う。
深夜の病室よりも遥かに無音だった。
希死念慮も、思考も、平坦だった。
これは、地球に住むよりベターなんじゃないかと感じた。
だが、同時に少し不安になった。
空腹も作用しているだろう、この辺りで飯を食おう、とデバイスのマップを起動した。
まだ日が暮れる前だが───いや、着いた時にはもう暗かったか。
とにかく腹が空いた。
近くに定食屋があるようなのでそこへ向かった。
自動ドアも音を立てず、店内は何人かが、いる様子だったが、咀嚼音や食器が鳴るような音はしなかった。
電光掲示板に、3番カウンター、とだけ表示されたのでカウンターを探し、着席。
タブレットで注文をする、なんでもいい。
生姜焼き定食がNo.1らしい、それにした。
二分後には店員が定食を持ち、提供した。
無言でカウンターに置き、去って行った。
その足音すらも聞こえなかった。
食事を済ませ、この状況がどういうわけか、外で待ち、出てくる客を待った。
女性客が出てきたので、声をかけた。
「……どうして、静かなんですか」
言葉を忘れたかのように、声を絞り出して問いを投げかけた。
すると女性客は驚いた表情で、
「だってそういう星ですもの」
と言って去った。
そういうものか、と自然に納得してしまった。
ホテルへの帰路で、男性とすれ違った。
この星の住人のようだった。
「どうして、静かなんですか」
「そういう星ですから」
「星のルールということですか」
「いいえ」
男性は立ち去ろうとし、振り返った。
そうして、思い出したように放った。
「ここは一時的な停泊地です。永住するには、人間はうるさすぎる」
───部屋に戻り、ベッドに潜り込み、天井を見上げた。
これが続いたら私は私でいられるのだろうか。
静寂の…星だから…。
目を瞑って、朝を待った。
午前10時、予定通りに四木のジープが来た。
「おはようございます」
「あぁ、おはようございます」
「ちょっと、静かすぎたっすね」
車を走らせ、宙に浮いたぐらいで、いつものレゲエが流れ始めた。
少し、心地よかった。
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