第8話

「カイを連れ戻せ。手段は問わん」


 王都の『銀の牙』本部、地下室。

 憔悴しきったギルド長は、血走った目で目の前の男たちに命じた。


 彼らは『黒犬(ブラックドッグ)』。

 汚れ仕事を専門とする、ギルド最強の暗殺実働部隊だ。


「奴は今、世間から『神』などと持て囃されているが、所詮はただの荷物持ちだ。拉致して地下牢に幽閉し、一生ギルドのためにアイテムを作らせる」

「……御意」


 隊長が短く答える。

 彼らの全身から放たれる殺気は、A級モンスターすら震え上がらせるほど鋭い。


「我らに狙われて、朝日を拝めた者はいない。……仕事にかかるぞ」


 黒い影たちが、音もなく闇夜へと溶けていった。


 ◇


 一方その頃、奈落の森。

 ログハウスの裏庭で、俺は汗を流していた。


「やっぱり、キャンプの醍醐味といえば温泉だよな」


 ザクッ、ザクッ、ザクッ!


 俺は手刀で地面を掘り進めていた。

 スコップ? そんなものはない。俺の指先は岩盤よりも硬いから、手で掘ったほうが早いのだ。


「カイ様、私もお手伝いします!」

「お、頼む。この辺りの岩盤を砕いてくれ」

「はい! 水脈を刺激して、お湯を呼び込みます! ――《水流穿孔(ハイドロ・ピアス)》!」


 ドォォォォン!!


 アリシアの魔法が地面に炸裂する。

 すると、割れ目から黄金色に輝くお湯が、勢いよく噴き出した。


「おぉっ! 出たな!」

「やりました! 地下深層の『龍脈』から湧き出る、高純度の魔力泉です!」


 ただの温泉じゃない気がするが、まあ温かければ何でもいい。

 俺たちはキャッキャと露天風呂作りを楽しんでいた。


 そんな俺たちのログハウス(要塞)の正面玄関に、招かれざる客が到着していたことを知らずに。


 ◇


「隊長……なんだ、この建物は」


 『黒犬』の隊員たちは、目の前の光景に絶句していた。

 森の奥深くに突如現れた、巨大なログハウス。

 だが、それはただの家ではなかった。建材である巨木が脈動し、不可視の障壁を展開している。


「……構わん。任務を遂行するぞ」


 隊長は冷徹に告げると、抜刀して玄関へと忍び寄った。

 カチリ、と鍵を開けようとした、その時だ。


『グルル……?』


 玄関マット(※S級魔物の毛皮)の上で丸まっていた『何か』が、ゆっくりと頭を持ち上げた。

 獄炎の覇竜だ。

 昨晩の残り肉を食べて満腹になり、ここを定位置にして昼寝をしていたのだ。


「チッ、番犬か」

「殺せ。邪魔だ」


 隊員たちが一斉に襲いかかる。

 オリハルコン製のダガー、猛毒の吹き矢、拘束魔法。

 必殺のコンビネーションが、寝起きの覇竜に炸裂――


 カァンッ! パキィッ!


 しなかった。

 ダガーは皮膚に弾かれて折れ、魔法はくしゃみ一つで霧散した。


『クゥン?(遊んでくれるのか?)』


 覇竜の目が輝いた。

 カイという規格外のご主人様に飼われているせいで、彼(?)の基準もバグり始めていた。

 目の前の黒ずくめの人間たちが、新しいオモチャに見えたのだ。


『ガウッ!(甘噛み)』


「グアアアアアアアッ!?」


 覇竜の『甘噛み』が、隊長の腕を――正確には、装備していた国宝級の『ミスリル籠手』ごと噛み砕いた。


「バ、バカな!? 私のS級装備が、煎餅みたいに!?」

「ひぃぃぃっ! こいつ、じゃれついてきてるだけだぞ!?」

「やめろ! 舐めるな! あ、鎧が溶けるぅぅぅ!」


 それは一方的な蹂躙だった。

 覇竜にとっては尻尾を振ってじゃれついているだけだが、その質量と攻撃力は災害級。

 最強実働部隊『黒犬』は、ものの数秒で装備を全ロスし、下着姿で泣き叫ぶ敗残兵へと変わり果てた。


「撤退だあああああああ!!」

「ママァァァァァァァッ!!」


 彼らはプライドも装備も全て捨てて、森の闇へと逃げ去っていった。


 その一部始終は、玄関に設置されていた防犯カメラ代わりのドローンによって、世界中に配信されていた。


**『番犬(S級ドラゴン)』**

**『ポチ強すぎワロタ』**

**『泥棒が入った瞬間、甘噛みで装備全損してて草』**

**『黒犬部隊(笑)』**

**『じゃれつかれて泣いて逃げるとかwww』**

**『この家のセキュリティ、世界一硬いだろ』**

**『あーあ、パンツ一丁で森に放り出されて……南無』**


 ◇


「ん? 今、なんか玄関の方で音がしなかったか?」

「悲鳴のような声が聞こえましたが……」


 露天風呂の石組みを終えた俺は、首を傾げて玄関へと回った。

 そこには、誰もいなかった。

 ただ、覇竜が満足そうに尻尾を振っているのと、地面にキラキラした金属片が散らばっているだけだ。


「なんだこれ。剣の破片……?」


 俺はひしゃげたミスリルの剣(※数千万円相当)を拾い上げた。


「まったく、不法投棄はやめてほしいよな。森の動物が怪我したらどうするんだ」

『クゥ〜ン(僕が追い払ったよ!)』

「ん? よしよし、いい子だポチ」


 俺は覇竜の頭を撫でてやり、ゴミ(元S級武器)をまとめてゴミ箱に放り込んだ。


「よし、邪魔者(ゴミ)も片付けたし、一番風呂といくか!」

「はい! 背中をお流ししますね!」

「いや、それはさすがに一緒には入れないから!」


 平和なログハウスに、俺たちの楽しげな声だけが響く。

 最強の刺客たちが、パンツ一丁で泣きながら森を彷徨っていることなど、露知らずに。

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