第15話 入口
店の前に、
人が集まっていた。
笑い声が、
外まで漏れている。
忘年会。
その言葉を、
頭の中で
もう一度なぞる。
大丈夫。
そう思える理由は、
ちゃんとある。
美咲が、
隣にいる。
中村さんも、
佐々木さんも、
井上さんも来る。
入口の前で、
一度だけ
深呼吸した。
美咲「寒くない?」
彩乃「うん。
大丈夫」
自分でも驚くくらい、
落ち着いた声だった。
店の扉が開く。
一気に、
音が広がる。
グラスの音。
笑い声。
名前を呼ぶ声。
「お疲れさまです」
誰かが言って、
誰かが笑って返す。
中村さんが、
先に気づいた。
中村「お、
小川さんたち!」
その声に、
肩の力が
少し抜ける。
佐々木さんが、
にこっと笑う。
佐々木「来てくれてよかった」
井上さんが、
手を振りながら
声を上げる。
井上「こっち空いてるよ」
迎えられる、
という感覚。
その輪の中に、
自然に入れた。
席に案内される。
奥の方。
壁側。
端の席。
美咲は、
迷わずそこに座った。
川原から、
一番離れた場所。
私の隣に、
美咲。
その向こうに、
中村さん。
向かいに、
佐々木さんと
井上さん。
視線を巡らせても、
川原はいない。
それだけで、
胸の奥が
少し緩んだ。
グラスが配られ、
誰かが
「とりあえず」
と言う。
乾杯。
グラスが触れる音が、
少し遅れて
聞こえた。
でも、
手は震えていない。
中村さんが
近況の話を始める。
佐々木さんが
相槌を打つ。
井上さんが
笑って突っ込む。
職場で見てきた、
いつもの空気。
ここに、
ちゃんとある。
美咲は、
端の席から
さりげなく
周囲を見ている。
柔らかい目。
でも、
よく見ている。
私は、
グラスに口をつけた。
今日は、
大丈夫。
少なくとも、
今は。
そう思った、
その時だった。
入口の方で、
少しだけ
ざわつく音がした。
笑い声が、
一瞬だけ
遅れる。
誰かが、
「え?」
と小さく言う。
視線が、
同じ方向へ流れる。
私は、
まだ見ない。
見なくても、
空気が変わったことだけは
分かった。
美咲が、
ほんの少しだけ
背筋を伸ばした。
まだ、
何も起きていない。
でも、
今までと同じ夜じゃない。
その予感だけが、
静かに、
そこにあった。
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