第22話 都に降り立った巫女

景行天皇けいこうてんのうとの謁見えっけんが無事にわったのち那津なつはそのまま都にとどまることとなった。


名目めいもくじょうは、稚足彦尊わかたるひこのみこと――皇太子こうたいし専属せんぞくの巫女であり、助言者じょげんしゃであった。


しかし稚足彦尊は、那津を単なる巫女としてあつかったわけではない。

彼女の知識ちしき物事ものごと本質ほんしつ見抜みぬ洞察どうさつ、そして自然しぜんひととをむす不思議ふしぎかたを、だれよりもふか理解りかいしていた。


朝廷ちょうていまつりごとまるとき、稚足彦尊は那津を呼び、意見いけんを求めた。

那津は権力けんりょく軍事ぐんじかたることはすくなかったが、土地とちめぐり、たみうごき、天候てんこう作物さくもつきざしについて静かに語った。


ちからしたがわせれば、民はだまるでしょう。

けれど、黙った民は、かならずいつかけます」


その言葉は、による統一とういつを進めつつあった大和政権やまとせいけんにとって、異質いしつでありながらも、おもみを持つものだった。


稚足彦尊は、那津にたいして、次第しだいこころそこからの好意こういいだくようになった。

それはやがて、いずれきさきとしてむかえたいとねがうほどのおもいへとわっていく。


しかし、きさきという地位ちいには、高貴こうき家柄いえがらおもんじられる。

群馬ぐんまというとおからあらわれ、出自しゅつじさだかではない巫女の身分みぶんでは、正妃せいひとなることなど、現実げんじつてきには不可能ふかのうちかかった。


くわえて、次期じき天皇ともくされる皇太子の后候補きさきこうほたちからすれば、那津はねたみと警戒けいかい対象たいしょうでしかなかった。


弥生時代やよいじだいの都は、まだ「律令国家りつりょうこっか」と呼べる体制たいせいではなかった。

各地かくち豪族ごうぞく独自どくじの力をたもち、武家ぶけ地方ちほう勢力せいりょくは、王権おうけんへの忠誠ちゅうせい同時どうじに、ふか猜疑心さいぎしんいだいていた。


そこへ現れたのが、

としらぬ少女しょうじょの姿をした巫女である。


かみなりび、けものしたがえ、皇太子のかたわらに立つ女。


それはかれらにとって、理解りかいえた存在そんざいであり、同時に恐怖きょうふそのものだった。


のろわれている」

「人ではない」

「王権をあやつあやしき者だ」


ひそやかに、しかし確実かくじつに、那津を排除はいじょしようとするうごきが広がっていった。


夜半やはん、那津のまいにしのかげ

巫女に呪詛じゅそはなつ者。

どくろうとする者。


だが――

そのいずれも、成功せいこうすることはなかった。


やいばけた者の頭上ずじょうには、雷が落ちた。

呪をとなえた者は、翌朝よくあさみずからの身体からだむしば不可解ふかかいやまいたおれた。

毒をあつかった者は、口にしたみずのどかれ、そのまま息絶いきたえた。


それらが偶然ぐうぜんであったのか、神罰しんばつであったのか――

だれにも分からなかった。


だが、ひとつだけたしかなことがあった。


那津にした者は、必ず不幸ふこうになる。


そのうわさまたたく間に都をめぐった。


「生きかみ、もしくはかみ眷属けんぞくだと」


※※※

その中心ちゅうしんにいながら、那津なつおごることも、力を誇示こじすることもなかった。

あさにはにわ草木くさきれ、ゆうにはそらを見上げ、静かにいのる。

時折ときおり瀬織せおりが那津にかたりかけ、弥生やよいきたころの話にはなく。

それは、だれにもかせぬ、おだやかな女子会じょしかいのようなひとときだった。


最近さいきん、那津はとり小動物しょうどうぶつこころつうわせられることに気づいた。

会話かいわぶほど明確めいかくな言葉ではないが、相手あいてが何をおもっているのかが、自然しぜんと心にかび、ることができた。

そして那津の思いもまた、小鳥や小動物にまっすぐつたわる。

那津はむねおくで、瀬織にそっと感謝かんしゃした。


稚足彦尊わかたるひこのみこと権力けんりょくちかづくほど、那津はしずかに距離きょりった。

自分じぶんまえれば、かならず誰かがきずつくことを、彼女はっていたからだ。

稚足彦尊は、その姿すがためることなく、ただ静かに見守みまもっていた。


「そなたは、みやこしばられる存在そんざいではないな」


あるよる、そうつぶやいた太子たいしに、那津はちいさく微笑ほほえんだ。


「私は、ただ“みちるもの”でありたいのです。

だれかのうえつのではなく、まよわぬように、くだけ」


その言葉に、稚足彦尊はふかいきいた。

彼女をきさきむかえたいというおもいが、けっしてかなわぬものかもしれない――

そのことを、かれはそのとき、静かにさとったのだった。

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