第21話 天皇との謁見

奈良ならみやこ

朝廷ちょうてい正殿せいでんには、しずかな緊張きんちょうちていた。


高御座たかみくらすのは、第十二代天皇だいじゅうにだいてんのう景行天皇けいこうてんのう


玉座ぎょくざまえすす那津なつは、うつくしい十代じゅうだい少女しょうじょ姿すがたのままであった。

しかしその面差おもざしのおくには、幾世代いくせだいものとき見届みとどけてきたものだけが宿やどす、みきった眼差まなざしがあった。


言葉ことばはっする前から、殿内でんないのざわめきは、しおくようにえていく。

景行天皇もまた、しばし言葉を失った。


「そなたが、ちまたうわさの“不老ふろう巫女みこ”か」


ひくひびく問いに、那津は一歩いっぽ進み、静かにこうべれた。


「はい。那津ともうします。ひがしくに群馬ぐんま矢瀬やせむらにて、村長むらおさ、巫女をねておりました」


としはいくつである」


一瞬いっしゅんのち、那津はまよいなくこたえた。


百九十六年ひゃくきゅうじゅうろくねん歳月さいげつを、つづけております」


殿内がざわめく。

景行天皇けいこうてんのうほそめ、那津を見据みすえた。


ちんには、そなたがわかむすめにしか見えぬが、なぜ、そのように歳を取らぬのか」


瀬織津比女様せおりつひめさまのご加護かごによるものにございます。ただし――」


那津は言葉を続けた。


わたしさずかったのは“不老長寿ふろうちょうじゅ”のみ。

かたなられればに、怪我けがをすればいのちとすこともあります。

不死ふしではございません」


「ほう……かみ加護かごけていても、万能ばんのうではないというわけか」


そのとき、天皇のかたわらにひかえていた若者わかものが、一歩前に出た。


父上ちちうえ、よろしいでしょうか」


もうしてみよ」


那津は、そのこえいきんだ。


――父上?


そこではじめて、那津はさとった。

道中どうちゅうともにし、を「稚足彦尊わかたるひこのみこと」とだけ名乗なのっていたその人物じんぶつが、太子たいしであったことを。


那津は、はっとしてゆか平伏へいふくした。


太子様たいしさまらず、道中どうちゅう数々かずかずのご無礼ぶれいを……どうかおゆるしください」


ふかく、深く頭を下げる。


だが稚足彦尊わかたるひこのみことは、おだやかな声で言った。


「私は身分みぶんかくし、そなたとたびをした。それは私自身わたしじしんのぞんだこと。

どうして、あなたがびる必要ひつようがありましょう」


「どうかかおげてください。

そなたのうつくしい顔を、私に見せてください」


那津は、おそる恐る顔を上げた。


稚足彦尊わかたるひこのみことは父に向き直り、静かに語った。


「奈良へ至る道中、けもの心配しんぱい一切いっさいすることなく、そなたのまわりには、いつも小動物しょうどうぶつつどい、とりっていた。

まるで神話しんわの中をあるいているかのような旅でした」


瀬織津比女様せおりつひめさまのご加護かごもありましょう。

しかし那津どの自身が、おさなころより自然しぜんと心をつうわせ、やまもり精霊せいれいかたってきた結果けっかでもあると、私は思います」


那津は、静かにうなずいた。


おおせの通り、幼少ようしょうの頃より野山のやまきでございました。

ひとならぬものの声に耳をませて、きてまいりました。

そのようなことから、瀬織津比女様せおりつひめさまのご加護かごられたのだと思います」


景行天皇けいこうてんのうは、しばし沈黙ちんもくしたのち、深くうなずいた。


こうして稚足彦尊わかたるひこのみこと助言じょげんもあり、那津と景行天皇けいこうてんのうとの謁見えっけんは、大きな波乱はらんもなくわった。


景行天皇けいこうてんのうは、那津の待遇たいぐう稚足彦尊わかたるひこのみこと一任いちにんした。


――不老の巫女は、都にれられたのである。


縄文じょうもん巫女みこ・那津と、ヤマトの国との物語ものがたりは、

ここから、さらに大きくうごはじめる。

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